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太古に眠りしドラゴン

竜人の国

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 ――――夢のなかで呼ぶ声が聞こえた。大人なのに子供みたいに泣いて、必死ひっしに走りまわって探してる。

 この世界へもどりハッキリと分かるようになった。待っててラルフ、もうすぐ行くから。

 あなたのもとへ――――。



「よしっ! 」

 宿の水場で顔を洗ったみなと気合きあいをいれた。

 ちいさな力が集まって大きな流れに変わる。あの空間を飛びだした時のように立ち止まってはいられない、バックパックをかついで都市を出発する。

「ミナトサーン、まって~!! 」

 朝市のテントで品物を売っていたナディムが追いかけてきた。まるっこい手に朝市で買った食べものとナディムが使ってる旅の薬がにぎられてる。

「これくらいしか出来ないけど、必ず再会しようミナト! そのときはドラゴンの話を聞かせてね」

 ナディムとしっかり抱きあい別れの挨拶をした。歩きながらふり返れば、彼は見えなくなるまで手を振っていた。

 山のふもとへ立つと冷たい風が吹く、もうすぐ冬がやってくる。街道をあるいていた旅人は山道を迂回うかいするルートへながれ、けわしい山へ登る者はいない。登山靴へきかえ、しっかり防寒着を着こむ。

「まってろ、ラルフ! 」

 シヴィルとツァルニ、ヴァトレーネのみんな、エリークにヒギエア。気づけば会いたい人はたくさんいて、話したいこともいっぱいあった。涙があふれそうなのをこらえ、湊は強風の吹きすさぶ崖道を孤独こどくにすすむ。風が通りぬけて山々が呼ぶように鳴った。



 ナディムに教えてもらった道を確認しながら、目的地へむかい順調じゅんちょうに進んでるはずだった。

 湊はものすごいきりにかこまれていた。視界は1メートルもないがこんな事でへこたれない、冷静にバックパックから方位磁石ほういじしゃくを取りだす。だが磁石はありえないスピードでグルグル回っていた。

「なんでなんだっ! きぃぃぃっ! 」

 人目もないので湊は奇声きせいをあげ、盛大せいだいにため息を吐く。おとした方位磁石をひろい再度かくにんしても針は撹拌機かくはんきのように回ってる。濃霧のうむで方向は分からなくなり、進もうとすれば切り立った崖へつきあたる。

 ひ弱な元リーマンが昨日の今日で英雄になれるほど世の中はお人好ひとよしではなかった。山へ登るまえの勇姿ゆうしはどこへ行ったのか、夢やぶれてしおれた湊は岩場へ座りこむ。

「ふふふ、へんなの~。あなた人間? 」

「え、え? はい」

 とつぜん可愛らしい声に話しかけられ顔をあげたら、ちいさな黒い竜がこちらの様子を観察していた。どうやら奇声をあげてしおれるところまで見られた。岩からおりた竜は湊の半分くらいの大きさで、人間みたいに2本足で立っていた。そばへ寄ってきて不思議ふしぎそうな顔で湊の匂いをぐ。

「ふうん? 人間だったら、あたしをこわがって逃げるわ」
「どうして? 」
「この体とつの、こわくないの? 」

 ちいさな竜がくるりとまわると太い尻尾しっぽが現れた。よくみれば全身をおおうウロコとシャープな顔つき、頭には2本の角がえてる。

 しかし白いキツネにオッサン妖精ようせい、闇にみこまれそうなって輝くオオカミといっしょに走った湊はこのくらいの事でいまさら驚かない――――。

「ドラゴンだ!! 」
「やだ、にぶいのねっ」

 ジーラと名乗るちいさな竜に笑われ、照れた湊は頭をいた。ドラゴンではなく竜人だとジーラは強調した。竜人は遠いむかしドラゴンが人間と暮らしていたころの子孫、人と竜の大きな争いがあって以降いこう、山奥へかくれ住んでる。

 大戦のずっと後に生まれた小さな竜人は争いの理由を知らない。

 ジーラはふたたび湊の匂いをかぎ首をかしげた。

「あなたやっぱり不思議、光のふわふわみたいな匂いね」

 言っていることが分からなくて、今度は湊が首をかしげる番だった。笑ったジーラは霧のなかへいざなう、視界をふさぐ霧のせいで見失いそうになったけど太いしっぽがゆれた。

 湊はしっぽを追って霧のなかを歩いた。



 霧はうすくなり建物らしき影が映った。山奥なのにひらけた岩山へ巨大な石造りの建物がそびえている。

「ジーラが帰ってきた! 」
「おいっ、人間がいるぞっ!? 」

 歓迎かんげいされてない声がして、あつまった巨人きょじんに囲まれた。顔は人間に見えるけど角と尻尾があり、身長はゆうに2メートルこえる。湊はすすべなく捕まりろうへ入れられてしまった。





「……ふうむ、ジーラの言うとおり不思議な人間だな」

 一刻いっこくもしないうちに竜人たちの玉座ぎょくざへ連れてこられた。衛兵の竜人が両脇へそびえ、湊は捕まったリトルグレイのようだ。宝冠ほうかんをかぶり豪華ごうかな服をまとう竜人のおさがこちらを見てうなった。ひかえてる家臣たちは人間とた容姿なのに、目のまえのおさはウロコがあってドラゴンの顔だ。

 玉座にはクリスタルの柱が立ち、壁は様々な鉱石が使われ、ついの黄金像がうしろのカーテン脇へ置かれている。

われはシャマラだ。人よ、おまえの名は? 」

 湊は自己紹介じこしょうかいをした。そしてヴァトレーネで見たことを説明し、北方の蛮族が持ってきた大型兵器を破壊するための助力じょりょくを申しでた。

 玉座の間の竜人たちはざわついた。

忌々いまいましい先史の兵器をつかう軍神の子孫どもめ、あれらを滅ぼしてしまうべきだ! 」
「人間に力を貸すというのか!? 」

 臣下しんかの竜人たちは口々に議論する。シャマラが片手をげると、議論していた者らは静かになった。



 かつて北の地に神々の国があり消えていった。神々の次にあらわれたドラゴンは大空を舞い、神々の血をひく人間と共存して王国は繁栄はんえいした。時代はながれ小さく寿命の短くなった人間は文明を発達させ、いつしか竜の力をほっし戦争をしかけた。栄華えいがほこった王国はほろびて凍土とうどと化し、生きのこった人間は各地へ逃げのびて新しい生活をはじめた。

 竜の子孫たちは山奥へうつり住み、人間との関係をった。

「かつてあった王国の名をペルヴェレスという」

 シャマラがその名を出した瞬間しゅんかん、玉座のうしろから大地をとどろかせる咆哮ほうこうがきこえた。地割じわれのような声は周囲をふるわせ、空気が怒りに満ちる。



「ペルヴェレス、ああペルンヴェーレス、まわしき名よ。我々との約束を忘れた高慢こうまんな王は破壊の兵器を生みだし、豊饒ほうじょうの大地を赤くそめる軍神をならべた。黒い嵐が巻きおこり雷霆らいていはみだれ、草木もそだたぬ凍土とうどとなった」



「バラウル! 目覚めたのか!? 」

 玉座の間がざわつき、大きなドラゴンの顔が奥のカーテンから伸びた。長い首は玉座をえて湊の正面へ顔をおろす。

「ちいさきもの、いずれ泡沫うたかたに消えゆく世界でなにを成そうというのか? その小さなハネで羽ばたいても世界に嵐は巻き起こらぬ」

 老竜は白くにごった目をよせて湊を見つめた。ドラゴンがなげくたび地響じひびきの音がする。この声は湊が暗闇のなかで聞いたものだった。

「俺の羽ばたきが起こすのは嵐じゃない。本当は誰も結末を知らない、だから俺は全力で飛ぶんだ」

 長きに渡って存在する者からすれば人はちりのような存在だ。ドラゴンの言うとおりいずれ終焉しゅうえんのくる世界、だけどそれは今ではない。小さくなった人間でも世代を替えながら前進して変化する力を持っている。



「バラウルよ」

 話を聞いていたシャマラが口をひらいた。

「我々にとっては古びた世界だが彼とジーラはちがう、幼いものにとってはすべてが新鮮だ。私はジーラが安心して飛べる空をつくりたい」

 シャマラの決意に老竜は首をあげて吼えた。停滞ていたいしていた嘆きは、ちいさな精霊たちのつくる道へ進みはじめ、長きにわたり姿を隠し傍観ぼうかんしていた竜人の国が動きだす。シャマラは冬の国をけん制するための準備を開始した。

 竜人たちは湊の話に心あたりがあり説明する。冬の国が持ちだしたのはロストテクノロジー。

 蛮族ばんぞくの使っていた大型兵器は『スヴァローグの火』と呼ばれ、人竜大戦の時代には自走じそうしてドラゴンへ向け放たれる対空兵器だった。滅んだ王国は想像もできないほど進んだ文明を持っていた。

 しかし蛮族が人力で牽引けんいんし、とっさに思いついた焼夷弾しょういだんで1台は破壊した。そのもろさを考えれば新たにつくられた物ではない。冬の国はペルヴェレスのあった場所に近い国、なんらかの理由で遺跡いせきから掘りおこされたのだろうとシャマラは推測する。

「亡き王国については因縁いんねんがある。兵器と北の大地のことは我々にまかせてもらおう」

 湊と目を合わせた竜人の長がうなずいた。


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