獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
上 下
156 / 186
第十三章 激化する呪い

緊急作戦会議

しおりを挟む
 昼休み、ご飯を急いで済ませた私達は人通りのない特別教室に集まっていた。
 学内にも危険が潜む今、女子の協力も必要だと美香が加わってくれたのはありがたい。
 橘先生が揃った所で本題に入るかと思いきや、先生に連れられやってきた謎のシックスマンの登場に皆の視線が一気にその人物に注がれる。
 一言で表すならワイルド番長……って誰だ?!

「すみません、驚かせてしまって。私です」

 そう言って、聖蘭学園の制服をワイルドに着こなす中々硬派な男子生徒は頭に手をやってウィッグを取った。
 見た目とは裏腹に何とも丁寧な喋り方……その正体は変装したウィルさんだった。

「作戦を立て直したがいいと思ってな、俺が呼んだ」

 あの変装セット、どこから持ってきたんだろう。まさか……思わず顔を横に向けると誇らしげな表情をしているシロと目があった。
 なるほど、葉っぱを変化させてるのか。中々忘れがちな能力だけど、地味に便利だな、それ。
 謎が解けた所で、初対面の美香とウィルさんには簡単にお互いの紹介をすませ本題に入る。

「まずは昨日の出来事を詳しく話してもらえるか?」

 橘先生に促され、私は昨日の出来事の全容を話した。
 体育の授業中誰かに閉じ込められた所から、疑似幽霊体験で見たクレハの過去、自称精霊のメーテルの話まで。
 途中で美香が補足をしてくれて、彼女が駆けつけた時にはクレハの姿はなかったらしい。
 全て話し終わった後、言葉が見つからないのか沈黙が流れる。
 すると、静かに話を聞いていたウィルさんがそっと口を開いた。

「もしかするとエレナさんは、私の妹と同じ病気にかかっていたのかもしれません。あの当時、若い女性の間でとある疫病が流行っていました。その頃はまだ治療法が確立されておらず、徐々に身体を蝕んでいくその病は発症してからおよそ一年で死に至るといわれる恐ろしいものでした」
「なぁ桜、お前が見たエレナさんめっちゃ顔色悪かってんやろ?」
「う、うん……立っているのも辛そうだった」

 急にカナちゃんに話を振られ、思わずどもってしまったが何とか平静を装って言葉を紡ぐ。

「クレハ、その事ほんまは気付いとってんやないか?」
「あり得るわね。あの性悪狐、人の表情の変化を読み取るのは上手いと思う。いくら頭に血が上ってたっていっても、さすがにそこは気付くんじゃないかしら」

 美香の言葉に記憶を巡らせると、確かにクレハが嫌な選択を投げ掛けてくるのは、決まって私達の動揺を一番誘えるタイミングだった。
 そういえばシロが、クレハは妙に人間臭い所があると言っていた。
 よくコハクが面白い本をお土産としてクレハに渡していた所から推測するに、彼が人の心の変化を読むのが上手いのは、本を読んで人の心理を少なからず学習していたからなのだろう。

「妹は事件当時、発症して半年程でしたが……とても苦しそうに呼吸を繰り返していました。時折咳き込んで吐血することもあって、食事もどんどん細くなり、次第に弱っていく身体にすごく怯えていました。個人差はあると思いますが、半年の妹でさえ見ていて辛そうなのは一目瞭然でした」

 テオさんがエレナさんを見つめる瞳は、もういつその時が来てもおかしくないかのように、かなり不安そうに切なそうに揺れていた。
 その反応とエレナさんの様子から察するに、もうかなり末期の状態だったと思う。
 それでもない力を振り絞って立ち上がり、声を荒げて怒りで身体が震えているかのように誤魔化して。何一つ悟られないように頑張っていたとしたら──そんなエレナさんの姿を見て、クレハが気付かないはずがない。
 きつい言葉を浴びて憔悴していたクレハも、最後の方は少し冷静になり何かを悟ったかのように見つめていた。それは、つまり──

「エレナさんの虚勢に途中で気付いていたとしたら、それ以上──心にも身体にも無理をさせたくなかったんじゃないのかな」
「せやな、自分のために嘘を突き通すその想いを汲んだんやろな、きっと……」

 私の考えに同調するようにカナちゃんが言葉を紡いだ。

「つまりクレハは最初、復讐のために我を忘れて犯行に及んだわけじゃない可能性が高いってことか……」

 何かを考えるように顎に手をあて橘先生が呟くと、その言葉にウィルさんが、はっとした様子でその当時の事を語ってくれた。

「冷静に思い出してみると、エクソシストが現れるまでは……彼はただ、助けを求めていたのかもしれません。誰かにすがるように伸ばした手が、偶然人を殺めてしまったとしたら、その場に崩れ落ちた人々を、彼が戸惑ったように見つめていた理由がしっくりきます」

 今まで静かに話を聞いていたシロが、難しい顔をしたまま重たい口を開いて、冷静にそのときの状況を分析してくれた。

「暴走するとタガが外れて力の加減が分からなくなる。理性が吹き飛び一番強い欲を満たしたい衝動に駆られるからな。クレハなら爪を一振りするだけで、建物が刻まれてもおかしくない。最初は悲しみや寂しさを埋めたくてすがりついていたものが、危害を加えられた事により、自己防衛本能が強くなって周りが全部敵に見えたのだろう」

 第二の試練の時、クレハは極寒の地で凍えた人のように温もりを求めて私にすがりついてきた。
 それはもしかすると私の行動の何かが、エレナさんとの過去の記憶を思い出させてしまったからなのかもしれない。

 自ら最愛の人の命を奪ったクレハはきっと感じていたはずだ。徐々に冷たくなっていく彼女の体温を。
 それが彼を暴走させる起爆剤になったのだとしたら……温もりを求めて手を伸ばす度に、建物が崩れ、屍が増え、真っ白な雪が赤く染まっていったのだろう。

 あの場に誰か一人でも、クレハの味方になって共に悲しみを分かち合える人が居たならば、慰める人が居たならば、あの事件は起こらなかったかもしれない。

「ウィルさん。クレハの討伐、少し待ってもらえませんか? せめて、彼にこの言霊を伝えるまでは……彼を更正させるチャンスをくれませんか? 私達は彼を死なせたくない、生きて罪を償って欲しいんです」
「俺からも頼む。あいつと本音で、話をさせて欲しいんだ」

 何とかウィルさんの協力もあおげないか私が気持ちを伝えると、シロも加勢して言葉を重ねる。
 しかしその思いは届かなかったようで、ウィルさんは悲しそうに碧色の瞳を伏せると、そっと左右に首を振った。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才たちとお嬢様

釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。 なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。 最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。 様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております

御神楽《怪奇》探偵事務所

姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ ※変態イケメン執事がもれなくついてきます※ 怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ 主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

秋物語り

武者走走九郎or大橋むつお
キャラ文芸
 去年、一学期の終業式、亜紀は担任の江角に進路相談に行く。  明日から始まる夏休み、少しでも自分の目標を持ちたかったから。  なんとなく夏休みを過ごせるほどには子供ではなくなったし、狩にも担任、相談すれば親身になってくれると思った。  でも、江角は午後から年休を取って海外旅行に行くために気もそぞろな返事しかしてくれない。 「国外逃亡でもするんですか?」  冗談半分に出た皮肉をまっとうに受け「亜紀に言われる筋合いはないわよ。個人旅行だけど休暇の届けも出してるんだから!」と切り返す江角。  かろうじて残っていた学校への信頼感が音を立てて崩れた。  それからの一年間の亜紀と友人たちの軌跡を追う。

処理中です...