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4話
しおりを挟む耳の奥を尖らすような不気味な音を響かせて、扉がゆっくりと閉まり──物置部屋はエルヴィールとスコール、二人だけの空間に。
今までに見たことのない満開の笑みを浮かべるエルヴィール。その背後からは、禍々しく淀んだ空気を放っているようにスコールは見えてしまった。
「もう、旦那様ったら。いきなり部屋からいなくなるなんて。私がいるからもう怖くないですよ」
「っ、ひっ……」
スコールは窄んだ喉の奥へと必死に空気を流し込みながら、尻を引き摺るようにして後ろへと引き下がる。ゆっくりと近付く妻から距離を取るように、ずるずると。
「旦那様? どうしてお逃げになるのですか? 扉を閉めたから、もう雷の音は聞こえないはずでしょう?」
エルヴィールが一歩進む度に、ギシッと不気味な音を立てて床が大きく軋む。
スコールは更に後ろへと引き下がろうとするも、背後は既に壁。視線を左右に泳がしている間に、エルヴィールは夫の目の前に屈み込み──
バンッ!!
──と、大きな音を立てて、スコールの顔の両側に手を突き、腕の中に彼を閉じ込めた。
背後の壁と妻に挟まれたスコールは、完全に逃げ場を失くす。
「ふふ……」
エルヴィールは白く細長い指先でスコールの頬を撫でて、すすすっと首筋をなぞりながら胸元へと滑らした。厚い筋肉を纏った胸板に手を当てれば、皮膚を突き破ってしまうのではないかと案じてしまうほどの大きな心音が伝わってくる。
緋色の瞳を揺らめかせながら、自分を真っ直ぐに見つめるその姿。
腕の中にいる夫は今、何に怯えているのだろうか。
遠くで鳴り響く雷鳴に対してか。
それとも──
「旦那様……」
エルヴィールは瞳を睫毛で覆い、ゆっくりとスコールに顔を近付ける。鼻先が掠り、唇が今にも触れ合いそうになった瞬間、スコールの両手が動きを阻むように彼女の肩を掴んだ。
「何をする気なんだ! もうやめろ!」
「どうして?」
「いきなりあんなキ……口づけされたら、驚くんだ、此方は!」
何とかキスをしようと唇を突き出すエルヴィールと、それを頑として拒むスコール。触れるか触れないかの距離を保っていたが、暫くしてエルヴィールの身体の力が抜け、彼女の視線が足元へと落ちた。
「……旦那様は本当は私が嫌いなんですね?」
「は?」
「だって……日頃の態度はぶ……冷たいですし、セックスにも愛情が感じられません。それにさっきは、キスをしたら逃げようと……ううっ」
エルヴィールは身体を震わせながら、両手でさっと顔を覆い隠す。いきなり泣き始めた妻にスコールはぎょっとした表情を浮かべ、慌てて毛布を彼女の背中に被せた。
「えっ、エルヴィール。嫌いだなんて思ったことはない。少し驚いただけだ」
「…………」
「頼む、お前の泣く顔は見たくない。何でもするから顔を上げてくれ」
ピクッ、とエルヴィールの肩が微かに揺れる。
スコールが彼女を宥めるように毛布越しに背中を擦ると、鼻を啜ってエルヴィールは尋ねた。
「……なんでも?」
「ん?」
「なんでも聞いてくれるのですか?」
「か、可能な範囲ならな」
今度はエルヴィールの身体が硬直したしたかと思えば、彼女の顔を隠していた両手が徐々に滑り落ちていって。顔を俯かせたまま、ゆっくりとその手はスコールの胸元に伸びた。
「エルヴィ……ひっ!?」
ばっ、と盛大に引き裂くように脱がされるシャツ。スコールは目を大きく見開いて、はだけた自分の胸元とエルヴィールに顔を向ける。
泣いていたはずのエルヴィールの目元には涙が流れた跡すら見当たらず、それどころか彼女は愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべていた。
──やられた、とスコールが思った時には既に遅く。エルヴィールは躊躇う様子一つ見せずに、逃さんと言わんばかりに夫の両肩をガシッと掴んだ。
「それでは旦那様、遠慮なくいただきますね?」
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