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第二章 二度目の旅路

5-6 変化するということ

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 ステラ様が治療院を設立してから、半年後の、春。
 魔法騎士団と神殿騎士団の合同騎士団が、死の山に向けて行軍を始めていた。

 魔族の居所はまだ掴めていないが、おそらくこちらの出方を伺っている――或いは、新しい何かを準備しているのかもしれない。
 魔族が動くのを待っていては、いつまで経っても魔女の元に向かえないため、安全を確保した上で、行動に移すことにしたのだ。

 魔法騎士団が周辺を広く警戒しつつ、神殿騎士団は中央付近で、交代しながら強度の高い結界を張る。
 その中央には、十台近くにも及ぶ馬車が、連なっていた。

 ――そう。聖女が乗っている馬車だ。
 魔女の中に眠る、魔王の呪いを滅するために、灰の森へと向かっているのである。

 この日のために行軍訓練を積み、シミュレーションを重ね、死の山越えに必要な物資を揃え、準備万端で行軍にのぞんでいる。
 聖女たちは力の強い者、ペアの騎士と加護のイレギュラーが発生した者を中心に厳選し、各馬車に二組、ないし三組の聖女と騎士が乗っている。

 私とウィル様も、もちろんこの行軍に同行していた。
 ブランも当然のようについてきているが、先程腹ごしらえを済ませて、今はお昼寝中である。

「こうして灰の森へ向かうのは、一年半ぶりか」

「ええ、そうですわね。魔女様とシナモン様、クロム様も、お元気でしょうか」

「そっかぁ、クロムさんもいるんですよねぇ。久しぶりにお話できたらいいなぁ」

 馬車の中で、私とウィル様と一緒にしゃべっているのは、聖女マリィだった。
 彼女は、治療院や魔法石研究所に移ることなく、そのまま南の丘教会に在籍している。なんでも、マリィの父親が南の丘教会の神官長で、最近になって、なんだかんだと頼られ始めたのだそうだ。

 なお、マリィの横には神殿騎士が座っている。彼は私たちの会話に混ざろうとする様子はなく、ただ窓の外を眺めていた。

「クロム様は、死の山の手前、水竜の湖で待機してくれることになっています。あの湖は、獣も魔獣も近づかないので、野営をするのに最適なんですよ」

「あは、この人数じゃあ、街には泊まれませんもんねぇ」

「そういえば、教会と神殿騎士団の、新体制のことですが……」

「はいぃ。改革、うまくいっているようで、良かったですよねぇ」

 あれから、教会は大神官長のポストを空席とし、名も顔も知られている元神官長たちが大神官に就任。運営に関する報告を定期的に公開することで、以前に比べて格段に風通しの良い運営体制になった。
 治療による寄付金もかなり減ったが、所属する聖女や神官の数も減ったし、元通り慎ましやかな生活をすれば問題がない程度の資金繰りは、できているという。

「神殿騎士団の方もぉ、団長さんは変わらないんですけど、副団長さんに女性をお迎えしましたぁ。現場にもちょくちょく顔を出してくださるし、細やかなことによく気がつく方でぇ。まだ就任からそんなに経っていないのに、聖女たちからの信頼もあついんですぅ」

「ええ。ローズ・ガードナー嬢……いえ、もうご結婚されたんでしたね。ローズ・クラーク夫人の評判は、魔法騎士団でも、よく聞いています」

 神殿騎士団の新体制、その旗印となったのが、アシュリー様の妻となった、ローズ様だ。
 これまで神殿騎士団には女性団員が一人もいなかったのだが、彼女の実力、人望、そしてこれまで神殿騎士団に陰ながら貢献してきた、彼女とガードナー侯爵夫人の功績が評価され、副団長の座に就くことになった。
 彼女の就任をきっかけに、女性団員も少しずつ神殿騎士団に入団し始めたそうだ。

 なお、これまで魔族とガードナー侯爵に協力してきたのは、神殿騎士団長ではなく、元副団長だった。
 呪いにおかされていた大神官の一人と縁戚関係であり、コネでその地位に就いていたらしい。

 神殿騎士団長は、元副団長がガードナー侯爵と繋がっていたことは知っていたが、魔族や教会の闇については、把握していなかった。
 彼も、ローズ様や後任が育つのを見届けたら、近いうちに引退するのではないかというのがもっぱらの噂だ。

「神殿騎士さんたちにかけられていた制約魔法も、撤廃されましたぁ。今後は、聖女たちが『売り物』にされることも、待遇に差がつけられることもありません。護衛とか時間とかの条件は厳しいですけどぉ、申請すれば自由に街歩きをできるようにもなりますぅ」

「それは素晴らしいですね」

「はいぃ。街でお買い物したり、ご飯を食べたり。お友達ができたりするかもぉ」

 マリィは、いずれ自分が街中を自由に歩き回る日を想像しているのだろう。頬をふにゃりとゆるませている。

 安全さえ確保されていれば、聖女に自由を満喫してもらうことは、とても良いことだ。

 何を着て、何を食べ、誰と過ごし、どこへ行くのか、自分自身で決める。

 自由を奪われていた彼女たちには、いきなり全てを自分で決めるのは難しいかもしれない。
 けれど、自分の意思を持って行動する――それは聖女として、いや、人として成長するのに必要な、大切なこと。

「何かが変わるのって、怖いことも不安なこともあるけどぉ……ふふ、楽しみですねっ」

「ええ」

 変化を不安に思うのは、少しの間だけ。
 変わった後の日常が『当たり前』になって初めて、変わる前と比べて、良くも悪くも冷静にその変化を実感できる。

 楽しいこと、嬉しいことだけじゃない。傷つくこと、つらいことも起こるだろう。
 今まで考えもしなかった、予想外のトラブルに直面するかもしれない。

 けれど、変化したことが『当たり前』になったそのとき――結果的に、今よりたくさん笑っていられたなら、きっと、それでいいのだ。

 窓の外には、薄雲の散らばる、春の空が広がっている。
 やわらかな日差しを反射して、マリィのピンク色の瞳は、きらきらと輝いていた。
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