精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

消えた神々と黄昏の都

オッサン妖精と母の話

「ヘイヨォー！　このオトシマエどうつけてくれるんだYOUよう！　」

　ちいさな毛玉は左右にゆれたり跳はねたりしてる。湊は人外じんがいの当たり屋に出会ってしまったようだ。ひとしきり騒いで疲れたのか毛玉はふうふうと息をつく。

　白い毛玉に手足がはえて、可愛らしくないオッサンの顔がある。疲れた毛玉は長イスへ腰をおろした。人間じゃないのに妙に人間らしい仕草しぐさは公園でくたびれるおっさんそのものだ。

「オッサン……は、どうしてここに？　」

　湊みなとはイスで萎しおれる毛玉へ声をかける。きっとあの世界へ行く前だったら見ないふりをしただろう。

　オッサン妖精は繁華街はんかがいをめぐり、駅前の公園で若者のラップバトルを見学して漫遊まんゆうしていた。しかし向こうの世界への出入口が燃えてしまった。マジックで描いたようなつぶらな瞳が訴えかけ、境遇きょうぐうの不幸さをかたり、辛気臭しんきくさくふるまう。聞いていても埒らちが明かないため、湊が立ち去ろうとしたら腕へしがみついた。

「ちょっマテヨッ！　おまえ……んんん……めずらしいな？　よし、俺はおまえに付いていく是ぜ！　いっしょに出入口をさがそうZEぜ！！　」

　オッサンは葉っぱでつついたり、じっと見つめてくる。むこうの世界の空気を感じとったのか、湊の肩へのって決意を表明ひょうめいした。わけの分からない生物に懐なつかれ、ふり払おうとしていた湊は動きを止める。

「出入口って、ひょっとして裏の社やしろのこと？　」
「道を知らないって、おまえモグリかよ」

　燃えてしまった社のあたりに道があったらしい、キツネ少女のことも知っていた。

「森のヤツな～、気まぐれだからなぁ。あっ、出入口燃やしたのそいつか！？　」

　偶然ぐうせんにも手がかりが見つかり、湊は目を見開ひらいた。見えない位置に存在する世界をさがす湊、向こうへ帰れなくなったオッサン、奇妙きみょうなコンビがここに誕生した。

　オッサンに名前はない、しいて言うなら草木の精霊だそうだ。名前なんて人間くらいしか持ってないと、鼻で笑うオッサンはとにかく騒々そうぞうしい。部屋の蛇口じゃぐちを何度もひねったり棚の物をおとす。オッサンが部屋にいるあいだ湊は片づけに追われた。



　翌日リュックを背負ってオッサンと焼けた社へ赴おもむく。火災の原因は自然発火しぜんはっかと断定され、黄色いテープは剥はがされていた。

「何かみえる？　」
「ハァ、なにも、なにもない」

　落胆らくたんした頭の葉っぱはダラリと下がった。世界には出入口が数か所あると聞いたけど、その場所へ近づいてみなければオッサンも感知できない。もしも日本の出入口があの社だけなら、あまりに広大で果てしない捜索範囲そうさくはんいだ。

　手がかりがゼロに等しくなり気を落とした。

　ディオクレスの書庫で帰る方法を探していた時のことを回想する。アトランティス伝説をもくもくと読んでいたラルフの顔、前線へ行ったツァルニやシヴィルはどうなったのだろう。

「……目は覚めたかな……会いたいな」

　湊はまぶたを伏せて、そっと思いを馳はせる。



　プルルル。

　情報はないかと図書館へ向かっている最中、母からの電話が鳴った。

　祝いの言葉を贈おくられて誕生日だと気づいた。なにをしているか聞かれ図書館へ行くところだと答えたら、実家へ来るように誘われた。てきとうに断わろうとした時、オッサンが葉っぱで湊の口をおおった。

「ミナト、カーチャンのとこ行け！　俺の葉っぱセンサーがビンビンに反応してるぜっ」
「ええ？　どういうこと？　」
「いーから、はやく行くって返事しろ！　」

　急遽きゅうきょ行き先が変更され、湊は電車で４０分の実家へ帰ることになった。

　郊外の住宅地はのどかで学生の時に通かよった道がある。家族に連れられて遊んだ山や川、小さい頃はぼんやりしていて、しょっちゅう迷子になり母親におんぶされて帰った。

　インターフォンを押せば、玄関の鍵があき母が出迎えた。おみやげを渡し靴を脱げば嗅かぎなれた家の匂いがする。両親と久しぶりに食卓をかこむ、母はよく喋り、父はあいかわらず寡黙かもくな人だった。日帰りしようと思っていたけど泊まることになった。

「ああ、いいよ。俺がやるから」

　押し入れから布団を出してシーツをかぶせる。

　オッサン妖精は人目を忍しのんで隠れている。風呂あがりにリビングでスマートフォンを弄ってたら写真を見つけた。電源が落ちるまえに撮とった写真、陽ざしで金色にかがやくラルフの姿があった。

「撮れてた……」

「まあ、すっごいイケメン！？　外国のお祭り？　」

　ラルフに出会ったころを思いだし眺めていると、片づけを終えた母がのぞき込んだ。ヴァトレーネの川と街なみを写した画像も残ってる。

「旅行してたの？　あら？　母さんこの街なみ知ってる。昔とあんまり変わんないのね～」

　写真をみた母は懐なつかしそうな表情を浮かべ、新婚旅行でおとずれた国だと話した。街なみや風景が知っているものと重なり湊はギョッとする。母はアルバムを出してきて当時の写真を見せてくれた。海岸線に石造りの宮殿跡あとがあって、なだらかな丘に古い遺跡いせきがのこる。母は他にも現地の食べものや見たものを説明する。

「お父さん若かったのよ～。そうそう不思議ふしぎな夢の話したっけ？　とっても綺麗きれいな人が宿の枕元へ現れて、なにか言ってるのだけど母さん忘れちゃって……うふふ」

　帰国してすぐ妊娠していることが判明した。つわりが酷ひどかったらしく、やたらブルベリーやすっぱい物を食べていたと母はほほ笑む。

「湊がちいさい頃は、ポヤポヤで小さくて可愛くって」
「母さん、そりゃ子供だから小さいよ……」
「かわいさの度合どあいがちがうのよ～。幼稚園でも湊がいちばん可愛かったわぁ」

　母は頬ほおへ手をあて、どうだのこうだのと幼少期の話をする。湊は若いころ聞き飛ばしていた言葉をずっと聞いていた。

「ねえ母さん……俺、大切な人のところへ行って、もしかしたら会えなくなるかも」

　母は笑っていたが、ふと真顔まがおになった。湊のひとことで夢の会話を思い出したらしい、その子がいつか飛び立っていくかもしれないけど悲しまないようにときれいな人が告げたそうだ。新婚旅行でみた夢の内容をいまごろ思い出し、不思議そうに首をかしげた。

「母さん……これあげるよ」

　湊はネックレスを外した。ナディムがくれた男性の股間にある象徴しょうちょうのおまもり、恥ずかしくて隠しながら身につけていた。大切な人へわたすと良いと言われたものだ。

「まっ、これって古い時代のお守りじゃないの？　めずらしい、どこで買ったの？　」

　母は２センチの棒に羽根がついたモチーフのことを知っていた。指先でつまみ、すみずみまで観察してる。見てるほうが恥ずかしくなって頭を掻かいた。





　両親と朝食を共にし、帰る用意をする。

「体に気をつけてね、お父さんにも挨拶して行きなさいよ」
「わかってるって、子供じゃないんだから」

　父の部屋へいき、挨拶をすませ実家を出る。見送る母へ手をふった。



　そこから先、やることは既すでに決まっていた。





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　お読み頂きありがとうございます。

　オッサン妖精がやっと登場しました。つぎから最終章へはいります。