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第16話 目覚め

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「――セラっ!」

 ロイドとダブの二人に遅れること数分。
 ジーンはリチャードに肩を貸してもらい、まだ重たい体を引きずりながら、ようやくセレーナの病室に到着する。
 大切なひとの名を呼びながら部屋に入ると、そこには――、

「ジーン……」

 夕焼けに照らされ、オレンジ色に染まる病室の中。
 ロイドに背中を支えてもらいながら、ベッドの上に起き上がっている、セレーナの姿があった。

「セラちゃんが、起きたの! セラちゃんがぁ、起きたのっ!」

 ダブは泣きそうな顔をしながら、そう繰り返している。セレーナが目を覚ましたことが、よほど嬉しかったのだろう。

「急変したのかと思って、焦りましたよ。無事に目覚めて、良かったです。……ええと、どこまで話しましたっけ? 痺れはまだ残っていると思いますが、他に違和感や痛みはありませんか?」
「大丈夫です」

 普段通りの柔和な笑みで答えるセレーナの姿を見て、ジーンは、足から力が抜けてしまった。隣にいたリチャードが、急いでジーンを支え直す。

「ジーン、大丈夫? まさか、あの後どこか刺されたとか」
「……いや……安心して力抜けただけ。セラが無事で、本当に良かった」

 セレーナとジーンが、見つめ合う。浮かんでいるのは、ほんのりとした微笑み。二人の視線は絡み合い、砂糖菓子のような、どこか甘い空気が流れている。

 それを察知したロイド、ダブ、リチャードの三人は、互いに顔を見合わせ、アイコンタクトをする。
 ダブはセレーナの背中にクッションを入れ、ロイドが支えていなくても起き上がっていられるように調整。リチャードは、セレーナのベッドの隣に置かれていた椅子に、ジーンを座らせた。

「後でまた様子を見に来ますね。なにかあったら、そこのベルで呼んで下さい」

 三人は、病室から出て扉を閉めた。
 細長く伸びた影が二人分だけ、オレンジ色に染まる壁に、取り残される。

「……ありがとな、みんな」

 ジーンは小さく感謝を告げると、金色の瞳を柔らかく細めた。ここでは、眼鏡も、怪盗の仮面も、何一つ必要ない。

「セラ……俺のこと、助けてくれてありがとう」
「ううん。あなたが無事で、本当に良かった」

 ジーンは、布団の上に置かれていたセレーナの手に、自らの手を重ねる。あたたかくて小さな手だ。
 白くて細くて柔らかいのに――どうしてこんなに強いのだろう、とジーンは思う。

「俺があんたのことを助けるって、あれだけ言ってたのに……結局俺がセラに助けられちまったな」
「そうじゃないよ。ジーンだって、わたしを助けてくれたじゃない」
「いいや。応急処置もまともにできずに、結局毒にやられて、おねんねしちまった。俺、悔しいよ」
「……あのね、ここだけの話」

 セレーナは、悪戯っぽく微笑み、唇に人差し指を当てる。

「ジーンがすぐに毒を吸い出してくれたから、わたしの症状が重くならずに済んだんだって。でも、ジーンに教えたら、また同じことして危ない目に遭うかもしれないから、伝えてないんだって……ジーンが来る前に、ロイド先生がそう言ってたよ」
「……そうか」

 自分の不注意が招いた事態ではあったが、その後の行動が完全に間違っていたわけではないと知り、ジーンの気持ちは少しだけ軽くなる。

「でも、同じことがまたあっても、次は絶対にやっちゃだめだからね。今回のは命に関わる毒じゃなかったから良かったけど、本当に危ないんだから」
「ああ、わかってる。というか、次なんてねえよ。もう二度と、セラに傷をつけさせることも、毒を盛らせることも、絶対にしない。セラは俺が守る――約束する」
「うん……ありがとう」

 セレーナは、嬉しそうに頬を染めた。

「――でも、もうひとつ約束して」
「ん? なにを?」
「ジーンも、危ないことしないって。わたし、ジーンが傷ついたりつらい思いをするの、嫌だから」
「……ああ」

 自分だって危ない行動を取っておいて、よく言う。まあ、ジーンもセレーナのことは言えないが。

「それはお互い様だろ。セラだって、俺を庇うなんて……。あんたも、もう二度と、危ないことするなよ」
「ジーンが危ないことしなかったら、ね」
「じゃあ俺も、セラがいい子にしてりゃあ約束してやる」

 同時にふふ、と笑い、ジーンとセレーナは、小指と小指を絡め合う。

「セラ」

 ジーンは小指を離すと、セレーナの頬に手を優しく添えた。
 眼鏡をかけていなくても、夕焼けに照らされた金色の瞳は、琥珀に近い輝きを放っている。
 ――あたたかくて、燃えるような黄金色だ。

「愛してる。この世界の何よりも、誰よりも」
「ジーン……」

 真っ赤に染まる二人の頬は、西からの日差しによるものか、それとも――。

 ジーンとセレーナの顔が、少しずつ近づいてゆく。

「わたしも……あなたが好き」

 そうして、二人の影が、ゆっくりと重なった。





 二人の身体を蝕んでいた毒は、ロイドの調合した薬の効果もあって、一日足らずで完全に抜けた。
 念のためもう一日入院したが、二人とも後遺症もなく、無事に退院することになった。
 セレーナの腕についた傷も、ロンググローブで隠せる位置だ。しばらくすれば、跡も残らず消えるだろう。

 ロイドとリチャードとは診療所で別れ、セレーナとジーンとダブの三人は、国境の関所ゲートがある街を目指した。


 馬車でゆったりと移動し、街へと到着した翌日。

 今日は、国境の街で国交正常化を祝う式典が開かれる日だ。

「セラちゃん、とっても可愛い。似合ってるよ」
「ええ。本当にお綺麗ですわ」
「素敵でございますよ」
「……ええと……うーんと……」

 セレーナはなぜか、ジーンに迎賓館へと連れて行かれ、控え室で豪奢なドレスを着せられていた。頭の中には、いまだにはてな・・・が浮かびっぱなしである。

 セレーナの着付けとお化粧をしてくれている二人のメイドも、ジーンからの依頼で派遣されてきた人たちらしい。メイドたちは相当のベテランで、ダブはすることがなくなり、部屋の端で鼻歌を歌っていた。

 たった今着付け終わったドレスは、光沢のあるブルーのドレスである。
 ドレスを飾るビジューはイミテーションではなく、本物の宝石だ。ふんだんに使われた輝石が、きらきらと陽光を反射している。
 贅沢に縫い付けられているレースは、ひとつひとつ編み方を変えているらしく、非常に複雑なデザインだ。要所要所には、熟練の職人の手によって、丁寧な刺繍が施されていた。

「こ、こんな素敵なドレス、初めて着たよ。大丈夫かな」

 実母が生きていた頃、伯爵令嬢として大切にされていた頃にも、セレーナはこんなに豪華なドレスを着たことはない。侯爵……いや、公爵レベルの家柄の令嬢でないと、着られない代物だろう。

「うんうん、ジーンもきっとびっくりするよ」
「ええ。お肌もお綺麗ですし、御髪も素敵なお色味です。まるで絹糸のようですわ」
「瞳もエメラルドのように美しく、ため息が出るほどですわ。まさに王国の至宝でございます」
「そ、そんなに褒められても困ります……」

 派遣されてきたメイドたちは、満面の笑顔を浮かべて、口々にセレーナを褒めそやす。
 ドレスが褒められているのであれば、セレーナも首がもげるほど頷くのだが、自分自身が褒められるとどう反応していいのかわからない。

「さて、あとは仕上げでございますね。ゴールドのピアスと、ネックレス。それから、指輪……あら、指輪は?」
「私はお預かりしておりませんが」
「あ、指輪なら、ジーンが持ってるよ」
「左様でございましたか」

 メイドたちはピアスとネックレスをセレーナにつけると、全身を見て、満足したように頷く。

「これで全てでございます」
「もうよろしいですね。殿下をお呼びして参ります」
「え?」

 メイドたちはそう言うと、深く礼をして、下がっていった。

「でんか? 今、殿下って言った?」

 セレーナは、聞き間違いかと思い、ダブに確認をする。

「うん、言った」
「え、やだ、偉い人に会うの? どどどどうしよう、わたしそんなの聞いてないんだけど」
「大丈夫だよ、落ち着いて」

 殿下とは、王族につける敬称だ。落ち着けと言われても、突然のことに頭が追いつかない。
 セレーナが、子どもの頃にマナーの授業で習った内容を必死に思い返していると、ノックの音が聞こえてくる。

「ユージーン殿下をお連れしました。よろしいでしょうか」
「どうぞー」

 メイドの声がかかり、ダブが答える。セレーナはしゃんと背筋を伸ばし、頭を軽く下げた。
 ゆっくりと扉が開くと、聞こえてきた声は――、

「セラ。準備はでき……っ!?」

 なぜか言葉の途中で止まってしまった、ジーンの声だった。

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