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第十一章 与えられる試練
芽吹いた想い
しおりを挟む残り時間は後十五分をきっている。
「桜、急ぐで!」
「うん!」
部室棟から校舎へ戻り、階段を上らなければ屋上へはいけない。
しかし、一時間くらいぶっ通しで叫びながら校内を駆けずり回っていた私の体力は、ほぼ限界にきていた。足が鉛の様に重たくて、思うように動かない。
もう時間がないっていうのに、動け、私の足!
その時、無理をし続けたせいか、足を踏み外してしまった。手すりに手を伸ばすも、力が入らず掴み損ねる。
──やばい、落ちる!
せめてこれが最初の一段だったらまだ救われたのに。なんで最後の一段なんだよ……これも呪いの効果なの?
背中から感じる重力に、ブワッと沸き上がる嫌な汗。
このまま落ちたらどうなるだろう。打ち所悪かったら死んじゃうのかな。死なないまでも、怪我をして屋上まで間に合わない可能性が高い。
また、巻き込んでしまった。
「ごめんね、カナちゃん……」
謝ってすむ問題じゃないのは分かってる。でも、口に出さずにはいられなかった。
「桜ッ!」
カナちゃんが必死に伸ばした手が、むなしく空気を掴む。
そんな辛そうな顔させたいわけじゃないんだ。自慢の商売道具を、そんな曇らせたいわけじゃないんだ。
カナちゃんは、笑ってる方が似合うよ。
少しでもこの運命に抗いたくて必死に手を伸ばすと──
『お前はここで終わりだよ』
手の甲に刻まれた呪印がただ、嘲笑うかのように私を見ていた。
「そう簡単に、諦めてたまるか!」
不意に呪印が何かに遮られて視界から消えると、グイッと力強く身体が引っ張られた。
どうやら間一髪、階段を駆け下りてきたカナちゃんが、私の手を掴んで引き寄せてくれたらしい。
「……あ、ありがとう、カナちゃん」
緊張から解放され、腰が抜けたようにその場にへたりこむ。
「お前、もう体力限界なんやろ? 何で言わへんねや」
悲しそうに瞳を揺らしてカナちゃんが尋ねてきた。
「ごめん、もう少しならいけるかなって……」
「こんな時に遠慮すなや。もうあの頃とちゃう。お前背負ったかて、無様に倒れたりせぇへんよ」
カナちゃんは、私の所まで下りきて膝をつく。
「ええか、動いたらあかんで」
そう言って私の身体を横抱きにして立ち上がった。
「え、ちょっと、カナちゃん?!」
動揺する私に彼はふわりと優しく微笑んで口を開く。
「悪いけど、時間ないねん。せやから、お姫様は大人しく運ばれてて下さい」
そのまま涼しい顔をして、スタスタと階段を上り始めたカナちゃん。
不覚にも、私はその横顔に見惚れてしまった。
もうそこには、膝を擦りむいた私を背負おうとして、ぺしゃんと潰れた幼き日の面影は微塵も感じられない。
カナちゃん……いつのまにか、こんなに立派な男の子になってたんだね。
昔は無意識のうちに、心のどこかで私が彼を守らないといけないと思っていた。
カナちゃんは綺麗なお姫様だから、傍で守るナイトが必要なんだと。
でも、違ってたんだ……あの時から貴方はすでに……小さなナイトだったんだね。
その時、懐かしい昔の思い出があふれてきて、胸の底から熱い何かが込み上げてくるのを感じた。
必死に蓋をしても、カナちゃんの顔を見ると胸が高鳴ってあふれてくるその感情に、私は驚きを隠せなかった。
違う、このドキドキはさっきの階段から落ちそうになった時のもの。きっとまだ心臓がビックリしているんだ。
カナちゃんは大事な幼馴染みだ。それ以上でも以下でもない。
決して他意はない。ないんだと、必死に自分に言い聞かせた。
残り時間八分を残して、私達はゴールにたどり着いた。
カナちゃんに下ろしてもらい、ドアを開け一緒にそこをくぐる。
しかし、一向に元の世界には戻れない。
「どうして……」
「あかん、まさか……」
カナちゃんが何かを察したかのように、とある方向へ視線を向けた。その視線の先を追うと、第二校舎の屋上に立つクレハの姿が見える。
彼は一瞬でこちらに移動してくると、クスクスと可笑しそうに笑って第一校舎を指差す。
「残念、こっちはハズレだよ。屋上なら向こうにもあるでしょ?」
いつもの習慣で人気の少ない第二校舎の屋上へきた私達に放たれた、残酷な言葉。
クレハはそこまで私達の行動を見通していたというのか。これも、彼の筋書き通りのシナリオだというのか。
今から向こう側の屋上へ走っていくのは、体力的にも時間的にも厳しい。
このままじゃ、ここから一生出られない……
絶望の二文字が頭を過る中、クレハが恐ろしく綺麗な笑みを浮かべて、悪魔のように囁いてきた。
「桜ちゃん。僕と一緒に来るなら、君だけはここから出してあげる。勿論、その呪いも解いてあげるよ。さぁ、どうする?」
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