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終章 虹

第134話 「ハルモニア王妃」

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 ~終章 虹~


 世界樹の前で聖王マクシミリアンと相対した後。
 感情を消したセオの案内で、私と魔女ティエラは聖王城へと足を踏み入れた。

 輝く水晶で造られた聖王城の正門前には、豪奢な馬車が停まっている。マクシミリアンの乗ってきたものだろう。

 私たちは騎士に囲まれながら歩き、遅れて聖王城に到着した。そのまま城の裏手に回り、小さな裏門を通り抜ける。

 通用門を抜けた先、キラキラと煌めく聖王城のメインエントランスとは異なる方向――外壁と同じくらい高い塀に阻まれた場所に、西塔があるらしい。

 聖王の騎士たちは、西塔エリアの中までは着いてこないようだ。
 通用門の扉を閉めて施錠をすると、騎士たちは城へと戻っていった。

 水晶造りの他の部分とは異なり、明らかに孤立しているこの西塔は、石造りの古風な塔であった。
 だが――

「綺麗……」

 石の塔を取り囲む庭は、人の手によって美しく整えられ、色とりどりの花たちが咲き誇っていた。
 花壇の間には小さな石畳が点々と敷かれ、その先には一人掛けのティーテーブルと、木製のブランコや木馬が置かれている。
 さらにその奥には、紅茶や料理に入れるハーブ類の鉢や、ベリーや姫リンゴなどの小さい果樹が並んでいた。

「可愛いお庭ね」

「この西塔は、ハルモニア王妃が管理してる。妖精たちもたくさんいるんだ――ほら」

 人の目がなくなって、普段通り柔らかい微笑みを浮かべるセオの視線を追うと、確かに果樹や花々の陰から、小さな妖精たちがちらちらとこちらを見ていた。

「ふふ、こんにちは。怖くないよ、おいで」

 私がしゃがんで呼びかけると、妖精たちが一人、また一人と、警戒しながらも集まってくる。

「お花の妖精さんたちかしら? ちっちゃくて可愛い」

 黄色い花のドレスを着た妖精が、ふわりと飛んで私の指先に止まると、別の妖精たちも続々と私たちの周りに集まってきた。外から来た私たちに、興味津々のようだ。

「――何だ、騒がしいと思ったらセオじゃねえか」

 そうしていると、後ろから突然、男の人の声が聞こえてきた。
 振り向くと、そこには大きな白い犬を連れた女の人の姿があった。
 銀色の髪と瞳が美しい、すらりとした色白の女性だ。

「……あれ、今、男の人の声……」

 私が首を傾げると、女性が側にいる白い犬に向かって、歌のようなものを口ずさむ。

「~♪ ~~♪」

「わう、わぉん」

 まるで、犬と会話しているようだ。もしかして彼女は――

「セオ、この方がハルモニア王妃様?」

 セオは首を縦に振った。

「そう。ハルモニア王妃と、妖精のフェンリルだよ。フェンリルは人の言葉が話せるんだ。以前からハルモニア王妃と一緒にいる」

 ハルモニアは、『旋律の巫女』としての力を使う代償で、人の言葉を聞くことも話すことも出来ない。
 妖精とだけ話をすることが出来るハルモニアにとって、フェンリルの存在はなくてはならないものだっただろう。

 そうしているうちに、ハルモニアとフェンリルの会話が済んだようだ。

「世界樹に住む妖精たちと、王都にいるノラから話は聞いた。しばらく西塔で一緒に過ごすことになるから、よろしくってよ」

「はい。私はパステル、この子はティエラです。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。それと、セオ。現状、お前が一番危険な立ち位置だ。十分注意しろよ」

「……うん、分かってる。ありがとう、フェンリル」

「――フェン、でいい」

「フェン……ありがとう。パステルとティエラを、頼むよ」

「ああ、任せろ。最上階の窓を常に開けとく。何かあったら来てくれ。あと、花の妖精を一人連れてけ――おい、誰か」

 フェンが呼びかけると、先ほどの黄色い花の妖精が私の元からふわふわと飛び上がり、セオの肩に乗る。

「セオに何かあったら連絡しろ。頼むぞ」

 花の妖精は同意を示すように、くるりとその場で一回転した。

「じゃあ、パステルにティエラ。お前らはこっちだ、ついてこい」

 フェンがくるりと背を向け、石造りの塔へと歩いていき、ハルモニアとティエラもその後を追う。
 私は一度セオの方を振り返ると、セオは甘く微笑んで、私の手を取ってそっと口付けを落とした。
 ほんの少しの間、名残惜しむように視線を交わし合うと、セオは私の手を離して空へ舞い上がり、聖王城の主塔へと向かっていったのだった。


 フェンに案内された部屋は、狭いながらも綺麗に掃除が行き届いていた。
 この塔は四階建てのようで、私とティエラに当てがわれた小部屋は三階にあるらしい。
 二階にはハルモニアとフェンの部屋があって、最上階――セオが出入りできるように窓を解放されている四階は、倉庫になっている。

「何かあったら呼べ。ただし、塔の外には時々騎士が見回りに来るから、お前たちだけで外に出るのはやめとけ。
 護衛騎士なんて名ばかりで、実質見張りみたいなもんだ。前にここの護衛をしてたカイとは違って、信用出来る奴らじゃねえからな――俺が話せることも、ハルが文字を読めることも知らせてねえ。
 ……まあ、そのおかげで聖王の予定を覗き見たり、世間話から情報を仕入れることも出来たんだけどな。はっはっ」

 フェンリルはそう言うと、もふもふの白い毛を揺らして得意気に笑っている。
 ハルというのはハルモニア王妃の愛称だろう。

 今はファブロ王国で騎士をしているカイだが、数年前までは聖王国にいて、セオの護衛をしていたと聞いた。彼は、セオの護衛に就くまでは、西塔でハルモニア王妃の護衛をしていたそうだ。

「それで、さっきも言った通り、ハルは手紙なら問題なく読める。伝えたいことがあったら俺に言ってくれてもいいし、手紙を扉から差し込んでくれても構わないぞ」

「わかったわ。ありがとう、フェン」

「おう。じゃあまた後でな。お前も一旦休め」

 フェンはティエラの方を一瞥してそう言い残し、のそのそと二階へ降りていった。
 私もティエラの方を見ると、たくさん歩いて疲れてしまったのか、ベッドに登ってすでに寝息を立てていた。

「ふふっ」

 なんだか妹が出来たみたい。
 そんな風に思いながら、私はお腹を出して寝ているティエラに、布団を掛けてあげたのだった。

 王国から連絡が入るまで、しばらくの間はここで過ごすことになる。
 一人離れて行動しているセオのことが心配だが、今は私が動いてもどうにもならない。

 私はベッドの端に腰掛け、窓の外に見える聖王城の水晶の壁を、しばらくの間、ただぼんやりと眺めていたのだった。
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