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第一章 愛想のない護衛騎士
7話
しおりを挟むいつもと異なるアランの雰囲気に慄いてしまったのか。
その場の空気を誤魔化したくなったのかもしれない。
揺るぐことのないアランの視線に耐えられず、シエナは思わず目を逸らしてしまった。
「ど、どうしたの急に。おかしい、アラン。いつもだったらそんなこと絶対に言わないじゃない」
「……そうですか?」
「そうよ。非現実的なことを言うなんて、アランらしくないわ。お父様とお義母様の元を離れるなんて、できるはずかないじゃない。それにアランだってその言葉、本気じゃないでしょう。いつまでも私と一緒にいたいなんて思っていないくせに」
上擦った声で言葉を返すシエナに、アランは目を細める。返答に窮したシエナを軽蔑しているのか、それとも心の奥底に秘めた感情を隠そうとしているのか。
アランはしばらく黙り込んだあと、口元をふと緩めた。
「冗談ですよ。すみません」
「な、なんだ……じゃなくて、ほら、やっぱり!」
あはは、と態とらしくシエナが笑うと、アランは再びすみませんと言葉を繰り返した。相変わらず表情から心の意図は読み取れないが、彼の言う通りきっと冗談なのだろう。
シエナはそう自分に言い聞かせながらも、なぜか泣きそうになってしまった。
「わ、私、お父様ともう一度話してくる。婚約の話は別として、アランを護衛から外すのは今すぐじゃなくてもいいはずだし」
「……そうですね。でも、無理はしなくて大丈夫です」
「無理なんてしないよ! すぐに戻ってくるから待ってて」
シエナは力の緩んだアランの腕から抜け出し、小走りで扉の前まで駆け寄る。錆び付いたハンドルにそっと手を掛けると、少し離れた場所から掠れた声がシエナの耳に届いた。
──シエナの名前を呼ぶ、アランの声が。
「シエナ嬢。貴女は本当に変わらないな」
「え?」
唐突な言葉に、シエナは振り返る。
アランは手を伸ばしても、ちょうど届かない距離に立っていた。
「どうかお幸せに。心からそう願っています」
「な、なに、急に……?」
真顔で言うものだから、シエナはまた声が震えてしまった。その場で足を止めたまま返す言葉に迷っていると、アランはテーブルの天板に置かれたままの勉強道具の残骸に目を向けた。
「戻ってきたら、勉強を再開しましょう。ここで待っています」
「う、うん……待ってて……」
普段と同じトーンで話すアランに疑念と安堵感を抱きつつ、シエナは再び視線を前へと戻す。そして振り返らずに自室を離れ、父を探そうと各場所を回った。
元いた客間から応接室、広間、居間、舞踏室、そして書斎まで。階段を上がる途中、弓状に張り出した出窓から東屋で休む父の姿が見え、シエナはすぐさま外へ向かおうとした──が、ふと足を止めた。
何だか、嫌な胸騒ぎがする。
今すべきは、父と話すことではない。一刻も早く自室に戻らなければ。
妙な焦燥感に駆られたシエナは元来た道を折り返し、歩き、急ぎ足で進み、最後には走っていた。途中、廊下ですれ違った義母に「はしたないから走るんじゃありません」と叱られたが、シエナは構わず部屋の扉を勢いよく開けた。
「アラン!」
何ですか、騒々しい。呆れたような顔でそう言ってくれるアランがきっといる。シエナの願いにも近い予想はあっけなく散っていった。
「……アラン?」
綺麗に整頓された机の上。
皺一つなく整えられた寝台のシーツ。
そして、シエナ以外誰もいない静寂な空間。
──ここで待っていると、確かに約束したアランの姿は、どこにもなかった。
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