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第六章 赤

第89話 「王都」

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 情報屋フローラの家からロイド子爵家に戻ってきた私たちは、ししまるを通じてハルモニア王妃と情報を共有していた。

「……というわけで、僕の感情が戻ったことと、パステルの存在が知られてしまいました。パステルが虹の巫女であることは、気付かれていないと思います……って伝えてくれる?」

「アウッ、オウッ」

 ししまるがセオの言葉をハルモニア王妃に飛ばすと、しばらくして連絡が返ってくる。

「えーとぉ、そのことなら大丈夫だってぇ。もう地の精霊様にも会えたから、二人が聖王都に近づく必要はないしねぇ。
 聖王様のことより、今はファブロ王国の王都に残ってるアイリス王女様の動きが気になるってー」

「確かに……でも、火の精霊に会うためにも王都には行かないとならない。どう動いたらいいか……」

「王都には、ハルモニア様の信頼してるカイって人と、ノラっていう妖精がいるんだぁ。ひとまず、彼らと一緒に行動してほしいってー。
 こっちは、聖王様が帰ってきてからどのくらい時間を取られるかわからないから、先に出発していてもいいってぇ。ただし、充分気をつけてねって」

「わかった」

「それからぁ、氷の魔石の件はぁ、ノエルタウンの領主様には申し訳ないけど保留にするみたい。
 もういちどセオお兄さんたちが情報屋さんに接触するのは危険だし、メーアお姉ちゃんたちが聖王都を出てから考えるってぇー」

「ごめんね……私がセオについて行くって言っちゃったせいだよね。セオ一人だったら、色々バレちゃうことはなかったのに」

「いや、パステルが一緒に行かなかったとしても、僕の感情が戻ったことはきっと気付かれてた。それぐらい、油断も隙もない相手だから」

 私が顔を俯けてセオに謝ると、セオは即座に否定してくれた。
 苦虫を噛み潰したようなセオの表情は、その言葉が慰めではなく事実なのだと物語っている。

「あと……ごめんねぇ、ぼく、帝都に戻らなくちゃいけないみたいなんだぁ。帝国の皇帝陛下とも連絡を取れるようにしたいんだってー。王都に着いたら、ノラちゃんが窓口になってくれるよぉ」

「そっか……寂しくなるね」

「ぼくも寂しいよぉ……アウッアウッ」

 ししまるは、しゃくりあげるようにして泣き出してしまったのだった。



 ししまるを帝都に送り、フレッドのために買い込んだ聖王国のお土産を騎士団の私室に置いた後。

 ここまでなら安全に飛んでいける、というカイからの言伝を聞いた私たちは、王都近郊の畦道あぜみちを歩いていた。

 王国は、他国との行き来を制限している。
 そのため国境以外では検問がなく、王都を柵や塀で囲ったりもしていない。

「だんだん建物が増えてきたね」

「ええ、もう王都に入ったのかもね。私もどこからが王都なのか、よく分からないのよね」

 王都の中心部は王城で、その周りを貴族向けの商店や高位貴族の邸宅が囲っている。

 さらにその周囲には中位貴族、次は下位貴族、その先は工房や平民向けの商店、平民の家。
 それよりも離れると、田畑や牧草地が広く続くようになっていく。

 中心部から遠ざかるほど、長閑のどかな風景になるのだ。

 ロイド子爵家のタウンハウスは南区の七番地、カイの住んでいるところは西区の十一番地。

 十一番地なら、平民の住む住宅街の中だろう。
 範囲が広いので、自分たちだけで探すのは骨が折れそうだ。

「まずはロイド子爵家のタウンハウスに向かいましょう。それで、子爵家の使用人にカイさんのいるレストランの場所を調べてもらえばいいと思うの」

「そうだね。今はお祖父様やメーア様たちも身動きが取れない状況だから、僕たちに出来ることはないし」

「もう少し歩けば、乗り合い馬車もあるはずよ。それまで――」

「……ねえパステル。あそこ、煙が」

 セオが指差した方角を見ると、何もない畑の一角から黒い煙がもうもうと立ち昇っていた。
 人もいないし、火の気もない。

「火事……?」

 地面の状態を見ると、酷く乾燥している訳でもないのに、どうして火が出たのだろうか。

「周りには誰もいないわよね。セオ、いいよね?」

「うん、大丈夫だと思う」

「虹よ、水へと導いて――」

 私が祈りを捧げると、七色の光が私を取り巻く。
 虹のアーチが空へと架かり、青く輝く光の橋を渡っていく。

 水の精霊から借りた力で、私はすぐに畑の火事を鎮火したのだった。



「それにしても、どうしてあんな所で火が出たのかしら」

「うーん……人もいなかったし、火の気もなかった。手入れもきちんとされていたから、畑を焼きたかったわけでもないだろうし。考えられるのは、やっぱり……」

「――火の精霊?」

 セオは、無言で頷く。

「力が暴走しかかってるのかもしれない。うまく制御できないのかも」

「そっか……急がないとね」

「うん……」

 少し重くなった足取りで、私たちは再び道を歩き始めたのだった。



 しばらく歩くと、さらに建物が増え、代わりに田畑は数を減らしていった。
 平屋建ての農家がぽつぽつと建っていた地域と異なり、二階建ての住宅が主で、時折三階建ての建物が目に入る。

 どうやら、平民の住む住宅街に入ったようだ。

「やっと街らしくなってきたね」

「そうね。十一番地に入ったかしら」

 道路に面して整然と家々が並ぶ、閑静な住宅街が続いている。
 庭は全て道路と反対側に作られているので、聖王都のように歩きながら花を楽しんだり、変わっていく景色を眺めたりすることも特にない。

 街路樹が等間隔に植えられ、その合間には住所を示す看板。

 交差点からはどちらを見ても真っ直ぐに道が延びていて、格子状にきっちりと区画整理がなされている。

「いっぱい歩いて疲れたね。もうすぐ馬車乗り場だけど……その前にちょっと休憩する?」

「僕は大丈夫。パステルは、平気?」

「疲れたけど、平気よ。その……外だと、私、目立つからね」

 そう言って私は自分の髪に触る。

 住宅街に入ってから、私は虹色の髪が見えないよう、外套のフードを深く被って歩いていた。

 ベルメール帝国では、サーカス団の影響で、この髪色も受け入れられていた。
 しかし、ファブロ王国では、そうはいかない。間違いなく好奇の視線に晒される。

「……せっかく綺麗な髪なのに」

 セオはそう呟くと、フードの隙間から私の髪を一筋手に取り、口付ける。

「セ、セオっ」

 私がびっくりして思わず立ち止まると、セオは私の正面に立つ。
 セオはくすりと微笑み、髪を丁寧に整えて額に口付けを落とした。

「~~~!!」

 セオは満足そうにもう一度笑うと、そっとフードを直して囁く。

「――他の人にパステルの可愛いところを見せないで済むのは、丁度いいかもね」

「なっ、もう、セオってば……!」

 セオは楽しそうに、くすくす笑っている。
 火照った顔は、再び歩き出した後もしばらく冷めそうになかった。
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