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第九章
寄り道
しおりを挟む天狗たちと日の出を見届けてから奥ノ坊で朝の修練が行われる。皆が道場を片付ける中、慣れない山駆けで全身が筋肉痛になっている応毅は床へ大の字になっている。彼が自由に山を走りぬける日はそう遠くないだろう、黒い山の天狗達に見守りをまかせた。
朝食後、 宿坊の荷物をまとめる。
「もう帰っちまうのか……早いなぁ」
「また会えるさ」
スクールシャツ姿の応毅は頭の後ろで手を組んでいる。月読が玄関で見送ると、赤髪の少年は元気よく学校へ出掛けた。
法印と門下生たちにも挨拶を済ませて、車へ荷物を運びこむ。金村たちの買った沢山の土産を後部座席へ置き、ハンドルを握った月読は駐車場から発進した。
道に立つ大鳥居は小さくなり、丈をのばす青田がなびく平野を運転する。
おぼろげに憶えている高速道路を引き返して、途中から九郎の設定したルートに沿って車を進めた。南へ向かい曲がりくねった山道を進む。
「九郎、本当にこの道で合ってるのか? 」
「合っている。道なりに進めばいい」
かろうじて舗装された山深い道を走る。対向車もなくバックミラーをのぞけば、後ろの車もスムースについてきた。林道を抜け広い道路へ出たら見晴らしが良くなった。
晴天の下、高原の花が色とりどりに咲いている。大きな宿舎を通り過ぎて細い山道へ入ると、コテージの様な建物が見える。
「今日はここに泊まるのか? 」
月読が建物を見まわすと九郎はうなずいた。
敷地入り口で宿泊の受付を済ませ、コテージへ車を走らせた。人影もまばらで落ちついた静かな場所だ、駐車すると後続車は隣の建物へ向かった。金村達が泊まるのは隣のコテージ、距離はすこし離れていて一棟貸切りのホテルになっている。
必要な荷物を車から降ろしてコテージへ運んだ。鍵を開けた九郎は、月読の荷物を受け取って奥の部屋へ入れる。
「ずいぶんいい所だけど、奥ノ坊の連泊を延ばしても良かったんじゃないか? 」
月読が靴を脱いでいたら、戻ってきた九郎に腕をつかまれて玄関の壁へ押し付けられた。
「向こうは禁欲だったろ」
低い声が耳たぶを震わせて唇が重なった。舌のからむ激しいキスは久しぶりで、呼吸のしかたを忘れて苦しくなったところで離れた。チュとなごり惜しむ九郎の唇が月読の口元を啄ばむ。
「部屋を案内する」
きびすを返した九郎が奥へ行き、しばらく言葉を失って茫としていた月読はハッとして後をついていく。
中は快適な空間になっていて、高価そうなアメニティまで完備されている。大きいベッドのある寝室とリビングキッチンへ案内された。温泉が引かれてコテージの浴室で楽しめるけど、近くの木立のあいだにも大きな露天風呂があった。
コテージ周辺は清浄な土地で、月読が滞在するのに適した場所らしい。窓から湯気の立つ方向を見ながら感心していると、九郎がカバンから丸い玉の連なった物を持ってきた。念のため魔除けを施した菩提樹の腕輪を渡される。
手首につければ烏の魔除けとは異なる感覚がする。
「お前の状態を心配していた武蔵坊に、天狗の術を教えてもらった。癪だが役に立つ、弱い魔物や悪霊なら弾くだろう」
無表情で言い放つ男は、言葉の棘を隠しきれていなかった。
金村たちのコテージを見学しに訪れたら、西之本が出てきて建物を案内してくれた。外観や内装は似ていてキッチンやダイニングがあり、月読の滞在する建物より広く寝室は人数分に別れている。
烏は各地にいくつか簡素な別荘を所有している。ビジネスホテルやテント野営も多いそうだ。このコテージにはフカフカの布団があって如何に快適かを西之本は語る。
見回って玄関へ戻ったら、釣りベストを着用した大伴と金村が車の後部ハッチをあけて釣り道具を出している。
「彼らはメイン食材の調達だよ。この周辺は私が見張ってるから、君達もいろいろ見てくるといい」
コテージにはキッチンがあり、持ってきた物を自由に調理できる。ここへ来るまでに牧場やスーパーへ寄って必要な食材を仕入れた。
「月読様も釣りに行きます? 」
「いや、私はゆっくり散策したいから任せるよ」
車へ乗り込んだ大伴達は、本格的な渓流釣りへ出かけた。
コテージへ戻った月読も九郎を誘って高原の散策に出かけた。見晴らしのいい小道を歩けば、空を映した青い湖あった。花々の咲いた草原を風がとおり、湖面へ波紋を起こす。
羽州の山で九郎は忙しく過ごしていたので、話せなかったぶん取り戻すように会話を交わす。応毅を天狗と引き合わせた理由も訊かれ、月読は大天狗と接してから視えた予感を話した。
「明はどの程度、力が戻っているんだ? 」
九郎のカケラ騒動以降、力については話していない。月読の器が龍神によって浅鉢のようになった事や、鬼の瞑想法により自身の内部を垣間見る方法を説明した。全盛期の丸い水晶体に比べたら3分の1といったところ、以前であれば予知も道筋の分岐まで見えたはずなのに、今は大様にしか視れない。
「龍神も大天狗も、器を修復できなかったのか? 」
「大天狗は割れ残った分を繋げるのは可能だと言っていたけど……」
闇龗は大きなカケラを積んだ。大天狗は細かい破片の修復も可能だったらしいが龍神に止められた。大天狗に修復され力が戻ったとして、一抹の憂いを感じた月読は小さく溜息を吐く。
伏せていた瞼を上げると、黒い双眸がこちらを見ていた。こういう事について話すのも力を失った時以来、あの時となにか変わったのだろうかと足を止めた。
青い湖をながめ、誰もいない場所で身を寄せあう。御山から逃げた時のように2人きりの世界が広がっていた。
丘陵から戻る頃、太陽は果てへ届き夕焼けに染まった。
夕食の準備ができて待っていた様子で、西之本たちが出迎えた。テラスに設置されたバーベキューグリルへ下処理をした川魚やソーセージ、野菜が並べられる。
「全部用意してもらったみたいで悪いな」
「久々に腕をふるいましたよ! 烏が集まると皆で用意するから、役割分担が少なすぎるんですよね~。あ、今日は金村も地味に役立ってます」
礼を述べると大伴はニッコリ微笑んだ。彼は家族とキャンプへ出掛けることが多いので手慣れている。金村はテーブルへ飲み物と紙皿を置き、ソーセージをトングで転がしている。炭へ落ちた脂がジュウと美味そうな音を立てた。
「私、出張はホテルが多いのでバーベキューは久方ぶりです」
立食パーティのごとく優雅な西之本が、笑顔で紙皿を持っている。
取り分けられた塩焼きヤマメと旬の野菜を堪能しつつ、度数の軽い缶酎ハイを口にする。月読が焼けたソーセージをかじる横で、金村は金串に刺したマシュマロを炭火で炙っている。
あっという間に楽しい時間は過ぎ去った。炭の残り火を囲み、テラスで談笑している大伴達を後にして月読と九郎はコテージへ戻った。
浴室の蛇口を捻れば吐水口から熱い源泉が出る。
大理石の四角い浴槽へ湯をためて、水で調整するとちょうど良い温度になった。服を脱いで浴室の椅子へ座り、何となしに身体の隅々まで丁寧に洗った。
月読は浴槽の縁へ腰を下ろして足を湯に慣らす。壁一面の大きな窓から外を見れば、目隠しの柵におおわれた上方は藍色の空があって星がちらほら見えた。
ぼんやり眺めていたら、ガラッと戸を引く音がして誰かが入って来る。このコテージで入ってくる人物は1人しかいない、気恥ずかしさを感じた月読は慌てて浴槽へ体を沈めた。
背中越しに九郎の洗う音が聞こえる。
気配が近づいて視界の端に湯船へ浸かる足が見えた。月読が横目で見ると、間隔を空けて九郎が腰を下ろしていた。
「すこし熱めだな」
「うん……」
「……いい景色だな」
「……そうだね」
2人きりのコテージ。これから起こる予感の緊張が伝わり、互いに微妙な空気が流れる。月読は逆上せそうな身体を冷ますため、浴槽の縁へ上がって腰かけた。
日はすっかり落ちて、澄んだ空には降り注ぎそうなほど数多の星があった。いつのまにか九郎も横へ座って星空を見ている。
浴室の光に微かに照らされ、無駄なく鍛えられた身体に傷痕が浮かぶ。月読は傷痕へ手を這わせた。
「私を庇った時の傷か……」
背中にあった大きめの裂傷痕へ月読は唇を寄せた。見覚えのある傷を癒すように唇を這わせると身体を引っぱり起こされ、横抱きで九郎の膝上へ乗せられる。
「無自覚に誘われるのは困る」
苦笑した九郎の顔があった。月読の太ももに硬い物が当たって、思わず目を伏せたら瞼へ唇を落とされる。鼻同士がこすれて、吸い寄せられるように口づけを交わす。ほてった身体を冷ますために浴槽から出ているのに、熱い身体に抱きしめられて冷める要素はない。早鐘を打つ心臓はますます血流を良くして頬が上気する。
九郎の手は、継ぎ痕のあった皮膚をスルリと撫でた。
「綺麗な肌だな」
奈落で負った傷もいまは見当たらない、この世へ帰るたび人では無いものに変わる気がして月読はうすく微笑む。
「気にしたか? 」
「いや……ただ、どこまでが私の身体なのかな……」
「そういうのも総じてお前の身体だと俺は思う」
九郎の手のひらが肌をすべり、鎖骨に熱い唇の感触がした。
湯けむりの中で弾力のある筋肉がこすれ、隙間をピッタリ埋めるようにふたりの肌を寄せあう。月読は口を開けて九郎の舌を受け入れた、なめらかに粘膜が絡み甘い感覚が神経へ伝う。
「……んん……はっ……くろっ」
支えていた九郎の指が、脇から忍びこみ乳首をはじいて摘んだ。尖りから電流が走ってピクンとふるえる。
下腹部へ手のひらが這わされると月読が反射的に足を閉じたので、手は尻へまわり裏から内腿を撫でて開かせた。勃起したものが月読の太ももの間から現れる。
「お前の淫奔な身体に、誰が1番か覚えさせてやる」
「ずいぶん……自信だな。それは……ぜひ教えてもらおうか」
間近にある黒い双眸は瞬きもせず見つめてくる。ゾクリとした月読は、わずかに唇の端を上げた。
露わになった男性器を優しく撫でられ、尻の窄まりへ指が侵入する。指の第一関節で、浅くかき回すように入り口を広げられた。
「あ……っ」
増えた指は窄まりを解し、クチクチと浅い部分を刺激する。下肢へ疼きが生まれて、ふるえた月読は背筋を反らせた。
「く……っふぁ……」
喘ぐ月読の口へ九郎の唇が重なり、口を強く吸われて歯列をなぞられる。湯から立ちのぼる白い蒸気をまとい、みだらな熱に浮かされた月読は漫然とした意識で九郎を受け入れた。
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