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第六章 魔女との邂逅

4-33 時を操る魔女

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 ウィル様は魔女の視線にひるむことなく、冷静に、背負っていた荷物を下ろす。
 そして、中から魔法石がたくさん入った布袋を取りだし、テーブルの上に広げた。

「お探しの物とは違うかもしれませんが、俺やミア、仲間たちで協力して用意しました。これで、代償を軽減してもらうことはできませんか」

「……ふむ、面白い物を持ってきたな。魔力や聖力を貯蔵できる石、か。元々呪力がこもっていたものを、聖なる力で置き換えたとみた」

「おっしゃる通りです」

 魔女はおもむろに、テーブルの上の魔法石を一つ手に取る。
 風魔法の込められている、緑色の魔法石だ。

「……ふむ」

 魔女が魔法石に触れると、純白だった魔女の髪が、わずかに緑色に光る。
 光が消えると、その毛先が淡い緑色に染まり、魔法石は透明な石に戻った。

「なるほどのう……うんしょっと」

 魔女はスツールから下りると、玄関の扉を開く。
 荒れた庭の前まで行って手をかざすと、その手からぶわりと風が吹き、庭の小石や小枝を吹き飛ばす。
 一陣の風が吹きすぎた後は、魔女の庭はすっかり綺麗になっていた。

「おお、これは便利じゃのう」

「あの……魔女殿。もしかして、貴女は、魔力が」

「ん? ああ、魔力という言葉でまとめるのならば、わらわには魔力がない。じゃから、願い事を叶えるためには、願った本人から魔力を貰い受けねばならぬのじゃ」

 魔女が代償に魔力を欲するのは、魔法を発動するための魔力を持たないからだったようだ。
 しかし、それならば、あたりに満ちている不思議な魔法の力は一体何なのだろう?

「――何故、貴女が魔力を持っていないのです? 貴女は、かつて魔王討伐の偉業を達成したうちの一人……全ての魔法を自在に操ったという、『賢者』なのではないのですか?」

「その呼び名、懐かしいのう」

 魔女は、懐かしそうに目を細めた。その表情は――寂寞せきばくだろうか?
 おおよそ、幼女には似合わない、侘しげな表情だった。

「――使い切ってしまったからじゃ。わらわは、わらわの願い事のために禁術を使い、わらわの身体に与えられた魔力を全て使い切ってしまった。魔力回路は残っているが、魔核が壊れてしまったから、魔力の自然回復も不可能なのじゃ」

「……貴女の願い?」

「この身の永遠じゃ」

 魔女は、自嘲的な、しかし寂しそうな笑みを浮かべる。

「しかも、それを維持するためには、願いを叶えたいと思う者を呼び寄せ、その生命を吸う必要がある。……ふ、利己的じゃろう?」

「……何故、そこまでして永遠を?」

「そこなウサギであれば、理由の一端がわかるのではないか?」

「きゅう?」

 魔女は、しゃがんで、ブランと目を合わせる。
 紅と紅、二つの視線が、交わった。
 ブランはよくわからないようで、その首を小さく傾げている。

「まあ、とにかく――」

 魔女は立ち上がると、再び家の中へ入り、石のスツールに座った。

「この石は面白いし、便利そうじゃ。大きな足しにはならぬが、これはこれとして、ありがたくもらっておこう。それよりも、そちの代償を軽減したいと願うのなら」

 魔女は、私に視線を向けた。

「――そこな女子おなごに手伝ってもらう方が、手っ取り早いのう」

「私が、お手伝いを? 何をすれば良いのでしょう」

「うむ。わらわに向けて、全力で『解呪アンチカース』を唱えてみてくれぬか?」

「……『解呪アンチカース』ですか? しかし、貴女には……」

「呪いの靄が見えない、じゃろう? まあ、良いからやってみてくれ」

「わかりました」

 私は、魔女に言われるがままに、ありったけの聖力を込めて、呪いを解く聖魔法を唱え始める。

「『解呪アンチカース』」

 魔法の完成と共に、聖なる白光が魔女を包み込んだ。

「――!?」

 私は、すぐに手応えの違和感に気がつく。
 ――これは、今までに解呪した弱い呪いとは別物だ。呪物や魔石のような、強力な呪いに対峙している時に似た感触である。
 魔女からは黒い靄が全く出ていないにもかかわらず、その身の中で聖力と呪力が拮抗し、闘っている。

「ふむ、なかなか良い線をいっておる……じゃが、まだ足りぬな。もうやめて良いぞ」

 私は、言われたとおり、聖魔法を止めた。

「……あの、あなたは一体」

「ふむ、そうじゃな――」

 魔女は、ほんの少しだけ考えるような仕草を見せると、ひとつ頷いて、告げた。

「そちの見立て通り、わらわは聖魔法の力を強く欲している。それから、わらわの得意な魔法は、時を操る禁術じゃ。ついでに言うと、わらわが二頭の竜とここに住み始めたのは、魔王がひとまず・・・・姿を消し、皆が王都に凱旋した頃じゃな」

「……つまり……?」

「あとは、そちらが見てきたもの、知った事実から、答えにたどり着くはずじゃ。……それより、山歩きをして、疲れたじゃろう? 詳しい話は明日にするとして、今日はもう休んでもらった方がいいのう」

 魔女は含むように笑ってそう告げると、再びスツールから下りる。

「こっちじゃ、ついてこい」

 魔女は奥の部屋へと案内してくれた。
 扉はないものの、壁で大部分を仕切られている。

 中は、意外にも綺麗に整えられた寝室だった。
 そこには、ベッドが一台と、ソファーが一脚、それと小さな石製のテーブルが置かれている。

「すまんのう、客用の寝台は一つしかないのじゃ。あとは……ああ、そこに古いソファがあったのう。あと二人は、すまぬが床で我慢してくれ」

「あの……」

「ああ、宿代は気にするでない。後で掃除を手伝ってくれればチャラにしてやるのじゃ。それに、そちらに危害を加える気もない。安心して休むが良いぞ」

「……ありがとうございます」

 私たちが魔女にお礼を言うと、魔女は後ろを向いたまま手をひらひらさせて、部屋から出て行ったのだった。

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