89 / 186
第八章 暗黒王子と学園生活
不器用な優しさ
しおりを挟む
その後、コサメさんに一瞬で家まで送ってもらった。家族に帰りが遅いと心配されたのを何とか誤魔化して、汚い物を洗い流すためお風呂に入った。
鏡に映る自分の胸元に、穢れた無数の赤い跡を見つけ泣きたくなる。
無駄に何度も何度も洗ったが取れるはずもなく、まだ九月だというのにタートルネックを着て首まで隠しても気持ち悪さは拭えなかった。
コハクに今日の出来事を報告する途中、あの時の恐怖を思い出してトイレに駆け込んで何度か吐いた。
思っていた以上に心も身体もダメージを受けていたようで、その日は美容体操も出来ずにそのまま寝てしまった。
しかし、夢の中でも今日の再現と思われる悪夢を見て飛び起きる。
恐怖と不安で押し潰されそうになり、スタンドライトを付け、すがるようにシロがいつも寝ていた場所に視線を送るが彼が居るはずもない。
ベットの隅で膝を抱くように小さく縮こまってガクガク震えていると、不意に頭の上に何か温かいものが乗ってきた。
それは頭をつたって肩まで下りてくると、小さな前足を私の頬について立ち、瞳から流れ落ちる涙を小さな舌でペロペロと舐めとった。
その感触がくすぐったくて笑っていると、いつの間にか身体の震えが止まっていることに気付く。
肩から私の膝の上に移動してちょこんと座ったそれに、私は話しかけた。
「シロ、身体は大丈夫なの? また無理して来てくれたんじゃ……」
「無理をしているのはお前の方だろ。独りで泣くなよ。アイツみたいに優しい言葉とか、かけてやれねぇけど、傍に居るぐらいなら出来るから」
「……ありがとう」
シロの不器用な優しさがじんわりと胸に染みて、さっきまで恐怖と不安で底冷えした心がポカポカと温かい気持ちになった。
「ほら、今だけ特別好きな姿に化けてやるよ、何がいい?」
まだ本調子ではないだろうに、無理をしようとしているシロに「貴方の本当の姿がいい」と、気を遣った言葉ではなくただの本心を言ってみた。
「は? こんな機会滅多にねぇんだぞ、コハクでも西園寺でもお前が好きな奴に化けてやるぞ?」
シロのその言葉に胸がズキンと痛んだ。
今までの私の態度が、好きな人というカテゴリーに自分は含まれないと彼に認識させていたのだと気付かされたから。
「貴方に傍にいて欲しいから、シロの本当の姿がいい」
誰かの代わりをする貴方じゃなくて、今は無性に本当のシロに会いたいと思った。
「……変な奴」
眩い光を放つとシロは元の姿に戻り、私に背を向けてベットに腰かけた。
背中じゃなくて顔を見せて欲しいと思うけど、我儘を言う前に伝えなければならない事を先に言ってしまおう。
「シロ、今日は助けてくれてありがとう」
「礼なんていらない。お前がそんな目に遭ってるのは、俺が暴走して呪詛がかかったせいだ。それがお前に不幸を呼び寄せた……本当にすまなかった」
見ていると可哀想になるくらい、シロの獣耳と尻尾がしゅんと下がっている。
「それでも、貴方は私を助けてくれた。だからやっぱりありがとう、だよ」
「桜……」
「逆に私こそ、勘違いさせるような事して暴走させて自業自得っていうか、本当にごめんなさい。あの後、やっぱり怒ってたんだよね?」
気になっていた事を聞いてみたら、「ん……いや、寝てた」と、あまりにも予想外の答えが返ってくる。
「え……寝てた?」
確かに寝ていたら、連絡しても、家を訪ねても気付かないだろうし、学校にも来れないはずだ。
シロが怒っていたわけじゃない事に少しだけホッとした。
「あの後、ずっと寝てた。親父に聞いたんだろ、俺の体質」
「人間界で生きていくのは厳しいって……」
「ああ。俺はコハクに頼らないと寝てばかりで、お前と一緒にろくに生活も出来やしない。その上一族の中でも霊力の低い俺は、妖界に居ても落ちこぼれ扱いの駄目な奴だ」
「シロ……」
背を向けているため表情は分からないけど、シロの背中が物凄く寂しそうに見えた。
彼がコハクに抱いているコンプレックスが少しだけ分かった気がした。
表に出てそつなく生活するコハクに嫉妬しながらも、自分は彼に頼らないとこっちの世界では生きていけない現実がきっと苦しいんだ。
「コハクが居れば、お前はそんな目に遭わずに済んだろうに……俺は、好きな女もろくに守れないし、一緒に居ても傷付けてばかりの最低な奴なんだよ」
シロの屈折した攻撃的な性格は、常にそうやって自分を奮い立たせて気を張ってないと、やりきれなかったからじゃないだろうか。
弱音を吐き出し微かに震える彼の背中は、まるで何かに怯える子供のように小さく見えたから。
「そんな事ないよ、シロは私を助けてくれた、格好いい奴だよ! 貴方が傍にいてくれて、私は今すごく嬉しいんだよ」
「こんな時まで無理するなよ。本当はコハクに会いたくて仕方ない癖に……お前は俺に、コハクの残像を重ねているだけだ」
元気付けようと声をかけるも、逆に痛い所を突かれてしまった。
う……耳が痛い。でもそこまで分かった上で、今も……貴方は私の傍に居てくれるんだね。
胸がキュウと締め付けられるように苦しくなった。
鏡に映る自分の胸元に、穢れた無数の赤い跡を見つけ泣きたくなる。
無駄に何度も何度も洗ったが取れるはずもなく、まだ九月だというのにタートルネックを着て首まで隠しても気持ち悪さは拭えなかった。
コハクに今日の出来事を報告する途中、あの時の恐怖を思い出してトイレに駆け込んで何度か吐いた。
思っていた以上に心も身体もダメージを受けていたようで、その日は美容体操も出来ずにそのまま寝てしまった。
しかし、夢の中でも今日の再現と思われる悪夢を見て飛び起きる。
恐怖と不安で押し潰されそうになり、スタンドライトを付け、すがるようにシロがいつも寝ていた場所に視線を送るが彼が居るはずもない。
ベットの隅で膝を抱くように小さく縮こまってガクガク震えていると、不意に頭の上に何か温かいものが乗ってきた。
それは頭をつたって肩まで下りてくると、小さな前足を私の頬について立ち、瞳から流れ落ちる涙を小さな舌でペロペロと舐めとった。
その感触がくすぐったくて笑っていると、いつの間にか身体の震えが止まっていることに気付く。
肩から私の膝の上に移動してちょこんと座ったそれに、私は話しかけた。
「シロ、身体は大丈夫なの? また無理して来てくれたんじゃ……」
「無理をしているのはお前の方だろ。独りで泣くなよ。アイツみたいに優しい言葉とか、かけてやれねぇけど、傍に居るぐらいなら出来るから」
「……ありがとう」
シロの不器用な優しさがじんわりと胸に染みて、さっきまで恐怖と不安で底冷えした心がポカポカと温かい気持ちになった。
「ほら、今だけ特別好きな姿に化けてやるよ、何がいい?」
まだ本調子ではないだろうに、無理をしようとしているシロに「貴方の本当の姿がいい」と、気を遣った言葉ではなくただの本心を言ってみた。
「は? こんな機会滅多にねぇんだぞ、コハクでも西園寺でもお前が好きな奴に化けてやるぞ?」
シロのその言葉に胸がズキンと痛んだ。
今までの私の態度が、好きな人というカテゴリーに自分は含まれないと彼に認識させていたのだと気付かされたから。
「貴方に傍にいて欲しいから、シロの本当の姿がいい」
誰かの代わりをする貴方じゃなくて、今は無性に本当のシロに会いたいと思った。
「……変な奴」
眩い光を放つとシロは元の姿に戻り、私に背を向けてベットに腰かけた。
背中じゃなくて顔を見せて欲しいと思うけど、我儘を言う前に伝えなければならない事を先に言ってしまおう。
「シロ、今日は助けてくれてありがとう」
「礼なんていらない。お前がそんな目に遭ってるのは、俺が暴走して呪詛がかかったせいだ。それがお前に不幸を呼び寄せた……本当にすまなかった」
見ていると可哀想になるくらい、シロの獣耳と尻尾がしゅんと下がっている。
「それでも、貴方は私を助けてくれた。だからやっぱりありがとう、だよ」
「桜……」
「逆に私こそ、勘違いさせるような事して暴走させて自業自得っていうか、本当にごめんなさい。あの後、やっぱり怒ってたんだよね?」
気になっていた事を聞いてみたら、「ん……いや、寝てた」と、あまりにも予想外の答えが返ってくる。
「え……寝てた?」
確かに寝ていたら、連絡しても、家を訪ねても気付かないだろうし、学校にも来れないはずだ。
シロが怒っていたわけじゃない事に少しだけホッとした。
「あの後、ずっと寝てた。親父に聞いたんだろ、俺の体質」
「人間界で生きていくのは厳しいって……」
「ああ。俺はコハクに頼らないと寝てばかりで、お前と一緒にろくに生活も出来やしない。その上一族の中でも霊力の低い俺は、妖界に居ても落ちこぼれ扱いの駄目な奴だ」
「シロ……」
背を向けているため表情は分からないけど、シロの背中が物凄く寂しそうに見えた。
彼がコハクに抱いているコンプレックスが少しだけ分かった気がした。
表に出てそつなく生活するコハクに嫉妬しながらも、自分は彼に頼らないとこっちの世界では生きていけない現実がきっと苦しいんだ。
「コハクが居れば、お前はそんな目に遭わずに済んだろうに……俺は、好きな女もろくに守れないし、一緒に居ても傷付けてばかりの最低な奴なんだよ」
シロの屈折した攻撃的な性格は、常にそうやって自分を奮い立たせて気を張ってないと、やりきれなかったからじゃないだろうか。
弱音を吐き出し微かに震える彼の背中は、まるで何かに怯える子供のように小さく見えたから。
「そんな事ないよ、シロは私を助けてくれた、格好いい奴だよ! 貴方が傍にいてくれて、私は今すごく嬉しいんだよ」
「こんな時まで無理するなよ。本当はコハクに会いたくて仕方ない癖に……お前は俺に、コハクの残像を重ねているだけだ」
元気付けようと声をかけるも、逆に痛い所を突かれてしまった。
う……耳が痛い。でもそこまで分かった上で、今も……貴方は私の傍に居てくれるんだね。
胸がキュウと締め付けられるように苦しくなった。
0
お気に入りに追加
456
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。
(お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです)
その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。
(その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性)
物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
あやかし古都の九重さん~京都木屋町通で神様の遣いに出会いました~
卯月みか
キャラ文芸
旧題:お狐様派遣します~京都木屋町通一之船入・人材派遣会社セカンドライフ~
《ワケあり美青年に見初められ、お狐様の相談係になりました》
失恋を機に仕事を辞め、京都の実家に帰ってきた結月。仕事と新居を探していたある日、結月は謎めいた美青年と出会った。彼の名は、九重さん。小さな派遣事務所を営んでいるという。「仕事を探してはるんやったら、うちで働いてみませんか?」思わぬ好待遇に惹かれ、結月は彼のもとで働くことを決める。けれどその事務所を訪れるのは、人間界で暮らしたい悩める狐たちで――神使の美青年×お人好し女子のゆる甘あやかしファンタジー!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる