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太古に眠りしドラゴン

再訪と告白

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「ごくらく、ごくらく」

 浴槽よくそうから熱い湯気がたち、みなとふちへあごをのせ深く息をはいた。

 個人宅にしては大きすぎる宮殿の風呂にて至福しふくの時間をすごす。火照ほてった体を引きあげ、冷泉の水を頭からかぶった。すこし休憩したあとプールへ移動してぬるい湯へかる。

 北城塞都市きたじょうさいとし奪還だっかんした記念パーティーとして、ディオクレスの宮殿へさまざまな要人があつめられた。ラルフに付いてきたけど、今回は湊もちゃんと招待されてる。前線で活躍かつやくした軍人、帝国貴族や商人など物資の調達をおこなった人もいて宮殿内はにぎやか、体格のいい軍人ばかりではなくメタボっぽい体型の人を見かけて湊は安堵した。

 風呂場は盛況せいきょうしている。招待された人々は大理石だいりせきの長イスで会話したり、熱い湯やプールを各々おのおの楽しむ、ギャラリーが多いので湊もひかえめに泳いでいた。



「君はいつもおぼれているようだな」
「ひゃっ! 」

 聞きおぼえのある声がしてこわごわ視線を向けると、アレクサンドロスがとなりで優雅ゆうがひじをつき浮いていた。黄金色の瞳が水面の反射でギラギラしてる。

「ど、どうしてここに!? つぎの遠征先へ行ったんじゃ……? 」

休暇きゅうかだよ。帝国から物資を調達して、兵も適度てきどに休息させねばならん」

 自信に満ちた男は水にも強いらしく、顔を出したまま黄金色をまきらし水面をすべるように泳いでいった。泳ぎきった対岸であつまった人々に賞賛しょうさんされてる。バタフライやクロールは普及ふきゅうしてないけどアレクに教えたら喜んでマスターしそうだ。

 おなじ黄金色の瞳をもつラルフがプールサイドを歩いてる。さっきまで砂の運動場で古式の武術をおこない汗をながしていた。あれだけの戦いの後なのにほとんど傷もなく、しなやかで隆起りゅうきした筋肉は神殿に飾られてる彫刻像ちょうこくぞうみたいだ。堂々どうどうとさらす兄のアレクとちょっとちがって奔放ほんぽうに裸体をさらしている。

 風呂場なのであたり前だが、こんなに臆面おくめんもなくさらされると隠したい湊が間違ってる気がする。

 貴族らしき人と会話していたラルフは湊を知覚してこちらへ走ってくる。すべらないか心配した矢先、彼は飛びこんで体積分たいせきぶんのお湯が降りそそぐ。みごとにびっしょりとれ、波に足もすくわれ抱き上げられた。



 風呂をあがって食事フロアへ向かえば、すでにリラックスしたヒギエアがソファーでくつろいでいた。ツァルニの仕事を引きつぎ、ヒギエアと顔を合わせる回数も減った。冬の国とのいくさまり、運ばれてくるケガ人も激減して彼女も休暇がとれるようになった。

「はぁ~、ここだと呼びだされずにゆっくりできる~」

 ワインをかたむけたヒギエアは久しぶりの休日を満喫まんきつしていた。ディオクレス邸はひろく、会場は湊も知らない部屋だった。帝国のパーティーは主催者しゅさいしゃがみんなのチュニックを用意し、ソファーへ寝そべり快適で開放的な感じ。

 貴族にも話しかけられていた人気者の彼女がフロアのはしにいるので、湊はわけをたずねる。

 ヒギエアはフロアの中央へ視線をやった。

 中央には大きめのソファーベッドが円形に配置されている。風呂場で見かけたメタボな御仁ごじんや貴族が並んで寝そべり、手前へテーブルが置いてある。みんな中心を向いてせ、ビーチフラッグでも始まりそうだ。

「今夜は帝国貴族が来てるからアレ・・が始まるの、湊も近づかないようにしなさい」

 ヒギエアが遠い目で注意をうながす。

 ロマス流、飽食ほうしょくうたげが開催された。そこから先は語りがたき光景をのあたりにする。見たこともない珍品料理ちんぴんりょうりが取り寄せられ、満腹になれば吐いて食べるという謎のルール。いろいろな係の人がせっせと貴族たちの世話を焼き、いろいろな物を片付けていく。

「おやおや、さすがのティトス殿も限界ですかな? 」

「ははは、いやなんのこれしき。せっかくのご馳走ちそう、そっちの山鳥やまどりの丸蒸しをいただこうかな」

「ディオクレス殿、ご老体の胃をいたわってキャベツでも食べたほうがよろしいのでは? 」

「ほほほ日頃から鍛えている体じゃ、ワシの内臓は健康そのものよ」

 余裕よゆうそうな笑みを浮かべたアレクが、ソテーしたもも肉をつまみ貴族たちと会話をり広げている。飽食の宴というより飽食レースだ。笑顔の下でかけ引きがおこなわれ、まるでトライアスロンや山岳マラソンの過酷かこくさを連想させる。

 救いはラルフが輪にいなかったことだ。深夜もつづく飽食の宴にお腹いっぱいの湊はフェードアウトした。



 少量しかワインを飲んでないはずなのにフラつく足どりでラルフを探した。彼はすでに2階のテラスへ上がり庭園をながめていた。最近は曇りが多かったけど今夜は星空、湊がこの世界へもどる前の夜みたいだ。

「ミナト、抜け出してきたのか? アレはすごいだろう? 」

 ラルフが苦笑いを浮かべる。笑った湊はとなりの石積いしづみへ肘をおいた。陸地はまっくら闇でところどころ松明たいまつの火がともる。夜は羊毛のチュニック1枚では肌寒はだざむく、北の山脈ではそろそろ雪のちらつく季節。つめたい風に身をすくめたら背中が温かくなった。隣にいたラルフは背中へおおいかぶさり湊をつつむ、かたい鎧じゃない柔らかい体が服ごしにふれる。ラルフがぴたりと張りついて寒くなくなった。

 とても心地がよく、目をつむれば夢へいざなわれそうだ。



「ミナトはたまに何か見えてるのか? 」
「え? 」

 唐突とうとつに質問されてまぶたをひらいた。妖精を見ていたことをかんづかれていた。

 子供のころのラルフも不思議なものが見えた。白くて丸い光りがいっしょにいて、いつの間にか消えてしまった。探しても見つからず途方とほうに暮れたけど、そのうち大人になり忘れ去った。

 湊を見ていたら思いだし、宴の席で話せばディオクレスに「見つけている」と助言されたそうだ。テラスで小さい頃のことを考えていたらしい、子供のおとぎ話をしてしまったと彼は恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

「ねえ、ラルフ」

 顔をあげた湊は言葉を投げかける。そのさきは躊躇ちゅうちょしてしまい、しばらく沈黙した。ラルフは寒くないように覆いかぶさったまま、すこしだけ首をかたむけて言葉を聞いている。

「――――俺、ラルフとずっといっしょに居ていい? 」

 夜なのに黄金色の瞳が太陽みたいに輝いて笑った。見上げる湊のほおへラルフの息がかかる。大きな手のひらが風でえた顔を包み、ながいながいキスをわした。

 2人分の体温で寒さも感じない、頭上には無数の星々がまたたいていた。



「おお行ってしまうのか、夜の色をもつ青年よ」

 曙光しょこうが円柱を照らして影をつくった。夜どおし行われた宴で少々疲れ気味ぎみのディオクレスが見送りにくる。お爺ちゃんは食べすぎたお腹をさすっていた。

 ヴァトレーネ復興であわただしい日常の真っ只中ただなか、港町へ帰ったらツァルニの書簡が山ほど届いていることだろう。湊が丁寧ていねいに礼を述べたら、他の客人がいない時にラルフと訪れるようにとディオクレスは再会の約束をした。

「なんせワシですら見たことのないドラゴンの話も聞いてないのじゃ! 」

 宴の席でアレクに自慢じまんされたのか、若干くやしそうな表情をにじませたディオクレスは両手をかかげにぎりしめる。血圧の上がったディオクレスは世話人に背中をさすられ館へもどった。

 他の貴族へ挨拶をすませたラルフが館から出てきた。まっすぐ伸びる街道を彼といっしょにられて港町へ向かった。


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