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季節閑話 初夏「猫のはなし」
少年たちの休日
しおりを挟む水中の悪霊から逃れ、カヤック体験も穏便に終了した。ロッカールームで着替えている時、テツヤは自身のことを話した。悩みも多かったのだろう、同輩への安心感からかいつもより饒舌だった。
テツヤは『見える』ことを他の誰にも話していない。たまに挙動不審な行動を見られ、日野には異常な怖がりだと思われてるそうだ。かなりお節介だけど良い友人なのだとつぶやく。
「日野センパイ、見えないのに勘はするどいからなぁ。テツヤ先輩の反応わかりやすいし、ぜったい怪しまれてますよ」
「そ、そうか? 自然にしてるつもりだが……」
応毅は先日のできごとを思い浮かべる。武蔵坊を目撃したテツヤはロボットみたいに角ばった動きだった。いままで挙動を指摘されたことがなかった様子で、頬を染めたテツヤは恥ずかしそうにそっぽを向く。
談笑しながらテラスへ向かうと、パラソル下へ寝そべるソウタのうえへ子猫も丸まっていた。時計は正午、真夏のような太陽に穏やかな風が吹く。
日野はカヤックを共にしたおっさんとバーベキューの準備をしていた。東郷が切り分けた牛肉の塊をグリル台へ置く。旅館で半身を解体して持ってきたらしく、大きな保冷箱の中には隙間なく肉が詰め込まれていた。食べ盛りには肉の宝箱に映り、感激した応毅はかけ寄る。
「スゲェ! こんな肉のかたまり見たことない!! 」
「ふふふ驚いたかね少年、庶民には手のとどかないブランド牛。そう、僕こそ通りすがりのセェレブッ!! 」
サングラスをかけた千隼は高らかに宣言しカリスマを発揮する。しかし少年たちの視線はすぐ肉へ移った。厚切りTボーンやロースの脂が炭へしたたり、美味しそうな煙がくゆる。
「でっかい獲物にゃ! 」
走ってきた三郎太は応毅の肩へ乗り、耳元でミゥミゥと叫んだ。生肉へ跳びかかろうとする子猫を止めて、レアに焼いた肉の欠片を小さな皿へ盛る。ちいさな舌は半生の部分を舐め、どん欲に喰らいつく。負けじと応毅も肉を山もり堪能した。
豪快に肉を食す漢たちの笑い声がテラスにあふれる。明をとなりのテーブルへ案内した千隼はタジンのふたを開けた。蒸気の立ち込める鍋にはスライスした野菜がならび、旬野菜のサラダ、蒸した南瓜や川魚のカルパッチョが雅にテーブルを彩る。
「月読さまは修行中なので特別メニューです。今更ですけど九郎さんがよく許可しましたね? 」
「後でごほう……んん、なんとか説得した。予期せぬできごとは旅の醍醐味さ、旅行するさいの護衛は他にもいるからな」
予定どおりなら3つの霊山を駆け、湯の湧く山へ着く頃。ここの山駆けは九郎にとって恒例の行事、私用で断念させたくなかったと明は言う。
「九郎は自由にしていいと言った。私も、やりたい事に専念する彼を見るのは喜ばしいよ」
おあいこだと微笑んだ明は遠く連なる山々をながめる。応毅もつられて同じ方角を向く、押井や宮田もそこにいるはずだ。
小休憩をはさみ、川遊びを再開した少年たちは休日を満喫した。帰りの車内は寝息が立ち静かだった。
ソウタ達を家へ送り、宿坊近くの駐車場へ到着した。日は西へかたむき、登山や観光に来た人々が下山している。車を停めると山伏の装束を着た集団が歩いてくる。法印を先頭に見覚えのある面々は奥ノ坊に泊まっている人達だ。応毅が手をふると、爺さま軍団は周囲へあつまり賑やかになった。
「応毅、帰ったか。月読殿、孫が世話になりました」
「こちらこそ、良い息ぬきになりました」
「私どもはこれから忍苦の行ですが、ご一緒にどうですか? 」
「ハハハ……では参加しようかな」
交わされる大人の会話を横目に少年は爺軍団から抜けだした。忍苦の行は応毅も経験がある。調合したトウガラシ粉末の煙が充満する部屋でおこなう苦行、のどや鼻の奥がヒリヒリして涙や鼻汁がいっぱい出る。祖父に誘われないうちに子猫を抱えて走った。
修行者がいて制限のあるあいだ家の食事も質素だが、昼間たくさん食べて気にならない。パジャマへ着替えた応毅は寝床から消えた三郎太を探す。
子猫は暗くなった宿坊の縁側にいた。夕涼みしてる明へジャレつき、膝のうえへダラしなく寝転がる。
「アキラはここでずっと我に奉仕するのら」
「それは残念、すでに奉仕する相手はいるんだ」
「にゃんと! イダイなる猫又三郎太が征伐してくれようぞ! 」
明が近いうちに帰ってしまうことを聞き、三郎太は駄々をこねる。宿坊は繁忙と閑散をくり返してきた。修行者は高齢化して減少し、次は戻るかわからない宿泊者を見送るとき楽しかった時間は終わる。日常に対する安心と少しのうら悲しさが残り、応毅もとなりへ腰をおろした。
三郎太は征伐すると宣言した相手が武蔵坊より大きいと知ってしっぽの毛を立てた。明の山にいるのは天狗ではなく巨大な龍神、同じような山を想像していた少年は好奇心が湧く。
「天狗じゃなくて龍がいるの? 俺もそのうち行っていい? 」
「宿坊はないけど、来るといい。うちの御山を駈けるつもりなら、まずはこっちの霊山を踏破した後だな」
いつでも歓迎だと明はうなずいた。人の通わない山道は数年で痕跡ごと緑に覆われる。応毅のいる山は参拝者の往来があり、道を維持して駈けやすい。天狗が目立つけどここにも数多の龍がいて、自然へ溶けこみひそかに見守ってるという。
談笑していると虫よけ線香の煙がまっすぐ昇った。宵闇におおわれた縁側は明るくなり、欠けた月が庭を燦然と照らす。
猫の妖は月から力を吸収する。『鬼』たちの話を思いだした応毅が三郎太を見ると、子猫の目は月光を反射して銀色に輝いた。
「どう? サブロー、妖力湧いた? 」
「よーりょく? 母ちゃも岩のうえで月を見てた気がする」
妖力を取りこむ自覚のない子猫は目を光らせたまま首を傾げる。母親といた頃は無邪気で、丸い球に見える空の月を引っ掻こうと遊んだ記憶があるようだ。
猫又は長い年月を経て、妖力が折りかさなり厚い壁みたいになる。三郎太は長く生きたわけでは無いためその壁が薄い。生まれながらの猫又だけど、妖力の保有量が少なく自覚しにくいのだと明は言う。
「妖力の問題はなさそうだ。サブローはこれからどうしたい? 」
明が静かな声でたずねる。月の光を反射したわけでも無いのに、瞳の紗は星空の礫をともない煌めいた。
「……おれ、もうちょっとここ居たい。オーキ達がいやじゃなかったらだけど……」
断わられることを恐れた三郎太は両耳を伏せ、小さな肉球をあわせて口ごもる。いつも元気なシッポは垂れ下がり、上目づかいに見遣った。
応毅はそんな子猫を両手でクシャクシャと撫で、陽光みたいな眩しい笑顔でうなずいた。
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