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第十一章 与えられる試練
貴方の正体は……
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「次は桜の番やで」
「分かった。じゃあ、私の誕生日は?」
「四月十二日」
「昔、私は何を習ってた?」
「そら勿論空手や、今じゃ黒帯所持者やもんな。ほんますごいて思うわ」
「じゃあ……」
それから立て続けに七問出して、カナちゃんは見事に正解した。特におかしい素振りも見せず、完璧な回答だったのは間違いない。
しかし、少しだけ違和感を感じていた。
確かに私は黒帯を所持しているが、それは中学生になってからの話だ。
私の流派の先生はとても厳しくて、小学生の間はどんなに大会で優勝しようが、認めてもらえなかった。
空手の中学生大会で優勝している事は話したが、直接的に黒帯を持ってるなんて話した事はない。
カナちゃんも、私の先生が空手においてはとても厳しい人だった事を知っている。
優勝=黒帯と結びつけても仕方ないかもしれないが、何故か胸騒ぎがしてならない。
その時、胸元の勾玉がほのかに温かくなるのを感じる。だから私は敢えて最後の質問の内容を、彼が知り得ないものを出した。
「じゃあ、最後。小学校の卒業式、私がやらかした失態は?」
杞憂だったら、きっとカナちゃんはこの質問を「それは知っとるわけないやん」って軽く流してくれるはず。
だってカナちゃんは小学生三年の終わりに引っ越した。
一緒に卒業式に出ていないし、私以外誰にも連絡先を教えていないと言っていたから、知っているわけがない質問。
「あーあん時な、お前緊張のあまりフライングして返事しててんやんか」
しかし、彼は懐かしそうに目を細めて答えてしまった。知るはずがない事実を。
「ごめん、私は貴方を信じられない。本物のカナちゃんは、途中で転校しちゃったからこの事を知らない。だから、貴方は偽物だ」
偽物のカナちゃんは口の端をひん曲げると、不敵に笑い始めた。
「あーあ、バレちゃった……君、案外性格悪いんだね。すました顔してひっかけてくるとは予想外。もっと単純なのかと思ってたけど、少しだけ見直したよ」
偽物のカナちゃんは黒い煙に包まれると、元の正体を現した。
漆黒の長髪をなびかせながら、大きな紅の瞳を細めて、口の端で綺麗な弧の形を描いて微笑むクレハ。
一見すると優しそうに見えなくもないが、その瞳には底知れない冷たさが宿っている。
目を引く左目を覆う眼帯は、あの事件の後遺症なのだろうか。
私の視線を敏感にキャッチしたクレハは、白い手でそっと眼帯をなぞりながら口を開いた。
「あーこれ、気になる? 全く酷いよね人間は。お構い無く撃ち抜いちゃうんだもん。おかげで視界が狭くて困っちゃうよ。まぁ、返り討ちにしてあげたけどね」
恐ろしい事をあまりにも明るく笑って話す彼に、自分の感覚がおかしいのか錯覚しそうになる。
だがクレハの話を実際に想像すると、とても笑って語れる話ではない。
じわじわと彼のペースに飲み込まれている自分に気付き、私は質問を彼に投げ掛けた。
「どうして、貴方は罪を犯したの?」
「それを知ってどうするの? 君には関係ない話だよね」
「コハクとシロの大切な兄貴分だった貴方が、何の理由もなくそんな事をするなんて思えないから、知りたいの」
途端に、ニコニコとしていたクレハの顔から笑みが消え、無表情で淡々と質問を繰り出してきた。
「じゃあさ、君は瞳を撃ち抜かれるのがどれだけ痛いか知ってる? 知らないよね? 僕の事が知りたいなら、まずはその左目潰してからにしてもらえる? 出来ないよね? だったら、軽々しくそういう事言わないで。不愉快だから」
絶句するしかなかった。
想像していたよりもずっと、彼が抱えている闇は大きくて深い。
今の私が軽々しく聞けるようなことではないという事実だけが分かった。
「軽々しく尋ねたりして、ごめんなさい。でも一つだけ教えて欲しい」
「一つなんて言わずに、質問次第では何でも答えてあげるよ? 何ならコハクやシロの昔話でもしてあげようか? ただし、残り時間全部使ってね」
そう言って、にんまりと意地悪な笑みを浮かべるクレハ。
「それは遠慮する。一つだけ教えて。貴方はどうして、私の過去を知っているの?」
なぜ、私の質問にほぼ完璧に答えられたのか。
無駄な時間の消費は避けたいが、自分の偽物のクオリティを探るために、どうしてもそれだけは聞いておきたかった。
「それは、君の心に直接教えてもらったからだよ。最初に会った時、少し細工させてもらったんだ。転びそうな君を助けるフリしてね」
心に直接……って、セクハラしてきた時か!
あの時少しでもいい人だと思ったのは、とんだ間違いだったようだ。
「まぁ、思ってたより早くバレちゃったけど、ここまでは小手調べ。本番はここからだよ。はたして彼は、君の記憶を完璧に持った偽物と本物の区別がつくかな? もしかすると、こうして話している間に彼はもう……屋上へ向かっているかもね」
私を煽るようにして、クレハはクスクスと嘲るように笑った。
「カナちゃんは、そんな人じゃない!」
そう信じてはいるけれど、内心は凄く焦っていた。
見た目、話し方、雰囲気、全てをあのクオリティで再現され、おまけに私の記憶まで持ってたんじゃそう簡単に見分けるのは困難だ。
流石のカナちゃんでも判別出来るかどうか……
「人間なんて、保身のために平気で裏切る生き物だよ。口でどれだけ愛情や友情が大切だと言っていようが関係ない。所詮、自分を守るためならどこまでも残酷になれるんだ」
「違う、そんな事ない!」
カナちゃんは自分を犠牲にしてでも、私を逃がそうとしてくれた。自分の保身のために裏切るなんて事は、絶対にない。
ただ、偽物を見分けられるかどうか──そこだけが気がかりだった。
彼は何だかんだ言っても私に甘い、そこが裏目に出ていたら……
「そう……なら、君に一つ提案がある。僕と一緒に屋上へ行くなら、その呪い解いてあげるよ。もう君達の邪魔したりしない。コハクやシロと幸せになればいい。どうかな?」
それはまるで悪魔の囁き。
返事は最初から分かっていると言わんばかりに、クレハは余裕の笑みを浮かべている。
「ふざけた事言わないで! カナちゃんを犠牲にして、そんな事出来るわけないよ!」
私は心底怒りがこみ上げ、全力で否定した。
すると、興醒めしたと言わんばかりに、クレハは軽くため息をつく。
「最初はそうやって善人ぶるのも、人間共通の特性かな? まぁ、いいや。同じ事を後でもう一度聞きに来るから。その時……君がなんて答えるか期待しているよ」
薄気味悪い笑みを浮かべて、クレハはそのまま黒い闇の中へと消えていった。
「分かった。じゃあ、私の誕生日は?」
「四月十二日」
「昔、私は何を習ってた?」
「そら勿論空手や、今じゃ黒帯所持者やもんな。ほんますごいて思うわ」
「じゃあ……」
それから立て続けに七問出して、カナちゃんは見事に正解した。特におかしい素振りも見せず、完璧な回答だったのは間違いない。
しかし、少しだけ違和感を感じていた。
確かに私は黒帯を所持しているが、それは中学生になってからの話だ。
私の流派の先生はとても厳しくて、小学生の間はどんなに大会で優勝しようが、認めてもらえなかった。
空手の中学生大会で優勝している事は話したが、直接的に黒帯を持ってるなんて話した事はない。
カナちゃんも、私の先生が空手においてはとても厳しい人だった事を知っている。
優勝=黒帯と結びつけても仕方ないかもしれないが、何故か胸騒ぎがしてならない。
その時、胸元の勾玉がほのかに温かくなるのを感じる。だから私は敢えて最後の質問の内容を、彼が知り得ないものを出した。
「じゃあ、最後。小学校の卒業式、私がやらかした失態は?」
杞憂だったら、きっとカナちゃんはこの質問を「それは知っとるわけないやん」って軽く流してくれるはず。
だってカナちゃんは小学生三年の終わりに引っ越した。
一緒に卒業式に出ていないし、私以外誰にも連絡先を教えていないと言っていたから、知っているわけがない質問。
「あーあん時な、お前緊張のあまりフライングして返事しててんやんか」
しかし、彼は懐かしそうに目を細めて答えてしまった。知るはずがない事実を。
「ごめん、私は貴方を信じられない。本物のカナちゃんは、途中で転校しちゃったからこの事を知らない。だから、貴方は偽物だ」
偽物のカナちゃんは口の端をひん曲げると、不敵に笑い始めた。
「あーあ、バレちゃった……君、案外性格悪いんだね。すました顔してひっかけてくるとは予想外。もっと単純なのかと思ってたけど、少しだけ見直したよ」
偽物のカナちゃんは黒い煙に包まれると、元の正体を現した。
漆黒の長髪をなびかせながら、大きな紅の瞳を細めて、口の端で綺麗な弧の形を描いて微笑むクレハ。
一見すると優しそうに見えなくもないが、その瞳には底知れない冷たさが宿っている。
目を引く左目を覆う眼帯は、あの事件の後遺症なのだろうか。
私の視線を敏感にキャッチしたクレハは、白い手でそっと眼帯をなぞりながら口を開いた。
「あーこれ、気になる? 全く酷いよね人間は。お構い無く撃ち抜いちゃうんだもん。おかげで視界が狭くて困っちゃうよ。まぁ、返り討ちにしてあげたけどね」
恐ろしい事をあまりにも明るく笑って話す彼に、自分の感覚がおかしいのか錯覚しそうになる。
だがクレハの話を実際に想像すると、とても笑って語れる話ではない。
じわじわと彼のペースに飲み込まれている自分に気付き、私は質問を彼に投げ掛けた。
「どうして、貴方は罪を犯したの?」
「それを知ってどうするの? 君には関係ない話だよね」
「コハクとシロの大切な兄貴分だった貴方が、何の理由もなくそんな事をするなんて思えないから、知りたいの」
途端に、ニコニコとしていたクレハの顔から笑みが消え、無表情で淡々と質問を繰り出してきた。
「じゃあさ、君は瞳を撃ち抜かれるのがどれだけ痛いか知ってる? 知らないよね? 僕の事が知りたいなら、まずはその左目潰してからにしてもらえる? 出来ないよね? だったら、軽々しくそういう事言わないで。不愉快だから」
絶句するしかなかった。
想像していたよりもずっと、彼が抱えている闇は大きくて深い。
今の私が軽々しく聞けるようなことではないという事実だけが分かった。
「軽々しく尋ねたりして、ごめんなさい。でも一つだけ教えて欲しい」
「一つなんて言わずに、質問次第では何でも答えてあげるよ? 何ならコハクやシロの昔話でもしてあげようか? ただし、残り時間全部使ってね」
そう言って、にんまりと意地悪な笑みを浮かべるクレハ。
「それは遠慮する。一つだけ教えて。貴方はどうして、私の過去を知っているの?」
なぜ、私の質問にほぼ完璧に答えられたのか。
無駄な時間の消費は避けたいが、自分の偽物のクオリティを探るために、どうしてもそれだけは聞いておきたかった。
「それは、君の心に直接教えてもらったからだよ。最初に会った時、少し細工させてもらったんだ。転びそうな君を助けるフリしてね」
心に直接……って、セクハラしてきた時か!
あの時少しでもいい人だと思ったのは、とんだ間違いだったようだ。
「まぁ、思ってたより早くバレちゃったけど、ここまでは小手調べ。本番はここからだよ。はたして彼は、君の記憶を完璧に持った偽物と本物の区別がつくかな? もしかすると、こうして話している間に彼はもう……屋上へ向かっているかもね」
私を煽るようにして、クレハはクスクスと嘲るように笑った。
「カナちゃんは、そんな人じゃない!」
そう信じてはいるけれど、内心は凄く焦っていた。
見た目、話し方、雰囲気、全てをあのクオリティで再現され、おまけに私の記憶まで持ってたんじゃそう簡単に見分けるのは困難だ。
流石のカナちゃんでも判別出来るかどうか……
「人間なんて、保身のために平気で裏切る生き物だよ。口でどれだけ愛情や友情が大切だと言っていようが関係ない。所詮、自分を守るためならどこまでも残酷になれるんだ」
「違う、そんな事ない!」
カナちゃんは自分を犠牲にしてでも、私を逃がそうとしてくれた。自分の保身のために裏切るなんて事は、絶対にない。
ただ、偽物を見分けられるかどうか──そこだけが気がかりだった。
彼は何だかんだ言っても私に甘い、そこが裏目に出ていたら……
「そう……なら、君に一つ提案がある。僕と一緒に屋上へ行くなら、その呪い解いてあげるよ。もう君達の邪魔したりしない。コハクやシロと幸せになればいい。どうかな?」
それはまるで悪魔の囁き。
返事は最初から分かっていると言わんばかりに、クレハは余裕の笑みを浮かべている。
「ふざけた事言わないで! カナちゃんを犠牲にして、そんな事出来るわけないよ!」
私は心底怒りがこみ上げ、全力で否定した。
すると、興醒めしたと言わんばかりに、クレハは軽くため息をつく。
「最初はそうやって善人ぶるのも、人間共通の特性かな? まぁ、いいや。同じ事を後でもう一度聞きに来るから。その時……君がなんて答えるか期待しているよ」
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