獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
上 下
107 / 186
第十章 悲しき邂逅

ナチュラルに嫌な奴

しおりを挟む
「どないした?」
「結界があって中に入れないみたいなんだ。ソウルメイトの君の力を借りれば僕も通れると思うんだけど……」

 クレハは困ったように眉を下げて、捨てられた子犬みたいにしゅんとした様子でこちらを見ている。

「分かりました。どうしたらいいですか?」
「こちらへ来て、少しだけ手を貸してもらえる?」

 近付いておずおずと左手を差し出す。
 クレハはお礼を言って私の手をとると、何か呪文のようなものを唱え始めた。すると掴まれた左手の甲に、一瞬だけチクリとした痛みを感じる。
 呪文を唱え終わったクレハは、手を離して扉の方へゆっくりと手を伸ばす。

「ありがとう。通れるようになったみたい」

 歩き出したクレハを慌てて追いかけたら、何かに足を引っかけバランスを崩した。

「大丈夫?」

 間一髪、クレハに抱き止められて事なきを得る。
 まさか助けてもらえるとは。妖怪の彼にそんな気遣い出来るなんて思いもせず、正直驚いた。

「すみません、ありがとうございます」

 見上げてお礼を言うと、思ったより近くにクレハの端正な顔があり目があった。
 深紅の大きな瞳をスッと細め、口角を僅かに上げると、クレハは顔を私の耳元に寄せてそっと囁いた。

「どんくさいね、君。何でコハクは君みたいな子をソウルメイトにしたんだろう。僕ならありえないな……でも、胸のサイズだけは合格かな」

 そう言って私の身体を支えた際、ちょうど当たっていた手で私の胸を服の上から軽く揉んだ。
 慌てて身体を離すと、クレハはクスッとバカにするように笑った後、何事もなかったかのようにスタスタと前を歩き出す。

 せ、セクハラ?!

 ここまでナチュラルに嫌な奴に会ったのは初めてだ。コハクの知り合いじゃなかったら、その後頭部に迷わず飛び蹴りしただろう。
 拳を強く握りしめてクレハを睨んでいると、カナちゃんが心配そうに尋ねてきた。

「桜、大丈夫か? 変なことされてへんか?」

 カナちゃんの位置からは彼の悪行は見えなかったらしい。正直に言うわけにもいかず、平気だと笑って誤魔化した。

「何してるの? 早く案内してよ」

 エレベーターの前で待つクレハが煩わしそうに声をかけてくる。

 く……本当に何て嫌な奴……。

 中に乗り込んで最上階のボタンを押す。コハクの家の前まで案内し、チャイムを押してみるものの返事がない。きっとシロは寝ているのだろう。
 鞄から合鍵を取り出して開けると、クレハはスタスタと迷うことなく一番奥のコハクの部屋に入っていった。

「桜、クレハが本当にシロの知り合いか少し様子探るで。ええか、なるだけ俺の後ろに居ってあいつから距離をとるんや」

 小声で話しかけてきたカナちゃんに、コクリと頷いて了承の意思を示す。

「お邪魔します」と玄関で遠慮がちに声をかけて中に入る。カナちゃんの後ろに続き奥の部屋までいくと、シロはベッドでスヤスヤと寝ていた。

 その様子をクレハは寂しげな眼差しで見つめて、手を伸ばした。固唾をのんで様子を見守っていると、その手はシロの頭に触れて優しく撫でた。
 しばらくして、耳をピクッとさせてシロが目を覚ます。

「久しぶりだね、コハク……いや、シロか。僕の事分かる?」
「……クレハ? お前、クレハなのか?」

 ベットから身体を起こし、驚いたように目を見開いてシロが尋ねる。

「分かってくれるんだ。少し安心したよ」

 クレハは表情を優しく緩めて答えた。
 心なしか、歪なオーラの気配も緩和された気がする。

「お前、どうしてそんな姿してんだよ! 一体何が……っ?!」

 動揺を隠しきれないシロに、柔和な笑みをたたえてクレハはなだめるように声をかける。

「世間話をする前に、君のソウルメイトと友達が来てるよ。ここまで案内してもらったからさ。二人とも、そんな入り口に居ないでこっちにおいでよ」

 クレハに促され入り口から部屋の中へ入る。
 少なくともシロの反応から知り合いなのは間違いなさそうだ。それに、シロが寝ているのを見つめていたクレハの眼差しや、話している時の緩んだ表情や雰囲気から、ある程度の親しさが感じられる。

「シロ、お前急に倒れたからびっくりしたで。でも、その様子なら少しはマシになったみたいやな」

 話しかけながら、カナちゃんは自然にクレハとの距離を詰めた。自分を挟んでクレハと私を物理的に遠ざけようとしてくれているらしい。気付かれないよう、ジェスチャーで反対側においでと教えてくれた。
 クレハに気を付けつつ、私も部屋の中へと足を踏み入れる。

「具合はどう? 辛いなら無理せず休んでて大丈夫だからね」
「少し怠いけど大丈夫だ。心配かけてすまなかったな」
「先生に聞いたけど、人間には化けれへんのんか?」
「ああ……力が上手く使えない」

 シロは手を見つめながら握ったり閉じたりを繰り返している。
 その時、私達の話を大人しく聞いていたクレハが驚いたように尋ねてきた。

「シロ、何か悪いものでも食べたの?」
「桜が作ったカップケーキだ。美味しそうだったからつい……玉ねぎ入ってるの忘れてた」
「玉ねぎって……君はソウルメイトなのに、そんな事も把握してなかったの?」

 信じられないと言わんばかりに目を見開いた後、こちらに鋭い視線を向けるクレハに慌ててシロは否定した。

「クレハ、桜は悪くない。俺が気づかなかったのがいけないんだ」
「庇うんだ……ねぇシロ。そういえば、何で人間界なのに君が表に出てるの? コハクはどうしたのかな?」

 クレハの声のトーンが低くなり、和らいでいた歪なオーラが膨れ上がってくるのが分かった。

「コハクは今、幻術空間で眠らせている」
「どうして? コハクはそんなに脆い子じゃないと思うけど、そうせざるを得なかった状況に陥ったって事だよね」
「それは……」
「原因はこの子かな? シロ、ソウルメイトに深く関わってはいけない。確かに恩恵も大きいけれど、それ以上に諸刃の剣である事を忘れてはいけないよ。人間は僕達を苦しめるだけだ」
「クレハ、お前からそんな言葉が出てくるなんて本当どうしたんだよ。らしくない」

 心配そうに話しかけるシロから視線を逸らすように瞼を閉じると、クレハは静かに呟いた。

「らしくない……か。愚かな幻想から目覚めただけさ」

 クレハから感じていた人間への棘のある態度は、どうやらシロを心配してのものだったようだ。
 シロが私を庇った途端にクレハの雰囲気が変わった。理由は分からないけど、クレハが人間……特にソウルメイトに対していい感情を持ってない事がうかがえる。

「……お前に何があったのかは知らないが、俺はここから離れるつもりはない。桜と一緒に生きていくって決めたんだ」

 身体を翻してこちらに向き直ったクレハが、捲したてるように問いかけてきた。

「君はその覚悟があるの? 妖怪と一緒に生きるって、どういう事だかちゃんと分かってる? 君が一度でも裏切ればシロは……」

 鋭い眼差しでクレハに睨み付けられ、あまりの迫力に思わず身体が萎縮する。
 私を庇うように、シロは声を荒げてクレハの言葉を遮った。

「クレハ! 桜に余計な事は言わなくていい。俺たちはまだ契りを交わしたわけじゃない。そういう話はまだ必要ない」
「なんだ、それなら良かった」

 恐ろしく整った笑みを浮かべた後、クレハはブツブツと呪文を唱え始めた。

「忌まわしき姫君に不吉なる数字の呪いを……」
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

あやかし猫の花嫁様

湊祥@書籍13冊発売中
キャラ文芸
アクセサリー作りが趣味の女子大生の茜(あかね)は、二十歳の誕生日にいきなり見知らぬ神秘的なイケメンに求婚される。 常盤(ときわ)と名乗る彼は、実は化け猫の総大将で、過去に婚約した茜が大人になったので迎えに来たのだという。 ――え⁉ 婚約って全く身に覚えがないんだけど! 無理! 全力で拒否する茜だったが、全く耳を貸さずに茜を愛でようとする常盤。 そして総大将の元へと頼りに来る化け猫たちの心の問題に、次々と巻き込まれていくことに。 あやかし×アクセサリー×猫 笑いあり涙あり恋愛ありの、ほっこりモフモフストーリー 第3回キャラ文芸大賞にエントリー中です!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...