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第三章 繋がりゆく縁
3-18 宰相補佐官と魔法師団長
しおりを挟む王太子殿下が応接室から出て行き、私たちは改めて挨拶を交わすことになった。
こちらの代表は、魔法師団長のシュウ様。豪華な刺繍が施された紫紺のローブを身に纏う、黒髪黒目の涼やかな風貌の男性だ。
対するは、宰相補佐官のアシュリー様。ライラックの髪色とバイオレットの瞳で、眼鏡をかけた知的な男性だ。この国の宰相、クラーク公爵の子息である。
アシュリー様は、私たちにソファに座るよう促すと、自らも腰を下ろした。どうやら、「時間がない」というのは先程出て行った王太子殿下の話であって、アシュリー様は今回でしっかりと話を纏めるつもりのようである。
「さて。どこから話をつめましょうか」
アシュリー様は、ずっと手に持っていた分厚いファイルをテーブルに置き、白紙のページを開く。さらに、羽根ペンを一本取り出すと、魔力を流し込んだ。
この羽根ペンは、自動的に書記をしてくれる魔道具なのだ。以前、お父様や家庭教師の先生が使っているのを見たことがある。
魔力の供給を受けた羽根ペンは、アシュリー様が手を離しても、白いページの上にとどまっている。
「宰相補佐官の立場から言わせてもらうと、この件に関しては問題が山積……というより、問題しかありません。特に貴女のお立場に関して」
眼鏡の奥の怜悧な視線が、私を射貫く。私が思わず胸の前でぎゅっと手を握ると、ウィル様がすぐに私の腰を抱き寄せた。
アシュリー様は、はあ、と大きくため息をつく。
「オースティン殿、そんなに鋭い目で睨まれても、私にはどうにもできませんよ。私は彼女やエヴァンズ子爵を裁く権限も、赦す権限も、何一つ持たないただの事務官なのですから」
「……申し訳ありません、クラーク殿」
「アシュリーで結構です」
家名で呼ばれたアシュリー様が、一瞬、顔を嫌そうにしかめたのを、私は見逃さなかった。
もしかしたら、家族と折り合いが悪いのだろうか――と思ったのだが、アシュリー様はすぐにフォローを入れる。
「――当家の者は皆こちらに勤めておりまして、家名で呼ばれるとややこしいもので」
「承知しました。でしたら私のことも、どうぞウィリアムとお呼び下さい」
「ええ。お言葉に甘えさせていただきます。貴女は……今はいいとして、普段は偽名でお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いえ。ミアで結構ですわ」
私は社交の場にほとんど出てこなかったので、家名さえ名乗らなければ、私がエヴァンズ子爵家の令嬢だと気づく者は少ない。
ウィル様と一緒に行動することで気がつくことがあるかもしれないが、研究員の格好をしていれば、ぱっと見て私だと考える者はほとんどいないだろう。
私の返答に、アシュリー様も、シュウ様も頷いた。
「さて、話を戻しましょうか。それで、ミア嬢――貴女のお立場についての問題でしたね。それに関しては、正直かなり頭の痛い問題ではあるのですが、王太子殿下のご意向がありますので、私としてはひとまず保留とさせていただきたく思います」
「よろしいのですか?」
「ええ。外面的にはよろしくはありませんが……私が忠誠を誓っているのは、王家であり王太子殿下です。法律に対してではありませんし、間違っても、教会に対しての忠誠でもありません。そしてもう一つ言えることは――王太子殿下も私も、現在の教会の体質を、憂いているということです」
もちろん私もだ、とばかりに、シュウ様が大きく頷いた。
ここにいるメンバーも、王太子殿下も、今の段階ではエヴァンズ子爵家をどうこうするつもりはなさそうで、私はひとまず安堵した。
アシュリー様は、私の方を向いて、淡々と……だが、少し目元を和らげて、告げる。
「エヴァンズ子爵に関してですが。魔石の研究で大きな結果が出れば、ある程度減刑をすることも可能かと思います。妥当なのは、罰金、もしくは奉仕活動でしょうか」
アシュリー様が指をくるりと回すと、魔道具の羽根ペンがひとりでに動きはじめた。議事録をさらさらと記していく。
「しかし、結果が芳しくなければ、爵位や領地の返上といったことにもなりかねません。ぜひ王太子殿下のご期待に添う結果を出して下さることを願います」
「はい。もちろんです」
「良い返事です」
私がしっかり頷くと、アシュリー様は満足そうに、ほんの少し口角を上げた。
「それで……シュウ。魔法師団からの要望は、ありますか?」
「魔法師団としては、困難なのが、原料となる魔石の入手だな。現在は倉庫に保管されている在庫品を使用して研究を進めているが、元々は冒険者ギルドから買い上げているものだ。急に量を増やすと怪しまれる可能性がある。それから……一番の問題は、隙あらば私に張り付いている、魔法師団の暇人どもだな」
シュウ様が要望を伝えると、アシュリー様は難しい顔をして、ふむ、と唸った。
「冒険者ギルドと、魔法師団の幹部団員ですか……どちらも厄介ですね」
「ああ。今のところ、奴らに魔道具研究室の動きは悟られていないようではあるが……何かひとつでも問題が起きたら、総出で魔法師団長の地位から引きずり下ろされそうだ。そうなる前に、魔道具研究室が独立して動けるよう便宜を図っておく必要がある」
「ふむ、なるほど……魔石の入手先については、こちらでなんとかしましょう。王太子殿下の承認があれば、予算も追加で下りるはずです。その予算から魔石を購入し、魔法師団上層部を通さずに魔道具研究室へ直接納品するよう、密かに手配することも可能かと。ただ、魔法師団内部の問題については……」
「わかっている。私が解決せねばならないことだよな。すまない、アシュリー」
「いえ。シュウ、貴方も難しい立場ですからね」
「お互い様だな」
アシュリー様とシュウ様は、二人で同時にふう、とため息をついた。
「それより、お前も、婚約者殿を通じて二重スパイをしているんだろう? 大丈夫なのか?」
「ええ、そちらは問題ありません」
アシュリー様は、自信たっぷりに、片方の口角を上げる。そして、はっきりと告げた。
「――私の婚約者、ローズ・ガードナーは、賢く強かな女性ですから」
「「ガードナー!?」」
私とウィル様は、意外な名前が出てきたことに驚き、思わず同時に声を上げてしまったのだった。
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