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第五章

邂逅

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 鬼の郷へ【鬼】達がつどう。

 半裸はんらの体に肩当てと首をおおう鎧をまとう者、防護用のウェットスーツなど装着した者たちが機材や武器をかついで移動する。日常からいくさへ切り替わり、総動員そうどういんされた鬼達の姿は壮観そうかんだ。鬼道衆きどうしゅうのなかに馴染なじみのある顔ぶれもそろっていた。郷からは浅瀬の内海と屹立きつりつした岩の柱群ちゅうぐんが見渡せ、その向こうは荒々しい外海が広がっている。

 鬼平の指示でそれぞれの持ち場へと移動する。千隼ちはやは緊張した面持おももちで祖父の行動をずっと見ている。

「月読様、お久しゅう。御準備はよろしいか? 」

 屈強な体つきの温羅うらが笑顔で声をかけ、互いに挨拶をまじえる。鬼平は高齢のため前線には立たない、代わりに鬼道衆の彼が前線の指揮をとる。後方には砕波さいは来島くるしまも控えていた。

 砕波と会うのは仕合しあい以来、相変わらず無口で何を考えているのか分からない男だ。もう1人見知った顔が後ろの方から見つめていた。黒曜石こくようせきの瞳に褐色の肌、長い髪を頭上でポニーテールにした女性――紫羅しらだった。前に会った時は少女だったけれど、現在いま黒漆くろうるしの光沢がある胸当てを身につけ神宝しんぽうの弓を背負っている。戦いへおもむく異国の女神のごとく美しい。

 対象のマガツヒは海底にいる、海へでる者と岩柱で待機する者達に分かれた。紫羅と砕波は地上班に分けられ、数名を引き連れて外海と内海をへだてる岩柱ぐんへ向かう。用意された潜水用せんすいようの機材も積みこみ、月読は船の停泊する港へと向かった。

 千隼は鬼平と共に郷へ残って祖父のやり方を学んでいた。



 船群せんぐんは出港して白波しらなみを立てて波間をわたり港が遠くなった。天気はよくしおいでいる。

 クレーン船が沖で待機していた。船のことは鬼達にまかせ月読は潜水機材についての説明を受けた。船はいかりを下ろし、慌ただしくなって岩塊がんかいの引き上げが開始される。ダイバーが海底に沈んでいた岩塊へあみをかけ重機船じゅうきせんのクレーンの音がひびいた。

 ダイビングスーツを腰まで着た月読は船上から見守る。半裸のおとこたちもせわしなく行きい、岩影が海面へ映って残り5メートルとなった。



 とつぜん水面が波打ちグラグラとゆれ、マガツヒの活動が始まった。想定の中でも最悪のパターンだった。大岩の衝撃で網が外れクレーンは停止した。

 岩影を確認した月読は温羅と話しあい、計画を変更して潜水の用意をはじめる。ドライスーツと潜水用フルフェイスマスクをかぶり、空気を圧縮したタンクを装着してダイブする。青い影が映り、近づくと外れたワイヤーの間から海藻のなびく岩塊が見えた。岩の亀裂きれつへ泡が発生して海面が白くにごりだす。

「これは……卵か!? 」

 硬い岩のからを突きやぶらんとしてうごめく気配を感じた。過去に討伐した2体のマガツヒはつがいで産卵していたのだ。見逃してしまった卵は海底で眠り大きくなったのだろう。
今になって活動する理由、月読は先日浅瀬にいたことを思い出した。かつて親をめっした存在を感知し、活動を開始したのなら符合ふごうする。

「やはり大人しく引きげられる事はなかったか……」

 月読は急いでいんを結ぶ。

 察したように岩の亀裂から触手が出てうねった。岩塊は崩壊ほうかいし、たくさんの泡が発生してマガツヒの姿を隠す。呪をとなえる間もなく飛び出したマガツヒは網からのがれ、浅瀬の境へ立つ岩柱へと激突した。水中にも衝撃が伝わり岩柱の上から鳥影とりかげが飛び立つ。

「月読様ぁ! 」

 海面へ浮上すると温羅に引き上げられた。数台の船が岩柱群へ向かい、月読の乗った船も急発進する。

 マガツヒの活動で海面は泡立ち、鬼達の怒号どごうが飛びっている。どうやら鬼達はすでに潜水して奮闘ふんとうしている。学習しているのか、マガツヒは警戒して深くもぐり水面へは近づかない。

「なかなか捕捉ほそく出来なくて! 動きが早いんですよっ! 」

 温羅の大きな声がとどろく。海面へ近づかない以上、水中で戦うしかない。月読は再び潜水の準備をはじめた。じゅつ発動の準備がすみ次第しだい、マガツヒを誘導して結界術で滅する作戦が決行される。

 ドライスーツを身につけ潜行せんこうする。海中には泡の軌跡きせきがあり、他の潜行者の影を確認できた。



 顔をおおうヘルメットの強化ガラスから海中の様子が見える。最新式で動きやすいがそれでも視野はせまい、呼吸のみなもとは圧縮ボンベのみ、船とのつながりは1本のロープだけ。

 マガツヒを捕らえられれば消滅させることができる。岩柱群を背に月読は印を結んだ。水上よりもりが放たれ、水中にいる鬼達も同様にマガツヒを追い立てる。頭の先端が尖り、触手をなびかせた黒い巨影きょえいが見えた。

『突っこんできたっ!! 月読様! 気を付けて下さいっ! 』

 警告がヘルメットの通信機より届いた。マガツヒは海の中で縦横無尽じゅうおうむじんに動き、術の捕捉ほそくを上回るスピードで一直線に激突しようと向かってくる。

 重りのついた体を動かして攻撃を回避する。しかしマガツヒは急角度で向きを変え、月読の頭部を触手がかすった。船と繋いでいたロープは切れヘルメットが割れる。なおもむちのようにしなる触手は圧縮ボンベのホースを引き千切ちぎった。

 傷を負ったせいか、こめかみの辺りが海水でピリピリと痛む。割れたヘルメットは海底へ落ちて視界はハッキリと見えなくなり、ボコボコ泡立つ音が耳をふさぐ。

 マガツヒを見失った。

 だが突如とつじょ、真上から光る矢が巨影をつらぬいた。

 光の余韻よいん一筋ひとすじの線となり、ぼやけた視界へ映る。マガツヒが咆哮ほうこうを上げ、居場所を捕らえた月読は印を切った。

「――――っ」

 発した声は鈍い音となって海の水をふるわせる。

 水面は結界に押されて丸く盛りあがり、うねりが発生して治まった。マガツヒの断末魔だんまつま震動しんどうとなって海中へ伝わる。


 吐き切った息を吸うため気管へ残った空気は逆流する。海水が流れこみ気管を塞がれる。呼吸をせき止められる苦しさ、意識は徐々にかすむ。船体へ繋がるロープははるか上に位置し、海面は見えているのに重りを付けた身には厳しい状況。月読は残された力で精一杯せいいっぱいジャンプするが視界は暗くなっていく。

 岩上にあった影が動いた。弓を降ろした美しい影は甲冑かっちゅうを脱ぎ捨て、迷いなく海へ飛び込んだ。

 ブラックアウト寸前、何者かに重りを外された月読は岩場へ引き上げられた。柔らかい唇が触れ入った海水を吐きだした。何度もむせて残った水を体内からひねりだす。

 日の光を背に黒曜石の瞳が月読をのぞき込んでいた。肌へ散りばめられた水滴は光が反射してきらめき、意外に可愛らしい声が静かに発せられた。

「あなた、いつも無茶しているね」

「君の……声は、初めて聞いたな……」

 邂逅かいこうした紫羅しらは優しくほほ笑んだ。海のおとこたちの喧噪けんそうが聞こえ、酸素マスクが当てられる。あの時、紫羅も全てを見ていたのだとさとった月読はゆっくり目を閉じた。


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