上 下
5 / 28
本編

5. Bridge

しおりを挟む


 私は、優樹と正式にお付き合いすることになった。

 修二と朋子に騙されてタイムリープしてからは、恋愛に積極的になることはできなかった。
 でも、もしも誰かと付き合うなら、私の気持ちに寄り添ってくれて、推し活を理解してくれる彼氏がいいなあなんて思っていたけれど……それどころか、推しの対象が彼氏という、夢みたいな状況である。

 タイムリープしてから、私は本当に幸せだ。
 優樹に、masQuerAdesマスカレードのメンバーも紹介してもらった。

 真面目で大人しそうな男性は、高校時代、隣のクラスだった琢磨くん。ドラムの侯爵マーカスである。
 全身ブランド物で固めている、いいところのお坊っちゃまみたいな、キザな男性は竜斗りゅうとくん。ギターの士爵ナイトで、ご家族がmasQuerAdesのスポンサーをしてくれているらしい。
 背が高く線の細い、ウルフカットの美人は、陽菜ひなさん。優樹の通う専門学校の先輩で、ベースの男爵バロンだ。男爵バロンが女性だったなんて、思いもしなかった。


「俺の彼女、愛梨だ。仲良くしてやってくれ」

「あれ、きみ、ファンの子だよね? 優樹、ファンの子に手を出したのかい?」

「あー、確かに愛梨は俺たちのファンだけど、そうじゃなくて」

 優樹が私を紹介すると、竜斗くんが怪訝な目で優樹を睨んだ。優樹はすぐさま否定する。
 そこに助け舟を出したのは、琢磨くんだった。

「あ……僕、知ってる。高校の時、優樹と同じクラスだった子……」

「そうそう、琢磨、覚えてたか。俺、あの頃からずっと愛梨に片想いしてたんだよ」

「へえ、だからなのね。あのね、愛梨さん、コイツ、専門学校ですっごいモテるのに、片っ端から全部断ってるのよ」

「な、何言ってんだよ、陽菜先輩! 愛梨に変なこと吹き込むなよ」

「いいじゃない、一途で素敵よ。愛梨さん、可愛い子じゃない。大事にしてあげなさいよ」

 そう微笑んで私の頭を撫でる陽菜さんは、頼れるお姉さんという感じだ。

「あーいいねえ。ボクだけじゃないか、恋人がいないの。ボクの高貴なオーラに見合う女性は中々いないものだねえ」

 竜斗くんが、わざとらしく髪をかき上げて、キザなオーラを振りまく。……ちょっとペラい。

「竜斗は無理ね。少しは琢磨の真面目さとか優樹の誠実さを見習いなさいよ」

「いいのさ、ボクの恋人はギターなのさ」

 訂正する。だいぶペラい。
 もし、最推しが士爵ナイトだったら、素顔を知ってちょっと引いていたと思う。

「……真面目すぎるのも、どうなんだろ。……僕、ちゃんと恋人できてるのかな。最近、ちょっと自信がないんだ……」

「あら? 何かあったの?」

 琢磨くんは、何やら沈んだ表情をしている。陽菜さんが心配して、琢磨くんに声をかけた。

「……うん……ちょっとね。最近、朋子ちゃん、なかなか会ってくれないんだ……。バイトを辞めて金欠だから、正直助かってるんだけど……寂しい……」

「え? 朋子? あの朋子じゃないよね?」

「……あの朋子ちゃんだよ……高校の時の同級生の……」

 私は、琢磨くんの口から出た朋子の名前に、反応した。
 タイムリープ前、朋子は、五年間ずっと修二と付き合っていたはずだ。

「ねえ、優樹……私、優樹に再会した時、言ったよね? 朋子と修二のこと」

 私は、他の人に聞こえないよう、優樹の耳元に口を近づけて、問いかけた。
 優樹も、察してくれたのか、小声で返事をする。

「ああ、琢磨にも言ったぞ。でも、琢磨が朋子に直接聞いたら、もう修二とは別れたって」

「……それ、多分、嘘だよ」

「……マジか」

 私は、タイムリープのことを優樹に話していない。
 確証はないけれど、琢磨くんも、タイムリープ前の私と同じことをされている。
 修二と朋子を放っておいたら、他にも被害に遭う人が増えていくのではないか。

「優樹、あとでちゃんと話すけど、修二と朋子はずっと付き合ってて、お互いの浮気を容認してるの。二人は……お金目当てに、真面目そうな異性に声をかけて、付き合うフリをしてるの」

「……どういうこと?」

「――あとで、二人の時に話すよ。でも、琢磨くんがバイトを辞めた途端に会ってくれなくなったのなら、辻褄も合う。琢磨くん、朋子にお金を貸したりしてるんじゃないかな? で、貸したお金、返ってきてないはずだよ?」

「うわ、マジかよ……」

 優樹は、臭いものを嗅いだみたいな、心底嫌そうな表情をする。
 他の三人がこちらをチラチラ窺っていることに気付いて、私は優樹から体を離した。

「お熱いねえ」

「ちっ、ちが、違くないけど、えっと、その」

 優樹は顔を真っ赤にしている。私も顔から火が出そうだ。

「そっ、それより、琢磨! お前、朋子に金を貸したりしてないだろうな?」

「え……確かに、少し貸したけど……どうして?」

「やっぱり……」

 私と優樹は、顔を見合わせて頷いた。

「これから話すこと、琢磨くんにはショックだと思うんだけど、よく聞いて。実はね……」

 私は、確証はないけれど、修二と朋子が二人で共謀して、そういうことをしていると明かした。
 私自身が体験したことも、私の友人の体験ということにして、打ち明ける。

 琢磨くんは、思い当たることがたくさんあるようで、真っ青な顔をしていた。
 優樹も、かなりショックを受けているようだ。
 陽菜さんと竜斗くんは、逆に顔を赤くして怒っている。

「その二人、許せないわね。二人のこと調べたら、もっとたくさん被害者が出てきそうじゃない?」

「ボクの家と付き合いのある探偵に調べさせてみようか」

「いや、そこまでするのは……」

「愛梨ちゃん。今聞いた限りでは、そこまでするような内容よ。放っておいたら、もっと酷い目に遭う人たちが増えていくのよ」

「そうさ。ボクの美学にも反するよ。きみが何と言おうと、乗り掛かった船だ。探偵に依頼を――」

「……ちょっと待って……」

 憤慨する陽菜さんと竜斗くんを止めたのは、朋子の被害者である琢磨くんだった。

「……僕、探偵に依頼するんじゃなくて、自分の目で確かめたい。お願い、少し待って……」


 私たちはその日はそれで解散し、優樹は私を自宅まで送り届けてくれた。


 二人になって、私は、今まで優樹に話していなかった秘密を話した。

 修二と朋子に騙されて身投げし、タイムリープしたこと。
 タイムリープする前から、masQuerAdesのファンだったこと。
 これからは推しのために生きようと決意して、ライブを見に行くようになったこと。
 そして、その翌日に、優樹と再会できたこと――。

 優樹は、最初は信じられないと思っているようだった。
 けれど、優樹とmasQuerAdesのおかげで今はすごく幸せだと伝えると、嬉しそうに笑って、「信じるよ」と言ってくれたのだった。

「あのね、優樹。私、優樹にも、masQuerAdesにも、本当に感謝してる。今の私があるのは、全部優樹のおかげなんだよ」

「愛梨……」

「優樹。私に生きる力をくれたのは、あなたなんだよ。ありがとう――大好き」

「――!」

 その日、私たちは、初めてキスをした。
 本当に好きな人との、はじめての、両想いのキス。
 それは綿菓子みたいに甘くて、ふわふわして、夢のように幸せだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

My Angel -マイ・エンジェル-

甲斐てつろう
青春
逃げて、向き合って、そして始まる。 いくら頑張っても認めてもらえず全てを投げ出して現実逃避の旅に出る事を選んだ丈二。 道中で同じく現実に嫌気がさした麗奈と共に行く事になるが彼女は親に無断で家出をした未成年だった。 世間では誘拐事件と言われてしまい現実逃避の旅は過酷となって行く。 旅の果てに彼らの導く答えとは。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...