【R18】黒豹と花嫁

みちょこ

文字の大きさ
上 下
16 / 19

16話

しおりを挟む

「あ、あっ、あああ……!」

 背後から聞こえた叫喚に、ハルだけに向けていた意識が引き戻される。暗闇に包まれていた光景は夢から醒めたようにいつの間にか元の場所へ。地面に尻をついていたリオンはどうして自分がここにいるのか分からないと言ったような表情で周囲を見渡し、ローベルトはわなわなと肩を震わせていた。
 奴の胸元からは番の印が消え去り、爪で掻き毟ったような跡が残っている。髪は水分が失われたようにぼさぼさ、頬も身体も痩せこけ、まるで別人。すべての力を失って本来の姿に戻った老爺のようだ。

 状況を察したのか、俺の胸元に添えられていたハルの手にきゅっと力が入る。

「貴様、黄金の娘に何をした……? 契りが勝手にとけて……! 戻そうとしてもを力が弾かれる……!」

 一人で喚く老けた狼に、憤りを通り越して何の感情も湧かない。
 相当取り乱しているのか、ローベルトは地面に落ちた銃には目もくれず、ゆっくりとにじり寄る。

「貴様は私の邪魔を! その娘にどれだけの価値があるのか分かっているのか!? その娘は、我が一族が優秀であるために、子孫を残して繁栄を築くために貴重な……!」

「気持ちわりぃな。お前はハルに何を求めてんだよ。こいつはただの半獣だ、お前が望むようなもんは一切ない」

「黙れ! 娘自体ではなくその血が重要なのだ! 金狼として、その眩く光る片耳の価値は何にも劣らぬ……」

 止めどなく意味のない言葉を羅列し続けるローベルト。このまま息の根を止めてやろうかと思った刹那──

 ──パァン!
 と破裂するような音が宙を裂いた。

 煙の匂いに紛れて鼻の粘膜に触れたのは、濃い血の匂い。いつの間にかハルは側を離れて数歩先の場所に。地面に転がっていたはずの銃を手に持ち、筒先を右耳に充てがっていた。ぼたりぼたりと血がハルの黒い髪を伝って地面へと垂れ落ちている。
 
 深く考えなくても、分かる。
 ハルは自分で自分の耳を撃ったんだ。

「あ、あぁ……一体、何を! 貴重……貴重な……」

「私は自分の価値は自分で決めます。自分の人生も、一緒に生きる人も」

 膝から崩れ落ちるローベルトの前を通り過ぎるハル。耳から血を垂らしているのに、何事もなかったかのように微笑んで、俺の服裾を握り締めた。
 
「わ、私は……この数年間、我が種族を守るために、崇拝されるべき存在であり続けるために、半獣だからと愚弄されないように、邪魔なものは可能な限り排他してきた。他の種族も……半獣も……すべて、すべて……」

「……獣人狩りはやっぱりお前だったのか。そんなことして何が残ったんだよ」

 服の端を破り、血の流れるハルの右耳を覆う。多くの使用人を従えているであろうローベルトには、助けが来るどころか仲間の匂いすら感じられない。側にいるのは戸惑ったまま立ち尽くしたリオンだけだった。

「自分から怪我してんじゃねぇぞ、馬鹿。その耳、医者に診てもらうぞ。掴まれ」

「す、スザク……あっ」

 血と土で汚れたハルを横抱きにし、足場の悪い道を一歩踏み出す。それまで棒立ちしているだけだったリオンが青褪めた表情で前方を塞いできたが、どう止めていいか分かっていないのか、それとも自分の行動が正しいのかも分からなくなったのか、その場に突っ立っているだけだった。

「お前もちっとは自分で考えて行動しろ。もう二度と家に来んな」

 黙り込んだままのリオンを避け、帰路を辿る。

 せっかく胸の傷が塞がったと思ったのに、自分で耳をぶっ飛ばすとは思わなかった。多量出血で死んだりしないだろうなと視線を落とすと、じっと俺を見つめていたハルと目が合った。

「……肩の傷、大丈夫?」

「他人の心配すんな。自分のことだけ考えてろ」

「スザクは、いつも自分のことは後回し。昔から、ずっとずっと」

「うるせぇ」 

 こうなったのは誰のせいだと思ってるんだよ。
 それにこいつだって人のことを言えた義理じゃねえだろうが。

 そんなことをぐちゃぐちゃ頭の中で考えていた最中、視界がぐらりと揺らめいた。
 軽い貧血だろうか。このまま倒れたらハルまで巻き込んじまう。あぁ、これが自分のことを後回しにするってやつか。なんて呑気なことをうっすらと考えながら、ハルが地面に直撃しないようにと背中から体重を地面へと委ねた。

 ──スザク!

 遠くから聞こえるハルの声。
 身体を包み込まれているようで、心地よい。

 このまま死ねるならそれはそれでいいかもしれない。

 俺、ちゃんとハルに想いを伝えたよな?
 ハルに聞こえていたのかは分かんねぇけど。もうどうでもいい。ハルが助かったなら、ハルさえ幸せになれるならどうなっても──


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18・完結】結婚はしません、お好きにどうぞ

poppp
恋愛
【8/9完結しました】 ・・・ 若く美しい女性ばかりを愛人として囲っていると噂のチビデブハゲのオジサマと結婚する事になった伯爵令嬢のイヴリン。 しかし伯爵家で継母に冷遇されていたイヴリンは、チビデブハゲのオジサマの優しい雰囲気と言葉に一目惚れ。 オジサマの愛人の一人になる覚悟で、手っ取り早く処女を捨てる事を決意し、仮面舞踏会(この場合はいわば、やり目パーティー)に参加する。 一方で、親の決めた相手との結婚を前に、初夜で失敗しないためにと、童貞を捨てる決意をした辺境伯子息のアギットは、隣国の仮面舞踏会に参加することに。 そんな二人が出会い、お互いの初めてを済ませるが… ※ 1話毎のタイトル変更 ※ メインタイトル変更  旧題:【R18】いいえ、私の結婚相手 はチビデブハゲだけど優しいオジサマのはずです! ※ ゆるふわ設定 ※ R15よりのR18 ※ 不定期更新 ※ 誤字脱字ご了承願います ※ たまにAI画像あり

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

落ちこぼれ魔法少女が敵対する悪魔の溺愛エッチで処女喪失する話

あらら
恋愛
魔法使いと悪魔が対立する世界で、 落ちこぼれの魔法少女が敵側の王子様に絆されて甘々えっちする話。 露出表現、人前でのプレイあり

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...