獣耳男子と恋人契約

花宵

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第六章 波乱の幕開け

不安に揺れる瞳

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 プリンセスコンテストの優勝者が、もしコハクを指名したら……コハクは他の女の子とキスしたり、デートしないといけない。
 想像しただけで、胸が苦しくなった。私がそんな嫌なビジョンを想像していると──

「桜は……僕と西園寺君、どちらに優勝して欲しい?」

 コハクがひどく思い詰めたような顔で尋ねてきた。

「それは勿論コハクに決まってるよ。いくら相手がカナちゃんでも……私はコハク以外の人とそういう行為はしたくない」

 不安に揺れるコハクの瞳を見つめて、私は自分の気持ちを伝えた。

「桜……」

 それでもコハクは何かに怯えているかのように、私へ悲しそうな眼差しを向けてくる。

「私にとって、コハクもカナちゃんもかけがえのない大切な人。でもコハクに対する愛情とカナちゃんに対する友情は、愛の形が違うんだよ。カナちゃんの事は友達として好き、コハクの事は唯一の男の人として好き」

 そう言って私は、そっと彼の手を両手で優しく包み込んだ。

「自分からこんな風に触れてたいって思うのは、コハクだけだよ」

 それでも不安が拭いきれないようで、彼の手が微かに震えているのに気付いた。

「ごめんね、不安にさせて。でも聴いて」

 私はコハクの方を向いてそっと手を離すと、彼の首に手を回して頭を抱えるようにして抱き締めた。
 早鐘のように打ち続ける心臓の鼓動が、彼の耳によく聴こえるように。

「コハクに少し触れるだけで、私の心臓は張り裂けそうなくらいドキドキと激しく脈打つんだよ」

 すると、ピョコンと白いもふもふの獣耳が私の頬をくすぐった。
 そっと優しくそれを撫でると、コハクはビクッと肩を震わせる。

 またやってしまったと思い、謝って慌てて手を離すしたら、「もっと撫でて」と信じられない言葉が返ってきた。
 思わず聞き返すと、「桜に触られると、気持ちいいから……」なんてコハクは恥ずかしそうにポソリと呟いた。

 か、可愛すぎる……ッ!

 ご要望とあらば嫌と言うまで何度でも撫でくり回してあげよう!
 はやる気持ちを抑え、もふもふの感触を楽しむようにゆっくりと優しく撫でた。

 ああ、なんて気持ちいんだろう……!

 特に耳の付け根にあるこの毛が最高に柔らかく極上の触り心地だ。コハクは髪の毛も線が細く柔らかい。手で梳かすとストレートの銀髪はサラサラとすぐに手からこぼれ落ちて、触れていると本当に気持ちがいい。

 この両方を楽しみながらしばらく恍惚に浸っていたら、「桜……もう、限界……ッ」とコハクが切なそうに喉から声を絞り出す。

 顔を上げた頬はほんのり赤く染まっていて、瞳は潤んで今にも涙が滴り落ちそうだった。
 うっとりとこちらを見ているコハクの顔は、息を飲むほど美しい。

 その時、そっとコハクから手が伸びてきた。
 頬に触れると思った瞬間、思わず反射的にピクリと身体が震えてしまった。
 そのせいか、コハクは伸ばしかけた手をハッとした様子で止めた。そして一瞬顔を悲しみに染めた後、柔らかく微笑んで軌道修正した手を私の頭におき、ポンポンと優しく撫でた。

「そろそろ戻ろうか」
「うん……」

 いつもならコハクは、優しく私を抱き寄せて、甘いキスを落としてくれるのに……

 頭を撫でられるのは嫌いじゃないが、もっと傍でコハクを感じたいと思った欲求が満たされず、どこか物足りなさを感じながら私は屋上を後にした。

 どこかへ移動する時、必ずコハクは手を差し出してくれる。繋がれた右手に感じる温もりはとても心地よい。
 だけど、何かが足りない……そう思わずには居られなかった。

 悲しそうに顔を歪めたコハクを思い出す。
 もしかすると、まだ不安が拭いきれてないのかもしれない。
 気分転換に次の休みにコハクを遊びに誘ってみよう。病院で交わした約束もまだ果たせていないわけだし。

 そうこう考えているうちに教室につき、午後の授業が始まろうとしていた。
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