155 / 186
第十三章 激化する呪い
頼りになる先生
しおりを挟む
翌日、シロと一緒に登校すると、半分燃えた用具倉庫は立ち入り禁止になっていた。
教室に入るなりクラスメイトに心配され、昔では考えられなかった光景に少し涙腺が緩みそうになる。
文化祭の準備で纏まってきたクラスは、最初の頃より大分打ち解けあって団結していた。少なくとも、この中に昨日の犯人が居ない事を信じたい。
昨日の事情聴取で私は朝から担任に生徒指導室へと連行され、待ち構えていたのは難しい顔をした教師陣。教頭や学園主任、体育の先生……橘先生が居ることに少しだけ安堵するも、空いた席へ担任も加わり、とても重苦しい空気が漂っていた。
色々状況の説明を要求されること約三十分強。まるで圧迫面接を受けているような息苦しさから解放された頃には、一限目の授業が始まって結構経っていた。
『故意ではないのか?』
そう疑われた時はさすがに焦ったけど、橘先生がすかさず否定してくれて何とか冤罪は免れた。
故意ではないが、呪いのせいでそういう事に陥りやすい体質になってますとは言えないもんな。
学校側も事を荒げたくないから、責任を私一人に押し付けられるならその方が楽だったんだろう。
仕方ないか、先生方の期待を最初に裏切ったのは私の方なんだから。
中三の後半、不登校気味で成績もよくなかった私をこの学園へ招いてくれたのは、教頭先生だった。空手の功績をひどくかってくれたようで、『空手は辞めた』と伝えても『それでもいい、是非我が学園へ』と、行く宛のなかった私をこの学園へと招いてくれた。
入学当初この学園には空手部が存在し、顧問をしていた学年主任の先生に『一度でいいから見に来ないか?』と何度も誘われるも断り続けていた。
しかし、根負けして一度だけ見に行ったのが失敗だったんだ。あの時いつものようにきちんと断っていれば、今でも空手部は存在したかもしれないのに。昔の事を思いだし、そっとため息が漏れた。
「大丈夫か? ほら、これでも飲んで元気だせ」
中途半端な時間に開放された私は、『顔色が悪いから少し休んでいけ』と橘先生に連れられ保健室まできていた。
相談用のテーブルに腰掛けていると、目の前には温かな湯気を放つコーヒーが置かれる。
「ありがとうございます。すみません、先生。私のせいで他の先生方と折り合いが悪くなってしまって……」
教頭先生を筆頭に、学年主任、担任は、今回の出来事を私のうっかりミスで済ませたいようだった。
『どううっかりすれば、あの重たい木のかんぬきを中側から閉められるんですか? そもそもあそこまで老朽化した倉庫を、胡散臭い占い師の戯れ言を信じて、そのまま使い続ける学園側の危機管理がなっていないせいでしょう。それを生徒へ責任転嫁するなんて、我々が今優先すべきなのは、一条の心のケアだと思いますが?』
と、そこへすかさず橘先生が助け船を出してくれた。
そのせいで先生は、そのお三方から鋭い視線を浴びてしまい申し訳ない気持ちで一杯だった。
「なーに、それは元々だから気にするな。お前さんはまだ学生なんだ、そんな若いうちから腐った大人のいいなりになる必要ないさ」
「ありがとうございます」
この前の昼休みはとんだ目に遭わされたけど、総合的に見ると橘先生はやはり良い先生だと改めて思った。
それによく見ると、その髪をきちんと整えて、瓶底丸眼鏡をもう少しスタイリッシュなものに変え、無精髭を剃り落としたら中々元は良さそうな顔立ちをしている。
……ん? 想像すると、どこかで見たことがあるような……だめだ、思い出せない。
「ほらほら、しんみりしてないで熱いうちに飲め。砂糖まだいるか?」
考え込んでいた私が落ち込んでいると思ったのか、先生は糖分を差し出してくる。
お言葉に甘えて三本ほどスティックシュガーを追加して混ぜていると、少し引いた顔でこちらを見られた。
ブラック派の人には信じられない光景なんだろうが、私はこれにさらにミルクを大量投入しても平気なタイプだ。
よくかき混ぜた所でコーヒーを飲むと、甘さが口いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。
「よく飲めるな、その黒い砂糖水」
「黒い砂糖水って……」
「妖怪が惚れる女の身体は砂糖で出来てんのか? あいつらは蜜に寄ってくる蜂か?」
「せ、先生?」
「いや、そうやってコーヒーに砂糖ガンガン入れて飲む所が姉にそっくりだから……興味深いな、今度調べてみるか」
そう言って何かを企んでいるかのように悪い笑みを浮かべる橘先生。
これはまた犠牲者が出るな、と察することが出来るくらいには先生の事が分かってきた。
一通り脳内で実験のシミュレートが終わったのか、先生はさらに一層口角を上げて黒い笑顔に凄みが増す。
こういう所がなければ、本当にいい先生だと言いきれるんだけどな……被害を受けないように祈るしかなかった。
それから先生は机に積み上げられた書類の山と格闘し始め、私は激甘コーヒーに舌鼓を打つ。
飲み終わった頃には、まもなく二限目が終わるちょうどよい時間になった。お礼を言って出ていこうとすると、先生に引きとめられた。
「一条、気を付けろよ。呪いの効果で周囲の人間がピリピリしている。小さな悪意が膨張して、思わぬ牙を向いてくる可能性がある。少なくともお前さんを閉じ込めた連中が誰か分かるまでは、学内でも細心の注意を払った方がいい」
「分かりました、気を付けます」
「それと昼休み、緊急作戦会議だ。昨日の場所に集合ってあいつらにも伝えといてもらえるか?」
了承の意を伝えて、私は保健室を後にした。
教室に入るなりクラスメイトに心配され、昔では考えられなかった光景に少し涙腺が緩みそうになる。
文化祭の準備で纏まってきたクラスは、最初の頃より大分打ち解けあって団結していた。少なくとも、この中に昨日の犯人が居ない事を信じたい。
昨日の事情聴取で私は朝から担任に生徒指導室へと連行され、待ち構えていたのは難しい顔をした教師陣。教頭や学園主任、体育の先生……橘先生が居ることに少しだけ安堵するも、空いた席へ担任も加わり、とても重苦しい空気が漂っていた。
色々状況の説明を要求されること約三十分強。まるで圧迫面接を受けているような息苦しさから解放された頃には、一限目の授業が始まって結構経っていた。
『故意ではないのか?』
そう疑われた時はさすがに焦ったけど、橘先生がすかさず否定してくれて何とか冤罪は免れた。
故意ではないが、呪いのせいでそういう事に陥りやすい体質になってますとは言えないもんな。
学校側も事を荒げたくないから、責任を私一人に押し付けられるならその方が楽だったんだろう。
仕方ないか、先生方の期待を最初に裏切ったのは私の方なんだから。
中三の後半、不登校気味で成績もよくなかった私をこの学園へ招いてくれたのは、教頭先生だった。空手の功績をひどくかってくれたようで、『空手は辞めた』と伝えても『それでもいい、是非我が学園へ』と、行く宛のなかった私をこの学園へと招いてくれた。
入学当初この学園には空手部が存在し、顧問をしていた学年主任の先生に『一度でいいから見に来ないか?』と何度も誘われるも断り続けていた。
しかし、根負けして一度だけ見に行ったのが失敗だったんだ。あの時いつものようにきちんと断っていれば、今でも空手部は存在したかもしれないのに。昔の事を思いだし、そっとため息が漏れた。
「大丈夫か? ほら、これでも飲んで元気だせ」
中途半端な時間に開放された私は、『顔色が悪いから少し休んでいけ』と橘先生に連れられ保健室まできていた。
相談用のテーブルに腰掛けていると、目の前には温かな湯気を放つコーヒーが置かれる。
「ありがとうございます。すみません、先生。私のせいで他の先生方と折り合いが悪くなってしまって……」
教頭先生を筆頭に、学年主任、担任は、今回の出来事を私のうっかりミスで済ませたいようだった。
『どううっかりすれば、あの重たい木のかんぬきを中側から閉められるんですか? そもそもあそこまで老朽化した倉庫を、胡散臭い占い師の戯れ言を信じて、そのまま使い続ける学園側の危機管理がなっていないせいでしょう。それを生徒へ責任転嫁するなんて、我々が今優先すべきなのは、一条の心のケアだと思いますが?』
と、そこへすかさず橘先生が助け船を出してくれた。
そのせいで先生は、そのお三方から鋭い視線を浴びてしまい申し訳ない気持ちで一杯だった。
「なーに、それは元々だから気にするな。お前さんはまだ学生なんだ、そんな若いうちから腐った大人のいいなりになる必要ないさ」
「ありがとうございます」
この前の昼休みはとんだ目に遭わされたけど、総合的に見ると橘先生はやはり良い先生だと改めて思った。
それによく見ると、その髪をきちんと整えて、瓶底丸眼鏡をもう少しスタイリッシュなものに変え、無精髭を剃り落としたら中々元は良さそうな顔立ちをしている。
……ん? 想像すると、どこかで見たことがあるような……だめだ、思い出せない。
「ほらほら、しんみりしてないで熱いうちに飲め。砂糖まだいるか?」
考え込んでいた私が落ち込んでいると思ったのか、先生は糖分を差し出してくる。
お言葉に甘えて三本ほどスティックシュガーを追加して混ぜていると、少し引いた顔でこちらを見られた。
ブラック派の人には信じられない光景なんだろうが、私はこれにさらにミルクを大量投入しても平気なタイプだ。
よくかき混ぜた所でコーヒーを飲むと、甘さが口いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。
「よく飲めるな、その黒い砂糖水」
「黒い砂糖水って……」
「妖怪が惚れる女の身体は砂糖で出来てんのか? あいつらは蜜に寄ってくる蜂か?」
「せ、先生?」
「いや、そうやってコーヒーに砂糖ガンガン入れて飲む所が姉にそっくりだから……興味深いな、今度調べてみるか」
そう言って何かを企んでいるかのように悪い笑みを浮かべる橘先生。
これはまた犠牲者が出るな、と察することが出来るくらいには先生の事が分かってきた。
一通り脳内で実験のシミュレートが終わったのか、先生はさらに一層口角を上げて黒い笑顔に凄みが増す。
こういう所がなければ、本当にいい先生だと言いきれるんだけどな……被害を受けないように祈るしかなかった。
それから先生は机に積み上げられた書類の山と格闘し始め、私は激甘コーヒーに舌鼓を打つ。
飲み終わった頃には、まもなく二限目が終わるちょうどよい時間になった。お礼を言って出ていこうとすると、先生に引きとめられた。
「一条、気を付けろよ。呪いの効果で周囲の人間がピリピリしている。小さな悪意が膨張して、思わぬ牙を向いてくる可能性がある。少なくともお前さんを閉じ込めた連中が誰か分かるまでは、学内でも細心の注意を払った方がいい」
「分かりました、気を付けます」
「それと昼休み、緊急作戦会議だ。昨日の場所に集合ってあいつらにも伝えといてもらえるか?」
了承の意を伝えて、私は保健室を後にした。
0
お気に入りに追加
456
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽
偽月
キャラ文芸
「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」
大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。
八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。
人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。
火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。
八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。
火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。
蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる