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第七章 すれ違う歯車
語ってはいけない黒歴史
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翌日の昼休み、私達三人は学園内の特別教室をグルグルしていた。
音楽室でピアノ弾いてるフリの写真、美術室でキャンバスに向かい合ってるフリの写真、理科室でフラスコ片手に実験してるフリの写真。
正直なぜそんな写真が居るのか分からないけど、頼まれた以上やるしかない。
その時、教室の移動で結構歩き回ったせいか、カナちゃんの顔色が少し悪く見えた。
心配して声をかけても「どないしたん? 全然余裕やで」と、カナちゃんはとぼけて認めようとしない。
もっと早く気づけばよかった……カナちゃんの額にはじんわり脂汗が滲んでいる。きっと痛む足を無理をして、今まで撮影に付き合ってくれていたのだと容易に想像出来た。
「肩貸してあげるよ。足、辛いんでしょ?」
前を歩いていたコハクが引き返してカナちゃんの傍に移動して声をかける。
「大丈夫やて……」
「君が居ないと困るから。ほら、掴まって」
「おぅ……すまん」
最初は渋っていたものの、やはり辛かったのだろう。カナちゃんはコハクの申し出を素直に受け入れた。少し恥ずかしそうにはにかんで肩を借りるカナちゃんと、それを笑顔で支えるコハク。その時、リストにある二人が肩を組んでる写真の欄が見事に埋まった。
それから私達は急いで保健室へ。
挨拶して保健室のドアを開けると、橘先生が机に向かっていた。
私達に気付いた先生は少し驚いたようにこちらを見ている。
「西園寺……だっけか? お前さん、顔色が大分悪いな。次の授業はここで休んだがいい」
「ほな、お言葉に甘えてベッドお借りしますわ」
カナちゃんはベッドに横になるなり、すぐに静かな寝息をたて始めた。きっと、かなり無理をしていたのだろう。
私のせいで足を痛めていたのに、その事も忘れて写真撮ることだけに夢中になって……本当に私はバカだ。
今までどれだけカナちゃんは……私に気付かれないように、こうやって苦しみを一人で抱えてきたのだろうか。
カナちゃんの青白い寝顔を見ながら、心がズキンと激しく痛んだ。
「ごめん、桜。僕が気付いていれば」
「ううん、コハクのせいじゃないよ。カナちゃん昔から、こういうの隠すのがすごく上手いんだ。だから、知ってたのに気付けなかった私が悪い」
会って数日のコハクでは、まず気付くのは困難だ。私がもっと注意深く見ていれば……
「桜……」
「コハクは大丈夫? 無理してない? 辛くなったらすぐに言ってね……」
「僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
不安に揺れる私に優しく微笑むと、コハクはそう言ってポンポンと私の頭を撫でてくれた。
沈んでいた気持ちがすこし軽くなった気がする。
それから、午後の授業が始まるため私とコハクは教室へ戻ることに。
結局その日、カナちゃんは放課後になっても戻って来なかった。
彼の荷物を纏めて、コハクと一緒に保健室へ行くとまだカナちゃんは寝ていた。
「よっぽど疲れがたまってたんだな。爆睡してあれから全く起きやしない。すまんがそろそろ起こしてくれんか?」
苦笑いする橘先生の言葉を聞いて、私はカナちゃんの眠るベッドの脇まで移動した。
長い睫毛に覆われた瞳は閉じたままで、静かに寝息を立てて眠る姿はさながら童話に出てくる美しい眠り姫のようだ。
「カナちゃん、起きて。もう放課後だよ」
私の呼び掛けにうんともすんとも反応がない。
「顔色も大分よくなってるし、そろそろ起きてもいいとは思うんだがな」
そう言って先生は、困ったように頭をボリボリとかいている。
「一度こうなると、中々起きないんですよね……」
極限まで無理をして眠ったカナちゃんを起こすのは、昔からかなり難しい。
普通に呼び掛けただけじゃまず起きないのだ。
しかしこのまま放っておくと、いつまでも眠り続けるんじゃないかと思えるくらい起きる気配がない。
「西園寺君、起きて」
そう言ってコハクがカナちゃんの身体を揺すろうとするので、私は慌てて止めた。
「待って、コハク! 無理に起こすと、その後が厄介だから!」
前に一度、カナちゃんを無理矢理起こした時の苦い教訓を思いだし私は身震いした。
彼は物理的に刺激を与え続けると物凄く不機嫌に目覚め、起こした人に対し性格が変わったようにしばらく我儘に色々要求してきてかなり面倒な事になる。
だから私はそれ以来、声をかけて起きない時はそれ以上……寝ている彼の眠りを妨げたことはない。
「それなら、耳元で蚊の飛んでいる音を聞かせるといいよ」
「あ、それならいいかも」
その場合、起こした相手は蚊だ。我等に被害は及ばないだろう。
コハクがカナちゃんの耳元で蚊の飛ぶ音を再現すると彼は微かに眉をひそめはしたが起きない。
「これは中々手強いね。父さんならこれで必ず起きるのに」
目を丸くして驚いているコハクに、何故か橘先生は可笑しそうに笑いを噛み殺していた。
「それなら添い寝攻撃はどうだ? 意外性のある奴が隣で添い寝すると驚いて飛び起きるらしいぞ」
「それ、誰が添い寝するんですか?」
コハクの問いに、私と橘先生は一斉にコハクに視線を送った。
「え、僕?」
きょとんとした顔をするコハクに「お前がやらんなら、一条がする事になるがそれでもいいのか?」と言って橘先生が口の端をニヤリと上げて笑ったら、「それは駄目! 絶対に!」とコハクは慌てて先生の言葉を否定した。
「ごめんね、コハク……」
「桜がやるより全然いいから気にしないで」
何だか申し訳なくなって謝ると、そう言ってコハクは優しく微笑んでくれた。
それからコハクはベッドに乗ると、顔をしかめてカナちゃんの隣に横になった。しかし、カナちゃんは一向に起きる気配がない。
「ケンさん、効果ないですよ」
ベッドから下りようとするコハクに先生はまったをかける。
「ちょっと待てコハク、お前は身体を西園寺の方に向けろ。そして一条はここから西園寺に呼び掛けてみろ」
橘先生の指示に従い私達がそれを実行すると、カナちゃんの口元が緩んで何やらもごもごと動いた。
すると次の瞬間、カナちゃんの手がコハクの首元に伸びて……本当に一瞬の出来事だった。
目を閉じたまま眠り続けるカナちゃんの唇が、これでもかと目を見開いたコハクのそれに重なったのは。
私は目の前の光景に驚き、固まるしかなかった。
その時、パチリとカナちゃんの瞳が開く。
悲劇というか喜劇としか言いようがない状況に、覚醒した二人は悲鳴を上げて慌てて離れた。
そして彼等は一目散に廊下の手洗い場に駆け寄るなり、ばしゃばしゃと勢いよく顔に水をかけ洗い始めた。
「お前、信じられへん……ッ、そんなんで、桜にまで手出すとか、ありえんやろ!」
「はぁ? 何勘違いしてるの? こっちが被害者だよ!」
「嘘こけ! じゃあ何で俺のベッドに入ってんねや!」
「それは君が起きないからでしょ! 僕だってやりたくなかったよ!」
ぜぇ、はぁと荒く息を吐き出して言い争う二人を見て、「イケメンの醜態ほど、笑えるもんねぇな」と言って橘先生はププッと吹き出した後、豪快に笑いだした。
もしかして先生は、こうなることを予測していたのだろうか……
私の視線に気付いた先生は、「ほら、いつまでもベッド占拠されてると俺、帰れないだろ?」と言って、眼鏡をクイッと持ち上げてニヤリと微笑んだ。
やはり、この人に逆らってはいけない……その時、改めて確信した。
とりあえず、私は鞄からタオルハンカチを取り出して二人に渡す。
落ち着いた所でカナちゃんに今までの経緯を説明したら
「なんか……すまん……色々と……」
物凄く悲愴感を漂わせてカナちゃんは力なくそう呟いた。
「いや……もう……いいよ……」
ガクンと肩を落とした二つの哀愁漂う背中に、なんと声をかけたらいいか分からない。ちなみに、タオルハンカチを二人分用意していたのは、水の滴るいい男と書かれた項目のためだったが、まさかこんな用途で使う事になるとは微塵も思わなかった。
その後、彼等はこの出来事を黒歴史として葬り去り、私達の間で決して口にしてはいけない禁忌となった。
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「肩貸してあげるよ。足、辛いんでしょ?」
前を歩いていたコハクが引き返してカナちゃんの傍に移動して声をかける。
「大丈夫やて……」
「君が居ないと困るから。ほら、掴まって」
「おぅ……すまん」
最初は渋っていたものの、やはり辛かったのだろう。カナちゃんはコハクの申し出を素直に受け入れた。少し恥ずかしそうにはにかんで肩を借りるカナちゃんと、それを笑顔で支えるコハク。その時、リストにある二人が肩を組んでる写真の欄が見事に埋まった。
それから私達は急いで保健室へ。
挨拶して保健室のドアを開けると、橘先生が机に向かっていた。
私達に気付いた先生は少し驚いたようにこちらを見ている。
「西園寺……だっけか? お前さん、顔色が大分悪いな。次の授業はここで休んだがいい」
「ほな、お言葉に甘えてベッドお借りしますわ」
カナちゃんはベッドに横になるなり、すぐに静かな寝息をたて始めた。きっと、かなり無理をしていたのだろう。
私のせいで足を痛めていたのに、その事も忘れて写真撮ることだけに夢中になって……本当に私はバカだ。
今までどれだけカナちゃんは……私に気付かれないように、こうやって苦しみを一人で抱えてきたのだろうか。
カナちゃんの青白い寝顔を見ながら、心がズキンと激しく痛んだ。
「ごめん、桜。僕が気付いていれば」
「ううん、コハクのせいじゃないよ。カナちゃん昔から、こういうの隠すのがすごく上手いんだ。だから、知ってたのに気付けなかった私が悪い」
会って数日のコハクでは、まず気付くのは困難だ。私がもっと注意深く見ていれば……
「桜……」
「コハクは大丈夫? 無理してない? 辛くなったらすぐに言ってね……」
「僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
不安に揺れる私に優しく微笑むと、コハクはそう言ってポンポンと私の頭を撫でてくれた。
沈んでいた気持ちがすこし軽くなった気がする。
それから、午後の授業が始まるため私とコハクは教室へ戻ることに。
結局その日、カナちゃんは放課後になっても戻って来なかった。
彼の荷物を纏めて、コハクと一緒に保健室へ行くとまだカナちゃんは寝ていた。
「よっぽど疲れがたまってたんだな。爆睡してあれから全く起きやしない。すまんがそろそろ起こしてくれんか?」
苦笑いする橘先生の言葉を聞いて、私はカナちゃんの眠るベッドの脇まで移動した。
長い睫毛に覆われた瞳は閉じたままで、静かに寝息を立てて眠る姿はさながら童話に出てくる美しい眠り姫のようだ。
「カナちゃん、起きて。もう放課後だよ」
私の呼び掛けにうんともすんとも反応がない。
「顔色も大分よくなってるし、そろそろ起きてもいいとは思うんだがな」
そう言って先生は、困ったように頭をボリボリとかいている。
「一度こうなると、中々起きないんですよね……」
極限まで無理をして眠ったカナちゃんを起こすのは、昔からかなり難しい。
普通に呼び掛けただけじゃまず起きないのだ。
しかしこのまま放っておくと、いつまでも眠り続けるんじゃないかと思えるくらい起きる気配がない。
「西園寺君、起きて」
そう言ってコハクがカナちゃんの身体を揺すろうとするので、私は慌てて止めた。
「待って、コハク! 無理に起こすと、その後が厄介だから!」
前に一度、カナちゃんを無理矢理起こした時の苦い教訓を思いだし私は身震いした。
彼は物理的に刺激を与え続けると物凄く不機嫌に目覚め、起こした人に対し性格が変わったようにしばらく我儘に色々要求してきてかなり面倒な事になる。
だから私はそれ以来、声をかけて起きない時はそれ以上……寝ている彼の眠りを妨げたことはない。
「それなら、耳元で蚊の飛んでいる音を聞かせるといいよ」
「あ、それならいいかも」
その場合、起こした相手は蚊だ。我等に被害は及ばないだろう。
コハクがカナちゃんの耳元で蚊の飛ぶ音を再現すると彼は微かに眉をひそめはしたが起きない。
「これは中々手強いね。父さんならこれで必ず起きるのに」
目を丸くして驚いているコハクに、何故か橘先生は可笑しそうに笑いを噛み殺していた。
「それなら添い寝攻撃はどうだ? 意外性のある奴が隣で添い寝すると驚いて飛び起きるらしいぞ」
「それ、誰が添い寝するんですか?」
コハクの問いに、私と橘先生は一斉にコハクに視線を送った。
「え、僕?」
きょとんとした顔をするコハクに「お前がやらんなら、一条がする事になるがそれでもいいのか?」と言って橘先生が口の端をニヤリと上げて笑ったら、「それは駄目! 絶対に!」とコハクは慌てて先生の言葉を否定した。
「ごめんね、コハク……」
「桜がやるより全然いいから気にしないで」
何だか申し訳なくなって謝ると、そう言ってコハクは優しく微笑んでくれた。
それからコハクはベッドに乗ると、顔をしかめてカナちゃんの隣に横になった。しかし、カナちゃんは一向に起きる気配がない。
「ケンさん、効果ないですよ」
ベッドから下りようとするコハクに先生はまったをかける。
「ちょっと待てコハク、お前は身体を西園寺の方に向けろ。そして一条はここから西園寺に呼び掛けてみろ」
橘先生の指示に従い私達がそれを実行すると、カナちゃんの口元が緩んで何やらもごもごと動いた。
すると次の瞬間、カナちゃんの手がコハクの首元に伸びて……本当に一瞬の出来事だった。
目を閉じたまま眠り続けるカナちゃんの唇が、これでもかと目を見開いたコハクのそれに重なったのは。
私は目の前の光景に驚き、固まるしかなかった。
その時、パチリとカナちゃんの瞳が開く。
悲劇というか喜劇としか言いようがない状況に、覚醒した二人は悲鳴を上げて慌てて離れた。
そして彼等は一目散に廊下の手洗い場に駆け寄るなり、ばしゃばしゃと勢いよく顔に水をかけ洗い始めた。
「お前、信じられへん……ッ、そんなんで、桜にまで手出すとか、ありえんやろ!」
「はぁ? 何勘違いしてるの? こっちが被害者だよ!」
「嘘こけ! じゃあ何で俺のベッドに入ってんねや!」
「それは君が起きないからでしょ! 僕だってやりたくなかったよ!」
ぜぇ、はぁと荒く息を吐き出して言い争う二人を見て、「イケメンの醜態ほど、笑えるもんねぇな」と言って橘先生はププッと吹き出した後、豪快に笑いだした。
もしかして先生は、こうなることを予測していたのだろうか……
私の視線に気付いた先生は、「ほら、いつまでもベッド占拠されてると俺、帰れないだろ?」と言って、眼鏡をクイッと持ち上げてニヤリと微笑んだ。
やはり、この人に逆らってはいけない……その時、改めて確信した。
とりあえず、私は鞄からタオルハンカチを取り出して二人に渡す。
落ち着いた所でカナちゃんに今までの経緯を説明したら
「なんか……すまん……色々と……」
物凄く悲愴感を漂わせてカナちゃんは力なくそう呟いた。
「いや……もう……いいよ……」
ガクンと肩を落とした二つの哀愁漂う背中に、なんと声をかけたらいいか分からない。ちなみに、タオルハンカチを二人分用意していたのは、水の滴るいい男と書かれた項目のためだったが、まさかこんな用途で使う事になるとは微塵も思わなかった。
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