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第一章

帰還

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 新幹線の窓へひじをついた月読つくよみはながれる景色を眺めた。装束しょうぞく姿ではなく白いシャツにスラックス、長い髪も適当にまとめている。
となりへ座った男から飲み物を受けとった。体格のいい男が2人もならぶと、ゆったりした席でも多少窮屈きゅうくつだ。チケットを買うさいそれとなく他の席を勧めたのだが、なぜか九郎くろうは隣へ座っている。

「なんでとなりへ座るんだ。だいたいでかいの・・・・2人だと席がせまいだろ? 」

 月読はぶつぶつ悪態あくたいをつきながら弁当をひろげた。九郎はイヤフォンをつけ、弁当を食べる男を観察している。

 神社の依頼いらいでマガツヒを討伐とうばつして数日、【烏】の別荘へ滞在していたが調査に区切りがついて帰りみちいた。ローカル鉄道へ乗りかえ最寄もよりの駅で降り、迎えの車へ乗った。

「あー帰ってきたなぁ」

 月読は長時間の移動でかたくなった体をほぐし、両手を上へ伸ばした。からすの屋敷へ報告にむかう九郎に皆への土産物みやげものを渡す。



 家へ帰った月読は浴槽よくそうに湯をはり、一杯になった湯舟ゆぶねへ浸かる。

 疲れた身体を癒すように温まれば、安心して急におもだるくなった。背中には強く打った時の大きな打撲痕だぼくこんがある。あざはうすくなり治ってきているものの違和感いわかんはある。

 かるくタオルでぬぐい、髪から水がしたたったままタオルを腰へ巻いた。奥の間へ行こうと廊下を横切ったとき、東の裏口から入ってきた九郎と出くわした。固まった九郎を見て流石さすがにまずいと思った月読は出来るだけ男前の顔でうなずいて通りすぎようとした。

「……あきら、ちょっとこっちに来い」

 誤魔化ごまかそこねて、首根くびねっこをつかまれた月読は奥の部屋へ連れて行かれた。裸で出歩かないこと、横着おうちゃくせずに着替えを用意してから風呂へ入るよう説教された。 

「髪の毛ぐらい、しっかりけ」

 まだしずくのたれる髪を九郎はタオルで拭き、ドライヤーでかわかしはじめる。風呂あがりで疲労感もあり、月読は座椅子ざいすへ背中を預けてされるがままになった。



 今日の九郎は、やけに世話せわをやく。

 ドライヤーの温風が気持ちよくて、月読は目を閉じたままマガツヒの話をした。

 自我じがが存在するかは不明、しかしマガツヒにも性格があって狡猾こうかつなものから今回のように愚鈍ぐどんなのもいる。マガツヒの甲羅こうらにはしゅが刻まれていた。過去の記録にもそのようなマガツヒは存在しせず、意図的いとてきに造られたものなのか、今まで発見され無かっただけなのか真相はわからない。

 マガツヒとくらべたら人間の歴史など浅く、不明なことは多い。

「今回は裏の依頼もあったしなぁ」

 【月読】をいで来る依頼は人からのものだけではない。どこで【月読】の話を聞いたのか、遥々はるばる遠方の山々をこえてやってくるものもいる。あやかしや神の従者、そういった者が来訪する時は御山おやまがざわつく。
なかには利用しようとしたり、敵意や喰らいに来る者もいる。だが悪意や敵意を持つものは、闇龗くらおかみの守護する結界にはじかれる。この霊山は巨大な龍神に守られた安全な場所シェルターともいえる。



 人ならざる者は集落北のさかいにある小さなやしろへ迎えいれる。みそぎをおこない月読がひとり神殿で対面を果たしていた。しかしそのような者達は依頼をしてくること自体めずらしく、切羽せっぱ詰まった状況だということだ。依頼のあった神社から人の姿にた使いがおとずれて状況を知った。神社側にも神託しんたくが降り、現地へ行くとこちらの事もすでに知られていた。

「神社のある山域に深泥ヶ沼みどろがぬまという所があって、元はそこのぬしだったそうだ」

 使いの者からた情報だった。話をきく九郎の指が乾いた髪をく。

「あの神社へマガツヒが向かっていたのはなぜだ? 」

「頭部の欠けたマガツヒは、補うために姫神ひめがみを喰らおうとしていたのかもな。使者から読みとった言葉の意味合い的ニュアンスには、神社の祭神とゆかりのある主のようだった」

 伝えられるといっても人の言葉とは異なり、解釈かいしゃくはむずかしいと月読はうなる。





 烏の家で夕食を食べないかと九郎に誘われた。討伐終了を祝い集まって宴会をするらしい、月読も烏の家で食事するのは久しぶりだ。

「お疲れさまでーす」
「あざっす」

 いろいろな声が飛びう。烏の屋敷なのでいるのも烏、めんをとった普段着の烏たちは若者から年寄りまで幅広い。

 いくつもある大きなテーブルへ大盛りの唐あげ、山菜や海鮮の天ぷら、サラダ、具の沢山入った汁物など料理が次々と並べられていく。山辺だが海もちかく、うまい食材には事欠ことかかない。
祝勝会になり兄弟子あにでしにも酒をすすめられた。酔った月読は前当主の頃から知ってる兄弟子の1人を捕まえ、浴衣や着物の下穿したばきに何を履いてるか聞きはじめた。なぜか他の席から寄ってきた者たちも盛りあがり、ひとテーブルはパンツ議論場ぎろんじょうになった。

 パンツで盛りあがっていたら九郎に見つかり、月読は重鎮じゅうちんテーブルへ連行されてしまった。



 屋敷へ帰った月読は飲みたりなさを感じ、手酌てじゃくで冷酒をそそぐ。美味い酒をたしなんでいると、後から帰ってきた男に飲み過ぎだと猪口ちょこの中身を飲まれた。九郎もかなり飲んでいたはずなのにまったく酔っていない様子だ。


 いぶかしげに凝視ぎょうしして、月読はため息をついた。

「九郎は飲んでも、顔色ひとつ変わらんな」

 だんだん眠気に襲われ、座椅子から下がり座卓ざたくのすきまへ埋もれる。モモリンが怒りながら奥の間の寝床ねどこまで引きずっていたことを思いだし、ウトウトしつつ月読はまぶたを閉じる。

「ここで寝るな」

 座卓の下から引っぱり出された。

 抱えられて運ばれ、布団へ寝かされた。おおかぶさった九郎は動かない、月読は半分目を開けていたけど頭は寝ていた。筋張すじばった指がまぶたへ触れて目をつむる。手の平をあてられ親指で唇を撫でられた。

「………」

 耳元へとどいた低いささやきは聞き取れなかった。意識はまどろみから深層へと沈み、月読は眠りについた。





 翌日、朝からかねがガンガンと鳴るように頭が痛む。書斎で仕事をしていた九郎が側へきて声をかけた。

「お前、昨日のことは覚えているのか? 」

 やる気なさそうに座卓へしていた月読は、痛む頭を片手で押さえてしばし考える。

「おぼえてるぞ、パンツの話をした。あと……家で飲んだかな? 」

 目付きの悪い烏はこれ見よがしに溜息をつき、台所へ行ってコップに入った水と頭痛止めを渡してきた。
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