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第二章 いなくなった護衛騎士
11話
しおりを挟むアランが屋敷を発ってから数年。手厚く充てがわれていたシエナの指導係は皆、挙って辞めてしまっていた。理由は直接知らされてはいないが、彼等が辞める直前に父と揉めている現場にシエナは偶然居合わせてしまったことがある。
『これ以上──できない』
『──を巻き込まないでくれ』
『──はないんだ』
途切れ途切れに聞こえる会話のフレーズ。シエナはわずかに開いた扉の隙間から声を拾おうとしたが、偶々応接室の前を通り掛かった義母に見つかってしまい、首根っこを掴まれて外へと連れ出されてしまった。
結局、何があったのか詳細は分からず。それがシエナにとって良くない方向へ動いているということだけは、分かった。さりげなく父に尋ねようとしても、躱されてばかり。アランの問題に加えて、シエナにまた一つの心の引っ掛かりが生まれてしまった。
その後は義母が指導係の代役を務めていたわけだが、これがまた酷烈な手ほどきだった。問題に答えられなせれば指で額を弾かれ、復習や予習が間に合わなせれば頬を左右に引っ張られ、礼儀作法の見直し途中でうたた寝しそうになった日には尻を叩かれた。
いくらシエナが弱音を吐いても、一切聞く耳を持たない。
アランは口は悪かったが、まだ優しさはあった。
少なくとも尻を掌で弾いたりはしない。
「シエナ。集中していますか」
「っ!」
過去の記憶を遡っていたシエナの意識が、引き戻される。吸い寄せられていた眼前の天板から距離を取りつつ振り返ると、義母が蔑視するような眼差しを向けていた。
「わ、わたし、寝ていません!」
「寝ているかなんて聞いていませんよ。私は集中しているのか尋ねたのです」
「……あっ」
墓穴を掘ってしまった。
シエナはしまったとすぐに否定しようとしたが、すでに手遅れだった。
義母は唇を固く閉じたまま、シエナの片頬を強く捻る。
「眠いのなら目の周りに清涼魔法を施して、一生瞼を閉じられないようにしてあげましょうか」
「い、いひゃい……」
「集中しなさい。貴女は一ヶ月後には王都学園へ編入するのですよ。家の名に恥じないように行動しなさい」
「ひゃんっ」
頬が千切られそうな勢いで引っ張られ、そのまま遠慮なしに離された。危うく椅子から転げ落ちそうになったシエナだったが、既のところで踏ん張った。
「ご、ごめんなさい、お義母さま。ちょっと気になることがあって、本当に寝ていたわけでは」
「勉強を放棄するほど大切なことなのですか」
「そ、そういうわけ……」
ではないけれども。
シエナにとってはずっと心に引っ掛かっていたことだ。
指導係が次々と辞めていったことに加え、本来であれば十三歳で入学するはずだった王都学園。肝心の理由は濁されて入学の時期は延び、二年も経ってしまった。
上流階級の人々だけが集う学びの場。裕福でなければ、通い続けることは疎か入学金を支払うことすら安易ではない。入学試験を主席で突破できれば学費の免除もされるが、シエナにそこまでの才があるはずもない。
「……お義母さま。もしかして、なのですが」
「なんでしょう」
「私の家は、金銭的余裕がないのでしょうか」
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