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閑話 ~日常や裏話など~
明と九郎の高校生活
しおりを挟むきっかけなんて覚えていない。
お互い磁石のように引き合いながら反発する。無遠慮に言葉をぶつけ、ちいさな口喧嘩はしょっちゅうしていた。あちこち首を突っこむ明に苛立ったのか、仏頂面の九郎が言い放つ。
「フラフラしてないで大人しく俺に守られてろ」
その物言いに、明は流石にカチンときた。
「ほう、分家のお前ごときが俺を守る? どうやって? 」
やや、いや、かなり傲慢に言い返す。九郎は眉ひとつ動かさないで代わりにC4並みの爆薬を投下してきた。
「反抗期か? 昔は手を握ってきて、あんなに可愛かったのに」
奴はこれみよがしに無表情で嘆く。ふだん不愛想で無口なくせに口喧嘩は強く、痛いところを突かれる。
明は悔しそうな顔で声を張りあげた。
「くそっ、そんな昔のこと覚えてるわけないだろ! 意地悪めっ」
真っ赤になって悪態をつくと、九郎は満足そうな表情をみせた。
**********
集落の大門をくぐる壮年の男と若い女の姿があった。
男女は大きな屋敷の門で呼び鈴を鳴らし、落ちつかない雰囲気でキョロキョロしながら待つ。厳かな屋敷の玄関から出てきた爺様が2人を迎え入れた。神妙な面持ちの男女が爺様に案内され長い廊下を歩いていると、向こう側からきた袴姿の若者と出くわす。
「あっ、鈴木じゃないか! 」
鈴木と呼ばれて明は声の主を見る。声を発した壮年の男は、クラス担任をしている吉田だった。
「吉田先生? どうしてここに? 」
家庭訪問で各家を周っていた吉田は先刻まで月読家に居たらしい、とても緊張して息も満足に吸えなかったとのたまう。見知った顔があらわれ安心した先生はポケットからハンカチを取りだし眼鏡を拭いた。
烏の家には父親代わりの一進がいるため、ついでに訪問した様子だ。
「あなた、鈴木君!? 」
スーツを着た若い女性がたまげている。こっちは九郎のクラス担任、新任の長谷川先生だった。
「吉田先生から聞いていたけど、そんな格好をしていると違う人みたいね」
長めの髪をてきとうに括ったチャラい学生だと長谷川には認識されていた。いまは髪をきっちりまとめ上部で結った袴姿、確かに学校にいる時よりは幾分ピシッとしてる。目を丸くする長谷川の横で吉田が笑い、つられて明も微笑んだ。厳粛な屋敷の空間へ花畑のように明るくおおらかな雰囲気がひろがる。
談笑する明の背中へ衝撃がはしる。後方には同じく修練を終えた九郎が立っていた。この男はわざわざぶつかって来たのだろうか。
「お前、こんな所で立ち止まるな」
ドスの効いた声に明より2人の教師が震えあがった。猛禽類を眼前にした小鳥のごとく固まった教師たち、九郎は小さくなった先生達に気がつき一進の書斎へ案内した。
ドスの効いた声はさて置き、袴を身につけたら九郎も何か変わって見えるのかと明はむずかしい顔で思案する。ひとり残され廊下へ目をおとすと戸塚の爺様が立っていた。気配も無かったのでビックリした。
「まるで歩く凶器じゃの。九郎坊ちゃんもまだまだ若いのぉ」
ふぉふぉと朗らかに笑った戸塚は廊下の向こうへ歩いていった。
脱衣所で帯を解いて道衣を脱ぎシャワー室へ入った。頭から湯を浴びて汗をながし、泡立てた石鹸で身体を洗う。案内から戻った九郎も隣のブースでシャワーを浴び、横から伸びてきた手へ石鹸を渡した。
先にあがりタオルで拭いてTシャツとズボンへ着替える。髪の毛を乾かしていたら九郎もシャワー室から出てきた。ズボンだけ履いた九郎はとなりの椅子へ腰掛けドライヤーを手に取った。彼の腕は明の腕よりひと回り太い、同じように鍛えているはずなのに差があった。
明が渋い面で眺めていると、おでこへドライヤーの温風があてられる。
「熱っ! 」
帰る気でいた明だが、土産のおやつがあると耳にして九郎の部屋へ寄ることにした。
柔らかいスポンジ生地にバナナ風味の甘いカスタードが口の中でほろりと転がって溶ける。テーブル上の皿にはスティック状のブラウニーもならべられカカオの香りがただよった。
九郎は廊下ですれ違った吉田の話をした。
「担任と仲が良さそうだな」
吉田先生には、よく世話になっていた。明は良くも悪くも人を惹きつける。入学直後はデカい成りでチャラチャラしていると思われ、柄の悪い生徒にからまれることが多かった。しゃしゃり出てきた先生は仲裁役をしていた。
横柄な教師に呼び出された時も生活指導室へ同行してくれた。おかげで難癖をつけていた教師と2人きりになるのを回避できた。小柄で腹はちょっとメタボ気味だが、気概ある先生だ。
先生の話をしながら廊下での出来事を思い出す。
「そういや、お前なんで機嫌悪かったんだ? 」
「別に」
ぶっきらぼうな返事、鉄面皮の表情は読み取れない。明が怪訝な顔つきでじっと眺めていると、九郎の腕が伸びてきて皿へ置いていたブラウニーを食べられてしまった。
「あっ、俺のおやつ!? 」
明は叫んで飛びかかる。珍しく抵抗しない九郎はもぐもぐと口を動かした。唇の端へココアパウダーが付き、明は悔しさで一杯になりながらその様子をながめる。おやつを食べ終える頃には家庭訪問は終わり先生も帰っていた。
放課後の中庭、明はメロンパンを齧っていた。学校の購買で買ったパンだ。弁当を持ってきているものの成長盛りの体には足りない日もある。
「こら鈴木、こんな所で立ち食いするんじゃない」
吉田の注意が飛ぶ、仕方ないので花壇近くの階段へ腰掛けたらなぜか先生も隣へ腰を下ろす。
花壇を見ながら吉田は入学当時の話をした。高校へ入ったばかりの頃、明へしょっちゅう絡む男の教師がいた。
最初は髪型だった。緩いウェーブのくせ毛と長めの髪、だがパーマではなく地毛で校則には違反していない。髪は結うために伸ばしていたので、長さは特に意識をしたことも無かった。
もともと横柄だった教師はエスカレートして、指導と称し呼び出しては、明の態度にも難癖をつけてくるようになった。
横柄な教師は、ある日を境に何も言ってこなくなった。いない父親のかわりに一進が学校へ出向いてきた。それから廊下ですれ違うたび挙動不審に目を逸らされた。邪なオーラを発していた教師へ、一進がどんな説得をしたのか気になるところだ。
その教師は転任してすでにいない、柔道の黒帯だと職員室でも威張っていたらしい。吉田先生がいなければ面倒になって坊主頭にでもしていたかもしれない。そう伝えると先生は照れる仕草をした。
「鈴木……あきらめちゃ駄目だぞ」
駄洒落を繰りだすので油断ならない。誰にも言ってないけど先生も黒帯なんだと、控えめに主張していた。
吉田は真面目な顔つきへ変わり家庭訪問の話をする。月読の家では極度に緊張したが、前ノ坊家を訪問した時分は話が弾み、昔のアルバムを見せて貰ったそうだ。
「鈴木、小さい頃はものすごく可愛かったんだな」
先生の感想に開いた口からパンがポロリと落ちた。膝へおちたメロンパンをあわてて拾って口へ入れる。
平静を装ったが内心嵐が吹き荒れる。明のコンプレックスでもあり隠していることがら、幼少期の写真は他人には見せたことがない。一進がどのような顔で写真を紹介したのか想像して頭を抱えた。
胃の辺りがキリキリと痛む気がして、明はメロンパンごと項垂れた。
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