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第一章 デートから始まる長い一日

2-4 氷麗の騎士にすっかり翻弄されています

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 その後も私たちはデートに見せかけた呪物探しを続けたものの、結局見つけることができたのは、宝飾店に置かれていたブレスレットだけだった。
 ただ、街を歩く人たちが黒い靄に侵されているのを、時折見かけた。
 しかし、当然、話しかけることもできない。私はかなり歯痒い思いをしたのだった。

「……教会も、聖女様たちにこうして街歩きを許可して差し上げれば良いのに。そうしたら、呪いを早く見つけて解呪できるのに……」

「ミア……」

 帰りの馬車でぼやく私に、ウィル様は心配そうな視線を向ける。

「……もう、そんなに心配なさらなくても、声をかけたりしませんわよ。今日だってちゃんと我慢したでしょう?」

「俺はベイカー男爵の件、忘れてないよ」

「そっ、それは、その……ごめんなさい」

 ベイカー男爵は、私が聖女の血を引いていることに気づいたきっかけとなった人である。
 そういえば、半年ほど前に呪いに侵されていた男爵を見て以来会っていないが、彼はどうなったのだろうか。あれからちゃんと、教会へ行ってくれただろうか?

「――おや? 噂をすれば、あそこに停まっているのは、ベイカー男爵家の馬車ではないか?」

「あら、本当だわ」

 ウィル様の言った通り、エヴァンズ子爵家の敷地内には、ベイカー男爵家の家紋が入った小型の馬車が停まっていた。

「まだ邸内にいらっしゃるかしら」

「丁度良い。俺も一緒に行って、骨董品店で買ったという指輪の話を聞いてみたいんだが、良いかな?」

「ええ、私も呪いを確認したいですし、構わないと思いますわ」

 ウィル様に手を貸してもらって馬車から降り、出迎えてくれた執事に、ベイカー男爵に挨拶をしたい旨を伝える。
 幸い、もうすぐお父様との話も終わりそうとのことで、ウィル様とよくお茶をするテラスガーデンで待つことになった。


 ダイニングルームに隣接するテラスガーデンには、白いガーデンテーブルと、ペアのガーデンチェアが置かれている。
 ウィル様は椅子を引いて私を座らせると、自らも向かい側に腰掛けた。

 中途半端な時間だからだろう、ダイニングルームの窓にはカーテンが引かれていて、人の気配もしない。
 日が高い時間には上にシェードがかけられているのだが、今はもう畳まれていて、開放感がある。
 まだ暗くはないが、直接日光が当たらない時間になっているため、テーブルの上には小さなキャンドルが置かれていた。

 白木のタイルのすぐ向こう側には、春の花がぽつりぽつりと開き始めている。
 もう少し季節が進めば、黄色やピンクが目を楽しませ、甘い香りで包み込んでくれることだろう。

「ミア、今日はありがとう。とても楽しかったよ」

「お礼を言うのは私の方ですわ。可愛らしいワンピースドレスに、綺麗なブローチに、それに話題のお菓子までいただいて」

「ふふ。ミアの喜ぶ顔が見られて、嬉しかったよ」

 ウィル様は、甘い笑顔を浮かべて、私の頬に手をのばす。
 片方の手で私の頬を優しく包むと、愛おしそうに目を細めた。
 私は、自分の頬に触れている手に自らの手をそっと重ね、微笑み返す。

 と、その時。

 頭上から「ひゃあ」と小さな悲鳴が聞こえてきて、私とウィル様は手を離し顔を上げる。
 声が聞こえた方を見上げると、私の前方、ダイニングの斜め上にある部屋の窓が開いていた。

「後ろからやたら刺すような視線を感じると思ったけれど、あの部屋か」

「……マーガレットの部屋ですわ。見ていたのね、気づかなかったわ」

 普段と違ってシェードが畳まれているために、このテラスはマーガレットの部屋から丸見えだっただろう。
 いつもの場所だったから気が抜けていたのか、窓が開いていることに全く気づかなかった。

「マーガレット嬢は、よく窓の外を眺めているみたいだな。俺がここを訪ねるたびに、殺意のこもった熱視線を送られていたよ」

「まあ、そうなのですか? あの子ったら、よく言って聞かせないと」

「いや、いいんだ。こう言っては悪いが、聞くような性格じゃないだろう? マーガレット嬢にも、俺たちの仲を見せつけてやればいい」

 歯に衣着せぬ物言いに、私はくすりと笑いをこぼす。
 ウィル様もよく理解しているようだ。

「まだちらちら窺っているようだな」

「よくわかりますわね。後ろに目でもついているのですか?」

「これでも魔法騎士の端くれだからね。自分に向けられる気配や視線には敏感なんだ」

 そんなことを言いながら、ウィル様は私の頬に再び手を伸ばしてくる。

「……どう? 今なら、不仲説を払拭できるチャンスだけど」

 妖艶に微笑むウィル様の指先が、頬から滑り、私の唇に触れる。

「――っ」

 ……ずるい。
 マーガレットが見ているのにキスなんて、恥ずかしすぎる。
 けれど、断ったら、マーガレットはやっぱり私たちが不仲なのではと曲解するだろう。

 ウィル様は、ただ甘やかに微笑んでいる。
 私を柔らかに見つめる新緑オリーブグリーンの瞳は、熱を帯びて、妙に色っぽい。

 私は、覚悟を決めて、ギュッと目を閉じた。
 ウィル様の吐息がかかり、その距離が少しずつ近づいてくるのがわかる。

 そして――

「……残念。時間切れ」

 ウィル様は至近距離でそう囁いて、あっさり離れていった。
 私が目を開けたのと、後ろ側から「ベイカー男爵のご準備が整いました」と執事の声がかかったのは、ほぼ同時だった。

「すぐに行きます」

 何事もなかったかのようにそう答えるウィル様は、もうすっかりいつも通り、涼やかな顔になっていた。
 対して、私の顔は、蒸気が吹き出しそうに熱くなっている。すぐには執事の方を向けそうになかった。
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