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第六章 召使ですら危うい立ち位置
35話
しおりを挟む「──以前、召使制度を学園に導入したばかりの頃、多くの問題が生じた。基本、主の家と繋がりのある人間であれば、誰を指名しても問題はない。いや、正確にはなかったんだが……」
「だが?」
「召使の身分を偽る者がでた。随分と前の例だと、裏市場で仕入れた奴隷を召使として扱っていた生徒が、在学期間にその召使を妊娠させた例がある。無論、二人共退学処分になった」
「っ、えぇ……!?」
シエナは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、自分の身体を抱き締める。
学園で話せばボロが出るからと、長過ぎた講義を終えて寮へと戻り、気づけばもう夕方。シエナは床に腰を下ろしたままアランの話を聞いていた。
「もしかして、それが原因で同性の召使に決められたの?」
「ああ。そして召使にもある程度の教養は必要だと試験が導入された。どうして一緒に講義を受けているのか、不思議に思わなかったのか?」
「…………」
「……思わなかったのなら、別にいい」
はぁ、とアランは深く溜め息を漏らす。言われてみれば、召使が学園の生徒と同等の扱いを受けるのは疑問だ。
「私はいきなりアランの召使になって問題はなかったの? 疑われたりとか……」
「特待生だから優遇される部分もあったんだろう。召使の承認も学園から問題なく得られた。だが、今のシエナの喋り方と行動には問題しか見当たらない」
「うっ」
「今夜は徹底的に叩き込むから、そのつもりで。あとは試験に向けての勉強もだな」
「ひんっ」
先日の事件から身も心もボロボロだというのに、アランは容赦なく追い打ちをかける。そのまま流れるように本棚の参考書を手に取ろうとしたアランに、シエナは慌ててその腕を掴んで振り向かせた。
自ずと、二人の顔の距離は近くなる。
「ま、待って! アラン、私まだ聞きたいことがあるの!」
「今じゃなきゃ駄目なのか」
「だ、だめ! 話が流れそうになったけど、一番大事なお義母さんの話……」
「臭い」
「え?」
「……泥と汗の匂いが、する」
面を向かって告げられた言葉に、シエナは衝撃を隠せず目を白黒させる。考えてみたら、ここ数日身体を一切洗っていない。その内の二日間は丸々外にいたわけで、臭くなるなと言われるほうが無理なのである。
けれども、仮にも元主に向かって──尚且つ女性に向かって罵詈雑言を浴びせるだなんて余りにも無礼ではないだろうか。
「アラン酷い! 臭いと思ってても遠回しに言ってちょうだい!」
「俺の鼻が曲がりそうなのでシャワー室で身体を洗ってきてください」
「もっと酷い!」
ぽかぽかと両手で胸を叩くシエナに、アランは鼻を摘んだまま目を逸らす。このままでは埒が明かないと思ったのだろうか。アランは涙ぐむシエナの頭に再び鬘を被せ、腕をずるずると引っ張った。
「今の時間帯なら利用している人間もいないから、さっさとシャワー室行くぞ」
「え、あっ、男子生徒用の……!?」
「簡易的な作りだが、個室だから心配するな」
それでも、性別上女である自分が男性用シャワー室を使うのは尻込みしてしまう。どうにか避けられないかと、違う話題に逸らそうとしてみたものの、シエナはあっさり部屋の外から連れ出されてしまった。
***
「あ……あったかい」
簡易的な作りだと言われていたから億劫に感じてはいたが、さすがは貴族達の集う学園と言ったところだろうか。仕切り版で分けられた個々のシャワー室には魔法石が備え付けられ、温かさも調節できるようになっていた。
「あぁ……久し振りの温かい水……気持ちいい」
シエナは温水を頭から浴びつつ、全身を石鹸で洗っていく。人が来ないか見張っているとアランが言っていたから、もう少しゆっくりできるはずだ。
誰もいないシャワー室で、シエナは鼻歌を口ずさみながら白い泡を落としていった──が。
(……ん?)
ペタペタと水音混じりに床を踏む音が、遠くから聞こえてくる。
誰かが入ってきたのかと、全身の血の気がさっと引いたが、更衣室の扉の前にはアランが待機していたはず。まさか、自分の知らないところに既に人がいたのか、それともアランが中に入ってきたのだろうか。
シエナがおそるおそるシャワーの水を止めたのと同時に、足音がぴたりと途切れた。
(…………だ、れ?)
妙な薄気味悪さにシエナは息を呑み、ゆっくりと視線を落とす。
個室の入り口を塞ぐ一枚板の扉の下。そこに、シエナを待っているかのように両足がこちらを向いている。
その正体が誰なのか。考える暇もなく、扉がゆっくりと開いた。
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