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第六章 赤

第109話 「因果応報」

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 そして、翌日。

 まず最初に目を覚ましたのは、カイだった。
 ノラの話によると、いつも通りの時間に普通に起きて、普通に食事を取って、普通にトレーニングし始めたらしい。
 魔力切れではなく魔法を破られた場合は、精神が消耗して何の気力も湧かない場合が多いらしいのだが。
 ノラは「まあ、脳筋カイだし」と興味のない風を装いながらも、私たちが離れると、しっぽをピンと立ててゴロゴロ喉を鳴らしていた。

 カイに遅れること数時間、ヒューゴも無事目を覚ました。
 ヒューゴはカイと違ってかなり消耗しており、起き上がるのがやっとといった様子らしい。
 隣で眠る国王の姿を見て驚いていたそうだ。

 こんな時でもアイリスは構わず突入しようとしていたようである。
 ヒューゴは隙をみて、ノラの認識阻害と、フレッド、カイの手を借りて、施錠の出来る王太子の私室へと移動したのだった。



「いやー、しかしびっくりしましたよ。俺の盾が破られたの、アリサ以来でした。皆無事で、本当に良かったっす」

 カイは本当にいつも通りだ。

「まったく、本当に心配したにゃー。ヒューゴも目覚めてよかったにゃ、魔女にゃんに感謝にゃ」

「ああ。魔女殿、本当にありがとう」

 ヒューゴは、ベッドに半身だけ起こして、魔女に軽く頭を下げた。

「ところで、父はどうなったんだ? 私の隣のベッドで寝ていたようだったが」

「ヒューゴのとと、ヒューゴにぶつけた自分の悪意と、戦ってる」

「自分の悪意と? 君の力は、一体……?」

「うーん、見てもらう、早いな」

 魔女はそう言うと、ローブのポケットから小さな人形を取り出した。
 王都で流行っている、着せ替えのできる女の子の人形だ。
 魔女は人形を、ヒューゴの横にあるテーブルの上に立たせた。

「虹のねえね、この人形、軽く押して、倒す。軽くね」

「え? うん、わかった」

 私が人形の胸を軽く押すと、人形はこてん、と後ろに倒れた。

「これでいい?」

「うん。じゃあ、人形に、魔法、かける」

 魔女は倒れている人形に手をかざすと、魔法の光が放たれる。
 すると――

「きゃあ!?」

「パステル!?」

 私は、突然胸を誰かに押されたように感じて、後ろに倒れ込んでしまった。
 近くにいたセオが慌てて支えてくれる。
 尻餅をついてしまったが、セオのおかげで強く体を打ちつけることはなかった。

「パステル、痛くない? 大丈夫?」

「うん、大丈夫。急に胸のあたりを誰かに押されて……。支えてくれてありがとう、セオ」

「――これが魔女殿の力か」

 心配そうに声をかけてくれるセオに手を借り、お礼を言って立ち上がると、ヒューゴが納得したように唸る。
 ヒューゴの目線を追うと、転んでいたはずの人形は元通りテーブルの上に立っていた。

「……受けた力を、相手に跳ね返す能力?」

 セオが問う。
 魔女は少しの間考えるようなそぶりを見せるが、かぶりを振った。

「大体合ってる、でも、少し違う。あたい、大精霊の神子の一人。因果、司る」

「大精霊の神子? 因果……?」

 セオもフレッドも、聞いたことがなかったのだろう。揃って首を傾げている。
 魔女は、辿々たどたどしくも説明を続けた。

「原因あって、結果ある。あたいの目、因果、見る。原因、遡って見つけること、出来る」

 つまり、何かが起こった時に、『その結果に至った原因』にあたる過去を見ることが出来る、ということだろうか。

「原因分かって、結果分からない時。その時も、何も干渉しなければどうなるか、いつそうなるか。未来の可能性のひとつが、見える」

「だからヴァイオレット王妃が目覚める時期が分かったのじゃな」

 フレッドの言葉に、魔女は頷く。

「あたい、能力使う前に、必ず結果見る。良くない結果見えたら、あたいの魔法でくつがえす。原因になった人に、原因になった力、返す。因果応報」

「因果応報……もしかして、街で人が刺された時も?」

 私は、カイの家の近くで出会った騒動を思い出して尋ねた。
 飲食店で働くウェイターが、食い逃げ犯を追いかけて揉み合いになり、刺されてしまった事件だ。
 その時魔女は力を使ってウェイターを癒し、その後ウェイターを刺した犯人が大怪我を負って、路地で倒れているのが発見されたのだった。

「刺した犯人、悪い事した。刺された人、そのままだと死ぬとこだった。でも、刺した犯人、傷に耐える体力あった。
 犯人に力を返したら、誰も死なないの、見えた。だから、返した。あの時は、お礼、言われたけど……犯人、怪我した。あんまり、嬉しくなかった」

「……その力、隠しておくべきだな。悪用されかねないぞ」

「師匠も、そう言ってた。だから、ずっと、地下で暮らしてた。でも、あたい、もう充分大きくなった。だから平気」

「それでも、人間の世界では君はまだ子供だ。これから先、噂が大きくなればより危険になると思うぞ。
 ……君さえ良ければ、城で保護させてくれないか。外出の際には騎士も付けよう。給金も払うし、いつでも師匠に会いに行けるように取り計らうぞ」

「うーん……今はまだ、いい」

「……そうか。返事は急がないから、考えておいてくれ」

 魔女は、頷いた。

「それで、父はどうなのだ? 目覚める見込みはあるのか?」

「大丈夫。必ず、目覚める。ヒューゴのととの大切なひと、目覚めると、伝えたから。もう、憎しみ、ない。あるの、罪悪感と後悔だけ。だから、悪夢にも、勝てる」

「――そうか。……魔女殿、感謝する」

 ヒューゴは心底ほっとしたように、笑った。

 以前、ヒューゴは父が憎いと言っていた。
 幼い頃から仕事を押しつけられ、母を奪われて。
 昨日に至っては「息子などいない」と言われ、傷つけられ、悪夢を見せられ、それでも。

 それでも、ヒューゴは父親が大丈夫だと聞いて、笑ったのだった。
 きっと、とても優しい人なのだろう――人が傷付くのが辛いと思うような、当たり前の、しかし人の上に立つ人間が失ってしまいがちな感性を持った、そんな人だ。

「ヒューゴ殿下は……お優しいですね」

「ん? 私が、優しい? それは買い被りだぞ、パステル嬢」

「いえ、お優しいと思います。十年間、ずっと国王陛下を心配なさっていたのでしょう? ……お辛かったですね」

「……国を守るためだ」

 私が眉を下げて笑むと、ヒューゴはどこか自嘲的な、しかし優しい笑みを返した。
 ヒューゴを見つめていると、セオが突然私の一歩前に出て、ヒューゴ殿下との間に入る。

「それよりヒューゴ殿下、国王陛下からのお手紙は読んだのですか?」

「――手紙はこれから開封するところだ。まあ、何が書いてあるか、大体想像はつくが」

「では、ゆっくり読まれた方がいいのでは? 僕たちは一度失礼します」

 セオは返答も待たずにそう言って、私の手を取り出口へと向かう。

「え? セオ?」

「ヒューゴ殿下。体調が良くなり次第、また火の神殿に案内して下さい。お大事に」

 部屋の出入り口で立ち止まってそう告げると、セオは一礼して、私の手を引いて出て行った。

「――ふ」

 扉を閉める前に、ヒューゴが、耐えられないとばかりに笑みをこぼすのが聞こえたのだった。



「セオ? どうしたの?」

「――ごめん」

 急ぎ足で廊下を進んでいたセオは、突然立ち止まった。
 手は、繋いだまま。俯いている顔は、今にも泣き出しそうだ。

「え? 何が? セオ、大丈夫?」

「僕、自分で思ってたより、心が狭いみたい。――パステル」

 顔を上げたセオの瞳は、不安に揺れている。
 言葉を紡ごうとして、口を開くが、声にはならず再び口を閉じる。

「セオ……?」

「――なんでもない」

 セオは再び目を逸らして、歩き出そうとした。
 私は、その手を引いて、セオを止める。

「なんでもなくない。――ねえ、セオ」

「ん……」

「心配しなくても私、セオしか見てないよ」

「……!」

 セオの瞳が、驚きに揺れる。
 それと同時に、じわじわと喜色が浮かんでくる。

「セオ、大好きよ」

 私がその言葉を言い切る前に、セオは力強く、私を抱きしめた。
 私もその背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返す。

「パステル……ありがとう。僕も――」

 好き。

 耳元でそう囁き、美しい顔に甘い微笑みが浮かんだかと思うと――唇がそっと合わせられたのだった。
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