精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー

文字の大きさ
上 下
24 / 68
消えた神々と黄昏の都

戦火の足音

しおりを挟む


 未明みめいをまわりそらは夜明け色へ染まる。夜明け前なのにかねが鳴った。ザワザワとうるさい風が吹き、シーツをかぶった湊は身じろぐ。

 ガタンッ、パタパタパタッ。

 突如とつじょあわただしく走る音が聞こえ湊はとび起きた。階段をかけおりるとすでに甲冑かっちゅうをまとうラルフが1階にいる。見まわり時の軽装ではない重装備じゅうそうびだ。

「ラルフッ!! 」

「ミナトッ、北城塞都市きたじょうさいとし陥落かんらくした」

 堅固けんごな守りとうたわれていた北城塞都市が落ちた。湊は動揺どうようしたが表情には出さずに話のつづきを待った。

 北城塞都市へ残った最後の兵が抵抗しているものの、追撃ついげきの手が放たれ南へ撤退てったいする民と部隊は後方からおそわれている。敵の追撃を阻止そしして避難民を逃がす、ラルフはヴァトレーネの兵を連れて援軍にむかう。

 湊は血のが引いてひざが折れそうになった。かろうじて姿勢を保つと大きな手のひらに顔をはさまれる。ラルフの体温に包まれ唇のふるえは止まった。

「ミナト、私は彼らと共に必ずもどる」

 力強くささやかれ勇壮ゆうそうな瞳と視線が交差する。湊は深くうなずき、大きな手に自身の手をかさねて見つめかえす。

「必ず帰ってきて、お願い」

 黄金色の瞳は輝きをはなつ、湊のひたいへキスしたラルフは渡された兜をかぶって猛々たけだけしく踏みだす。



 ヴァトレーネに滞在している兵士が広場へ徴集ちょうしゅうされていた。騎馬兵きばへいが隊列をくみ号令を待っている。重騎兵隊じゅうきへいたいの先頭に黒鉄くろがねのツァルニがいる。スレブニーそっくりの山岳馬さんがくばがたくさんいて弓を装備したシヴィルの姿もあった。

 山岳での戦闘を得意とするヴァトレーネの兵を主力とし、重装備じゅうそうび隊と軽装備けいそうび隊にわかれ山の街道を北へ進軍する。

「マルクス、帰って来るまでヴァトレーネを死守しろ」
「はっ」

 ラルフは横一列にならぶ兵の前を通りすぎるさい駐留ちゅうりゅうする港町の指揮官しきかんへ町を守るようめいじた。整列した兵が注目するなか彼は声を張りあげる。

「聞け、わが同胞どうほうたちよ!! 未明に北城塞都市が落ちた。北の蛮族ばんぞくどもは逃げる人々をうしろから襲い、この地へ侵攻をつづけている。蛮族どもの暴虐ぼうぎゃくを許すな! われらの民を守り、われらの力を見せつけろ!! 」

 ラルフは緋色ひいろのマントをはためかせ鼓舞こぶする。広場へ兵の声がとどろき、重く大きな角笛つのぶえが町全体をゆらした。

 日の出が近づき、馬へ乗ったラルフは昇った太陽の光で黄金色にかがやく。

「わが名はフラヴィオス・ラルフ! 勇敢なる兵士たちよ、われにつづけ!! 」

 槍をかかげて雄叫おたけびをあげる兵士もいた。シヴィルのいる軽装備隊が先行し、ツァルニとラルフひきいる重装備隊も出発する。石の道をけずるくらいのひづめの音は市街地しがいちから遠ざかり、北門で出陣を知らせる鐘がなった。

 町へ残った兵士はそれぞれの持ち場へもどった。広場へあつまった人々は興奮冷こうふんさめやらぬ様子で輪をつくり話し合っている。広場を見つめる湊の心臓ははげしく波打ったままだった。



 邸宅へもどった湊はルリアナに港町へ行くようにうながした。北城塞都市の避難民が多量に押しよせることが予想された。沿岸部えんがんぶの仮住居は完成してないけど、公共施設にいたエリークたちも港町へ移動しはじめた。

「ルリアナ、ラルフの許可は出てる。港町でシハナが待ってるから行くんだ! 」

 迷う彼女の両肩をつかんで言い聞かせると、自分の部屋へ走っていき荷物をまとめた。ヴァトレーネ邸の使用人はもともと少ないが最低限さいていげんの人数にとどめた。労働力の不足は兵士が代わりにになう。

「ミラは避難しなくていいの? 」

「ミナト様、私はヴァトレーネ出身です。最後までここへ残ります。当然、使用人も続けますわ」

 かたい表情のミラは両手をにぎりしめた。湊はラルフに代わって礼を言い、彼女の両手を包みこむ。



 夜が明けスレブニーへ乗った湊は、町の住人や兵士をケアをできるように隅々すみずみを見まわった。北側にいた兵の家族は家財道具かざいどうぐを南へ移動させ、兵舎へいしゃの親父は変わらず兵士たちへ料理を作っている。

「アーバー? 」

 ヴァトレーネの兵士が風呂用のまきを荷車で運んでいた。目元しか見えないヒゲもじゃのアーバーはこちらを見て口元を嬉しそうに持ちあげる。

「ミナトォォ、石んでたら腰やっちまってよぉ……。出陣できないし、情けないったらありゃしないぜ」

 アーバーにも兵同士の摩擦まさつがないか、現場で入用いりようの物はないかとをたずねる。ラルフやツァルニ、ヴァトレーネの兵士はほとんどいない、いま本当に必要な物資や意見を上層部じょうそうぶへ届けるために町を巡回する。

「ありがとうアーバー! こんど君のかした風呂へ入りにいくよ」

「おいおい、しょの風呂は港町のヤツらが増えて、踏みつぶされてるブドウの惨劇さんげきみたいだからやめとけ」

 想像もつかないアーバーの返しがきて湊は笑った。公共施設にいた避難民はほとんど港町へ移動してひっそりとしていた。エリークたちのなくなった避難所をまわり、残った人に困ったことはないか聞き意見をまとめる。

 詰め所で港町の文官へ声をかけ、移動や物資の輸送ゆそうを指示している人を探した。



 待たされて奥の部屋へ通されると、緋色のマントを羽織はおった巨漢きょかんが目のまえへ立った。

「君が? ヴァトレーネの文官かね? 」

 マルクスと名乗った兵士はラルフがヴァトレーネ防衛ぼうえいをまかせた指揮官だ。腰につけてる護身用ごしんようの短刀がにぶく光り、相手の発する威圧感いあつかんにたじろぐ。湊は息をのんだが背筋を伸ばしてマルクスと対面する。ラルフが帰ってくるまでヴァトレーネの人々を守り、帰ってきた人たちを迎えいれるという強い気持ちがあった。

 書簡へまとめた文書を提出した。1日の消費量や予測した数をできるだけ具体的ぐたいてきな理由とともにしるし、たりない部分は口頭で説明する。最初はどこの馬のほねとも分からない異国人の湊をあやしんだマルクスもうなずいている。

 マルクスの目が手元でとまり凝視ぎょうしする。指輪をみた彼はとつぜん手をにぎって敬意を示した。

貴方あなたが誰かも知らず失礼した。必要なものはそく取り寄せよう。このセクスティウス・マルクス、その指輪の紋章もんしょうにかけて必ず用意するとちかう」

 キャベツ爺さんの偉大いだいな紋章に助けられたようだ。マルクスは文官を呼び、物資を調達する手つづきをおこなう。湊の指輪でふうをされた書簡は早馬はやうまでディオクレス邸へ届けられた。





 川ぞいに壁が驚異的きょういてきな速さで建造されていた。石灰せっかいと水、本国から運んだ岩や火山灰かざんばいをまぜてコンクリートのように木枠へ流しこむ。大型カタパルトも輸送され、弩砲どほうとともに南壁へ設置された。鋼鉄の重機でもない人力木製じんりきもくせいのクレーンが弩砲を壁のうえへ持ちあげる。帝国の建築技術は異様いように発達していた。

 着実にいくさの準備がととのい、不安とおそれがうずまき体の底からふるえがくる。ロマス帝国の建国者は軍神の子孫だと言いつたえがあったのを思いだした。

 ディオクレスにもらった指輪をにぎりしめ、いまだに帰らないラルフたちの帰りを待ち、いのる思いで川むこうの山脈をながめた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...