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太古に眠りしドラゴン
日常をかみしめる、ときどき草木
しおりを挟む夜はあけて太陽の光が透ける。昨日は『障子』で浮きたち、外窓をしめず寝てしまった。おかげで部屋はさむい空気に満たされてる。山間部にちかいヴァトレーネは寒暖差がはげしい。
湊はあたたかい厚手の夜具へもぐりこみブツブツとつぶやく。心地いいベッドから出るために自身を鼓舞し、綿布団へ丸まったまま服を探してようやく動けるようになった。
1階へおりるとミラが風呂場のとなりへ湊を呼んだ。壁で仕切られてるのに中庭がみえる部屋はふしぎと暖かい。風呂場とおなじ構造の床下を炉の熱気が通るという、ロマス帝国の風呂愛におけるテクノロジーはとても発達していた。
暖かい部屋でゆっくり朝食をとったあと兵舎の書斎を訪れたら、書類の束を確認していたツァルニが顔をあげる。昨日のことは気になったけど聞かないようにした。
ヴァトレーネはほぼ復興していた。北城塞都市への支援はつづいてるけど、国境線の大河を経由して出入りする大型船が主流となった。物流のながれは落ちつき、港町の文官とも平常のやりとりがなされている。
ツァルニの右目には矢傷の痕がのこった。日常生活に差しさわりないくらい視力も戻ったが、目薬が気に入ったようすで在庫はないのかと尋ねられた。ヒギエアへ相談すれば、ゼニアオイやアロエあたりの植物で作れそうな気もする。
「今日は休みなのだろう? 休日くらいゆっくりしておけ」
考えこむ湊を見てツァルニがほほ笑む。そっくりそのまま言葉を返したかったけど、今日のところは踵を返して書斎をあとにした。
書斎のむかい部屋からうめき声が聞こえ覗くと、シヴィルが粘土板にかこまれて髪の毛をかき乱してる。昨日やらかしたことの反省文を書かされていた。湊は見つからないよう、そっと顔を引っこめた。
安全になった町の周辺をスレブニーで駆け丘陵をのぼる。肌ざむいものの春先の風が吹き、ヴァトレーネの町と霞がかった海がみえた。
「うおっ、ミナト!? 」
しげみから声がして出現したのはオッサン妖精だった。あちらの世界で飛びこんだ出入口はここへ続いていた。毛玉のオッサンがまわりをとび跳ね、再会をよろこぶ。
「ぽやぽやしてっから、ドコ行っちまったか心配したんだぜ~! 」
無事に故郷へたどり着いたオッサンは頭の葉っぱをふり回してる。向こう側の建物がくずれて道はなくなってしまって残念な気もするけど、もどる気持ちはなかった。
「さびしいんじゃないかYOU? 俺がおまえん家住んでやろうかYOU? 」
「いや結構です」
妖精が人の家に住みつくのはめずらしくもないとオッサンは言う。再会をよろこんだ湊だが、そこは丁重にことわった。
ヴァトレーネへもどったら、人々があつまりパレードのように騒いでいた。湊も馬をおりて人混みから見物すると、大馬に乗ったラルフと護衛兵が歩いていた。軽装の鎧と緋色のマントを身につけ、兜を脇へはさみ民衆へむかって片手を挙げる。ヘーゼルナッツ色の髪が日光に透けて金色にかがやき、きらびやかでまぶしい光りをはなつ。
見ていると目がつぶれそうなので退散しようとした矢先、ラルフの鋭い直感に気づかれた。
「ミナトォ!! 」
走ってきたラルフに抱えられ、あっという間に大馬へ乗せられた。あつまった民衆は何だかわからないハプニングに歓声をあげる。『ヴァトレーネの黄金の狼』と『困ったときにあらわれる黒髪の人』が馬で練りあるき、町の人はお祭りみたいに盛りあがった。
背後で燦燦と照りつける太陽がアピールして、湊は小さくなりながらギャラリーへ会釈する。スレブニーは護衛がちゃんと邸宅まで連れていってくれた。
「ミナトォ、なにを怒っているんだ? 」
注目されたのがちょっと恥ずかしくて屋内へ入ってから口を尖らせていたら、ラルフが心配そうな顔でのぞきこむ。
「……べつに怒ってないって」
両腕をひろげると、悄気ていたラルフはうれしそうな顔になって抱擁をかわす。黄金色の瞳をもつ狼はシッポをふる残像をみせ、力いっぱい抱きついてくる。
ラルフと1日ぶりの夕食をすませ、暖かい部屋でくつろぎ中庭を見ていた。
「ヘイユー! 来ちゃったぜ~。俺は草木のいい精、中庭の草木が育つぜっSAY!」
目のまえへオッサンがあらわれ頭の葉っぱをふり回し、湊が止める間もなく中庭へ消えていった。
「ミナト? なにかいたのか? 」
唖然と口を開けていたら、風呂から出てきたラルフがソファーベッドのうしろへ滑りこんだ。なげく湊をラルフは背中から包みこむ。
「ええと草木の妖精みたいなのがいて……」
湊が見上げると、おなじ向きに寝そべったラルフは興味深げに黄金色の目を輝かせる。どこから話そうかと迷い、湊はあちらの世界からこちらへ来た時のことを聞かせた。長い話は1日では終わらず、また寝物語になるだろう。
下手なラップを披露するオッサン妖精の話をして、それが中庭へ来てしまった事を伝えたらラルフは楽しそうに笑った。
「ミナトも野菜を植えてみるか? こんどディオ爺さんに種をもらってこよう」
オッサンは草木の成長がいいとメリットをさりげなく宣伝していた。中庭を草ぼうぼうにされそうな気もするけれど、ラルフの言うとおり家庭菜園にすれば取れたての野菜を食べられる。
「ラルフは見えないのに信じるの? 」
「私にはミナトが見えてるから、それでいい」
湊は自分でも胡散臭いと思うオッサン妖精の話をしてしまい、ラルフの反応をうかがえば赤面するような答えが返ってきた。耳の先まで熱くなってうつむくと、ラルフは湊を抱きよせ黒い髪へキスをした。
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