138 / 154
終章 虹
第135話 「強くなった理由」
しおりを挟む
私とティエラが西塔に軟禁されてから数日。
あれからセオは、毎日朝と夕方に顔を見せに来てくれた。
セオはどうやら、聖王から私たちの世話をするように命令されているらしい。
体調を確認したり、足りないものがないか聞いたり、事務的なやり取りをした後に、少しだけ二人で過ごす時間を取ってくれる。
重要な情報は手紙でやり取りをして、読み終わったら見つかる前に暖炉に焚べるという方法を取った。長く滞在しすぎると怪しまれるためだ。
ちょこっと話をするだけで滞在時間が終わってしまうので、少し寂しくもあったが、それでも私は、セオが元気そうな姿を見て安心できたのだった。
ファブロ王国の王都にいる黒猫の妖精ノラから、ハルモニア王妃に連絡が入ったのは、雨の降る午後のことだった。
しっとりと草花を濡らす雨のにおいに、外に出られる訳でもないのに、少しだけ憂鬱になる。
「ヒューゴたちが王国を出発したってよ。罪人二人も護送してくるそうだ」
フェンが話をする横に座り、ハルモニア王妃はフェンの白い毛に覆われた背中を撫でている。
私たちが彼女と直接言葉を交わすことはないが、涼やかな見目に反してその立ち振る舞いは常に優しく穏やかだ。
ほんわりと場が和むような安心感がある、不思議な人である。
「あと、ベルメール帝国にいるアシカの妖精、ししまるからも連絡が入ってる。ベルメールの皇帝も、すでに数日前に帝都を出発してこっちに向かってるらしい」
「そっか……もうすぐ三国のトップが揃うのね」
ヒューゴは正確にはまだ王太子だが、ファブロ王国の国王は眠ったまま、いまだ目を覚まさない。実質、ヒューゴが国のトップだ。
「で、あたいたち、どうすればいい?」
魔女ティエラは相変わらず眠そうな目をこすりながら、フェンに問いかける。
「国の要人が揃っている間は、聖王も大神官も動けない。その時を見計らって、城を出るぞ。メンバーは俺とハル、パステル、ティエラ、セオだ」
「城を出て、どこに?」
「『世界樹』だ。根を通って、ベルメール帝国のエルフの森にある『大海樹』に行く。ティエラ、いけるな?」
「うん、あたいに、まかせる。出口の準備は、済んでるか?」
「ああ、抜かりねえぜ。すでにメーアも帝都に向かってるし、アルバートもメーアに会いに行くっていう名目で帝都に出発してる。アルバートとメーアがエルフたちに事情を説明してくれる手筈だ。準備が終わり次第、ししまるから連絡が来ることになってる」
アルバート王子は聖王マクシミリアンとハルモニア王妃の息子で、メーアの婚約者である。
ハルモニアのエルフの血を色濃く受け継いでいるらしく、帝都を訪れるたび、メーアを無視してエルフの森で過ごしていたらしい。
メーアはそのことでアルバートを怪しんでいたし、寂しい思いもしたようだ。
だが、帝都から聖王国へ向かった際に馬車の中で根気強く話をして二人は和解し、さらにはアルバートとハルモニアの親子関係も一歩前進したようである。
「あとはセオがしくじらなけりゃあ平気だろ。セオにつけてる花の妖精からの連絡では、なんだかんだ上手くやってるようだ。心配ねえと思うぞ。ところで――」
フェンは、長い毛に覆われた尻尾をゆっくりと左右に振ると、口調を柔らかくして続ける。
「あいつ、だいぶ変わったな。感情がなかった頃は脆いガラス細工みてえな奴だと思ってたが、随分逞しくなった」
「ええ。色々、あったからね」
「――守りてえものが見つかったんだな。あの頃のノラと同じだ」
フェンは顔を上向かせ、過去に思いを馳せている。
ノラの過去は詳しく聞いていないが、ノラとフェンの間にも色々あったみたいだ。
「なあ、パステル。昔、感情を失ったばかりの頃のセオの話に――興味あるか?」
「セオの……?」
「ああ。カイとノラがセオを連れ帰ってきてから、この城であいつがどうしてたか。お前にだったら、俺が知ってる範囲で話してもいいぜ」
私は、逡巡した。
好きな人の過去に、興味がないはずがない。
正直に言って、すごく聞きたい。
けれど――
「ううん、聞かないでおくわ。ありがとう、フェン」
聞くのなら、セオから直接聞きたい。
セオにとって知られたくない話があるかもしれないからだ。
私は、セオが過去を思い返して、悩んでいたことを知っているから。
あれは、そう――地の精霊の力を求めて、帝都から聖王都へ向かっていた時。
馬車の中で、セオは気持ちを吐露してくれた。
セオは感情を失っていたために『出来なかったこと』『気づけなかったこと』を、深く後悔していたようだった。
だから、人づてに聞くのは不誠実だし、何か違う気がする。
「私は、セオのことに、先入観を持ちたくないのよ。自分で聞いて、自分で考えて、自分の心で感じたいの」
「……そうか」
好きな人のことなら、なおさら。
私が、その心の一番近くにいたいから。
「あいつが強くなった理由が、わかった気がする。はっはっ、やっぱお前ら、面白いぜ。ハルとカイ以外にも、面白ぇ人間はいるもんだな」
フェンはひとしきり笑うと、ハルモニアに何かを聞かれ、妖精の言葉で返事をした。
話を聞くうちにハルモニアの目が輝いてきて、私に満面の笑みを向ける。
私はなんだか照れくさくなって、曖昧に微笑み返したのだった。
あれからセオは、毎日朝と夕方に顔を見せに来てくれた。
セオはどうやら、聖王から私たちの世話をするように命令されているらしい。
体調を確認したり、足りないものがないか聞いたり、事務的なやり取りをした後に、少しだけ二人で過ごす時間を取ってくれる。
重要な情報は手紙でやり取りをして、読み終わったら見つかる前に暖炉に焚べるという方法を取った。長く滞在しすぎると怪しまれるためだ。
ちょこっと話をするだけで滞在時間が終わってしまうので、少し寂しくもあったが、それでも私は、セオが元気そうな姿を見て安心できたのだった。
ファブロ王国の王都にいる黒猫の妖精ノラから、ハルモニア王妃に連絡が入ったのは、雨の降る午後のことだった。
しっとりと草花を濡らす雨のにおいに、外に出られる訳でもないのに、少しだけ憂鬱になる。
「ヒューゴたちが王国を出発したってよ。罪人二人も護送してくるそうだ」
フェンが話をする横に座り、ハルモニア王妃はフェンの白い毛に覆われた背中を撫でている。
私たちが彼女と直接言葉を交わすことはないが、涼やかな見目に反してその立ち振る舞いは常に優しく穏やかだ。
ほんわりと場が和むような安心感がある、不思議な人である。
「あと、ベルメール帝国にいるアシカの妖精、ししまるからも連絡が入ってる。ベルメールの皇帝も、すでに数日前に帝都を出発してこっちに向かってるらしい」
「そっか……もうすぐ三国のトップが揃うのね」
ヒューゴは正確にはまだ王太子だが、ファブロ王国の国王は眠ったまま、いまだ目を覚まさない。実質、ヒューゴが国のトップだ。
「で、あたいたち、どうすればいい?」
魔女ティエラは相変わらず眠そうな目をこすりながら、フェンに問いかける。
「国の要人が揃っている間は、聖王も大神官も動けない。その時を見計らって、城を出るぞ。メンバーは俺とハル、パステル、ティエラ、セオだ」
「城を出て、どこに?」
「『世界樹』だ。根を通って、ベルメール帝国のエルフの森にある『大海樹』に行く。ティエラ、いけるな?」
「うん、あたいに、まかせる。出口の準備は、済んでるか?」
「ああ、抜かりねえぜ。すでにメーアも帝都に向かってるし、アルバートもメーアに会いに行くっていう名目で帝都に出発してる。アルバートとメーアがエルフたちに事情を説明してくれる手筈だ。準備が終わり次第、ししまるから連絡が来ることになってる」
アルバート王子は聖王マクシミリアンとハルモニア王妃の息子で、メーアの婚約者である。
ハルモニアのエルフの血を色濃く受け継いでいるらしく、帝都を訪れるたび、メーアを無視してエルフの森で過ごしていたらしい。
メーアはそのことでアルバートを怪しんでいたし、寂しい思いもしたようだ。
だが、帝都から聖王国へ向かった際に馬車の中で根気強く話をして二人は和解し、さらにはアルバートとハルモニアの親子関係も一歩前進したようである。
「あとはセオがしくじらなけりゃあ平気だろ。セオにつけてる花の妖精からの連絡では、なんだかんだ上手くやってるようだ。心配ねえと思うぞ。ところで――」
フェンは、長い毛に覆われた尻尾をゆっくりと左右に振ると、口調を柔らかくして続ける。
「あいつ、だいぶ変わったな。感情がなかった頃は脆いガラス細工みてえな奴だと思ってたが、随分逞しくなった」
「ええ。色々、あったからね」
「――守りてえものが見つかったんだな。あの頃のノラと同じだ」
フェンは顔を上向かせ、過去に思いを馳せている。
ノラの過去は詳しく聞いていないが、ノラとフェンの間にも色々あったみたいだ。
「なあ、パステル。昔、感情を失ったばかりの頃のセオの話に――興味あるか?」
「セオの……?」
「ああ。カイとノラがセオを連れ帰ってきてから、この城であいつがどうしてたか。お前にだったら、俺が知ってる範囲で話してもいいぜ」
私は、逡巡した。
好きな人の過去に、興味がないはずがない。
正直に言って、すごく聞きたい。
けれど――
「ううん、聞かないでおくわ。ありがとう、フェン」
聞くのなら、セオから直接聞きたい。
セオにとって知られたくない話があるかもしれないからだ。
私は、セオが過去を思い返して、悩んでいたことを知っているから。
あれは、そう――地の精霊の力を求めて、帝都から聖王都へ向かっていた時。
馬車の中で、セオは気持ちを吐露してくれた。
セオは感情を失っていたために『出来なかったこと』『気づけなかったこと』を、深く後悔していたようだった。
だから、人づてに聞くのは不誠実だし、何か違う気がする。
「私は、セオのことに、先入観を持ちたくないのよ。自分で聞いて、自分で考えて、自分の心で感じたいの」
「……そうか」
好きな人のことなら、なおさら。
私が、その心の一番近くにいたいから。
「あいつが強くなった理由が、わかった気がする。はっはっ、やっぱお前ら、面白いぜ。ハルとカイ以外にも、面白ぇ人間はいるもんだな」
フェンはひとしきり笑うと、ハルモニアに何かを聞かれ、妖精の言葉で返事をした。
話を聞くうちにハルモニアの目が輝いてきて、私に満面の笑みを向ける。
私はなんだか照れくさくなって、曖昧に微笑み返したのだった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~
紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの?
その答えは私の10歳の誕生日に判明した。
誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。
『魅了の力』
無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。
お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。
魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。
新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。
―――妹のことを忘れて。
私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。
魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。
しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。
なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。
それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。
どうかあの子が救われますようにと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる