獣耳男子と恋人契約

花宵

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第六章 波乱の幕開け

【閑話】あの男には任せておけへん(奏視点)

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 小学三年の冬、俺の祖父が病気で倒れた。
 祖父はとある県でチェーン店の雑貨屋を経営していて、祖父の代わりに父がそれを継ぐ事になり、俺ははるか遠く離れた地へと転校を余儀なくされた。
 三学期が終るまで今の学校に通って、四年に上がったら全く知らん場所での新生活。

 突然舞い込んできたその現実に、俺はかなり落ち込んだ。
 別に学校にもこの土地にもそこまで思い入れがあるわけやない。ただ……桜と離れ離れになる、それだけが嫌でたまらんかった。

 それから転校する事を言わなあかんと思いつつも、言えんかった。
 最後まで今まで通り桜と過ごしたいという自分のエゴ。後で何と責められても、今この瞬間をしっかりと胸に刻んでおきたかった。


 雪が積もったある寒い日、俺は桜と外で雪合戦したり雪だるま作ったりして遊んどった。
 目一杯遊んで疲れた俺達は、俺の部屋に戻って冷えた身体を温めていた。
 暖房のきいた部屋ん中でコタツでまったりと、温かいココアを飲んでたら気持ちようなって、二人ともそのまま眠ってしもた。
 目を覚ますと、桜はあどけない顔して俺の隣でまだ眠っとった。
 ぷにぷにと頬をつついても起きる気配が全くない。
 気持ち良さそうに眠る顔が幸せそうで、いつまでも見てたいって思った。

 せやけど、もう少しで三学期も終わる。
 桜の寝顔を見れるのも、きっとこれがもう最後だろう。そう思うと、心臓が潰れそうなくらい苦しかった。
 桜の髪を優しく撫でた後、俺はそっと彼女の唇に自分のそれを重ねた。
 初めて交わしたそのキスは、とろける程に切なくて甘いココアの味がした。


 俺は転校する前に、桜に渡そうと思って少し大きめのテディベアと、それとは別に、ある目的のために人形にちょうどええぐらいの小さな鞄を買った。
 俺が居らんくなっても、コイツを見て自分の事を思い出して欲しい。
 そんな女々しさが人形のサイズにあふれているのか、かなりの存在感がある。
 長さを調節して人形の首からええ感じに鞄をつけて、その中に俺は自分の気持ちを書いた手紙と引っ越し先の住所を入れた。


 そしてとうとう別れの日がやって来た。
 終了式の後、俺の送別会が担任主催の元、簡単にクラスで行われた。
 桜は信じられないといった様子で目をまん丸させて俺の方を見ていた。
 終わった後、どこに引っ越すのか聞かれたけど、『お前らの知らんどっか遠いとこや』って言い逃げするかのようにして教室から出ていった。
 あいつの泣きそうな顔、それ以上見てられへんかった。


 引っ越す当日、桜の家に挨拶に行った。
 家族ぐるみで仲ようしてもらっとったし、今までのお礼を伝えるために。 そして、目的のものを桜に渡すために。

「今まで黙っといてすまんかった。最後まで……お前と普通に過ごしたかったんや。これ、お前にやる。よかったら、もらってくれへんか?」

 そう言って、涙をこらえてテディベアを桜に渡した。
 泣きながら「ありがとう」言うて受け取ってくれた桜をみて、結局俺もわんわん泣いてもうたんやけど。
 最後まで格好悪いとこしか見せれんかったのが、かなり悔しかった。


 引っ越してから俺は、胸の辺りまで伸ばしてた髪を短く切った。
 もう女のフリは止めにしよう。今度桜に会う時は、男らしい自分を見て欲しい。
 その一心で、新しい環境での生活を始めた。

 それから、毎日のようにポストを覗いてはガクッと項垂れる日々が続いた。
 好きだと伝えて連絡先まで入れてるんやから、良い返事やなくても、桜なら何かしら連絡をくれるはず。
 そう思うても、待てど暮らせど返事は来ない。
 そこで俺はある考えが思い浮かんだ。

 まさか、手紙に気付いてへんのやなかろうか。

 直接その鞄に手紙入れてるなんて言うてへん。
 そこは気付いてくれるやろうて普通に思っとったけど、よくよく考えると桜はそういうのすごく鈍感や。
 普通の奴なら、可愛ええクマさんの人形がなんか開きそうな鞄つけとったら、開きたなるやろ。それが人間の性やろ。
「うわー凝った作りやねー」って絶対パカパカしたなるはずや。
 せやけど桜の場合……あかん、あいつそのまま飾っとるだけや、きっと。

 流石に存在感あるクマや。
 いつかはその中身に気付いてくれるかもしれへん。
 しかし、俺のその淡い期待も空っぽのポストに何度も裏切られ続けた。


 転校して変わった事、それはやたらと女にモテるようになった事や。
 今までは女のフリしてたから、学校では白い目で見られる事が多かった。
 せやけど、髪を切って身長も伸びて気付いたら俺は、女からやたら恍惚とした眼差しを向けられるようになっていた。
 中学に上がってからは、違う奴から何度も告白され、その中には学校のマドンナ的存在の見た目がいい奴もいた。
 他に好きな奴が出来れば、俺の初恋は終わったと桜への想いを断ち切れるかもしれん。
 そう思うて試しに付き合ったりもしてみたけど、桜に感じたように俺をドキドキさせてくれる奴はおらんかった。

 正直、つまらん毎日やった。
 友達も女も一杯出来た……せやかて、どうしても埋められへん穴がぽっかり開いとった。
 色んな女に甘い言葉囁いて色々もらったかて、隣でそれを分けおうて一緒に笑って欲しい奴が居らん。
 アホみたいに俺の言葉にボケを重ねてくる奴が居らん。

 そんな時、空手部の連中の話し声が耳に入ってきた。
 今年の全国空手大会の女子部門の優勝者は、一条桜っていう華奢な女子らしいと。
 それ聞いた時、馬鹿みたいにポロポロ泣いてしもた。
 やっと努力が報われたんやなって自分の事のように嬉しかった。
 それなのに、俺はいつまでもウジウジと何してんのやろか。
 今のままもし桜に再会したとて、あいつに振り向いてもらえる気がせぇへん。
 俺もあいつ見習って、何か頑張らなあかん気がした。


 何れは俺も親父の会社を継がなければならない。
 それなら、俺が立派に会社大きくしてビッグな男になれば、桜も俺を見直すに違いない。
 男のロマンを胸に抱き、それから俺は土日に親父の店を手伝うようになった。

 知り合いから口コミで店の事を広めてもらい、前より店に足運んでくれる客が増えた。
 さらには地元の人気店として雑誌で紹介されたりして、それなりに店は繁盛。
 それがきっかけで、地元雑誌で俺は取材を受けるようになり、店の雑貨を身に付けた写真が載るだけで、アホみたいに女性客が殺到した。

 顔もよう知れわたるようなって、近所のアーケード街のオバチャン達とも大分仲良うなった。
 華月高校に入って、周りからはイケメン四天王の一人『華高の浪花の貴公子』ていうアホみたいな称号で呼ばれるようになった。
 どんだけこの狭いとこで人気になったかて、桜に気付いてもらえるわけもなく、彼女からの連絡は一切なかった。


 高二の夏休み、俺は新店の手伝いに行くため近道として聖奏公園を通り抜けた。
 その時、時計台の下で信じられない人物を目撃する。
 お洒落してそわそわした感じで誰かを待ってるその人は、紛れもなく俺が連絡を待ち焦がれていた桜だった。

 何でこんなとこに居るんや?
 お洒落して、そこで誰を待ってるんや?
 なんで何の連絡もくれへんかってんや……

 色んな気持ちがごっちゃになりながらも、この千載一遇のチャンスを逃したら絶対にあかんと心が警鐘をならしとった。
 飛び出そうになる心臓を無理矢理押さえつけて息を整えると、俺は桜に話しかけた。
 声をかけると、桜は俺が誰か分からないのか訝しげにこちらを見た。
 あれから大分変わった俺は無理もないかと思いつつ、名前を言うと今度は頭を捻って考えとる。
 そんな首をかしげてこちらをじっと見上げてくるとか反則やわ。
 あかん、可愛過ぎるやろ。

「え、もしかしてカナちゃん?」
「お、懐かしい呼び名やな。そうそうカナちゃんや」

 平静を装って言うたが、内心は心臓がバクバクなっとった。
 桜はあの手紙気付いとってんやろか、どっちやろか。

「わー懐かしい! 何でこんなとこ居るの?」

 それ、聞きたいのはこっちや!
 この調子やと多分、未だに手紙の存在に気付いてへんのか?
 それとも、昔の事過ぎて手紙の事自体忘れてもうたんか?
 がっついて色々聞くわけにもいかず、俺はあくまで平静を装って会話を続けた。
 俺が身長をネタにしてわざとらしく桜の頭を肘おきにした時、恐ろしく鋭い視線を感じた。
 もしかせんでも、きっと桜と待ち合わせをしている人物やろうな。
 そして、桜のそわそわして待つ感じと服装から考えると、相手は間違いなく男。
 俺は話を切り上げて、すかさず連絡先を交換してもろうて後ろ髪引かれる思いでその場から離れた。

 あれから月日結構経っとるし、桜に彼氏がおったとしてもおかしくない。
 桜がそいつと居って幸せなら……辛いけど、俺は応援するしかあらへん。
 桜の様子が気になって、こっそりばれんとこに隠れとったら、二人が公園から出ていくのが見えた。
 ツカツカと早足で歩いていく男の後を、桜は必死に追いかけるように走って付いていきおる。

 その光景を見て、俺は唖然とした。

 あんな思いやりの欠片もない男とおって、桜は今……本当に幸せなんか?
 バイト中もその事が気になって仕方なかった。
 それからしばらくして、驚いたことに桜が友人と店を訪れた。
 あの男はどうしたんやと思うたけど、桜の顔を見てすぐに分かった。
 目には少し赤みがあり、頬には拭ききれてへん涙がつたった跡がある。
 間違いなくあの男のせいやと確信した。
 それやのに、明らかに男用の色合いの手作りビーズセットを大事そうに握りしめて買っていく桜の姿に胸が痛んだ。

 そんなにあの男がええんか?
 お前を泣かすような思いやりの欠片もない男が……ほんまにええんか?
 嫌や、あの男には任せておけへん。
 たとえ桜が今はその男を好きやとしても、俺がそれ以上にお前の心を奪ってやんで。
 お前を幸せにすんのは、その男とちゃう。絶対に俺や。

 店を後にする桜の背中を見ながら、俺はそう強く思った。
 バイトが終わって、俺は片っ端から近隣の高校の友達に電話をかけた。桜がどの高校に通っとるか調べるために。
 十件ほどかけて、聖蘭学園に通ってる友達にかけた時、とうとう当たりを引き当てた。

「一条さんなら俺、クラス一緒だよ」
「桔梗君、それほんま? ちなみに何組?」
「2年2組」
「恩に着るわ、この借りはちゃんと返すで。おおきになぁ」

 急いで電話を切って、俺は親父に話をつけにいった。
 勿論、聖蘭学園へ転校する許可をもらいに。
 中々渋っとったけど、許してくれへんならもう会社は継がん言うたらあっさり許してくれた。
 俺目当てに来る客も多いしな、狡いと言われようが手段は選んでられへんねや。
 それから聖蘭学園に電話して、直接交渉に行った。
 そこの理事長が俺の事よう知っとって、かなりの特例で転校の許可をもらった。
 後は担任の先生に頼み込んで必要な書類を無理して用意してもろて、それを提出して正式に俺の転校が認められた。
 そして、全てが終った後……はやる気持ちを必死に抑えて、俺は桜に電話をかけた。
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