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第三章 黄

第45話 「スイーツコンテスト」

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 私とセオはマーケットの露店巡りを一通り終えて、エレナと合流した。
 このマーケットのメインイベントである、スイーツコンテストの開始時刻が近づいているのだ。

 試食と投票の権利は、当初想定していたよりも多く売れたらしい。
 投票権を持つ参加者のために設けられた席は、いっぱいになっている。
 さらにその奥には立ち見席があって、観客も徐々に集まり始めていた。

 私たちは関係者席に通されていて、ステージを斜め後ろから見る形である。
 ちなみに、ポールはセオを見て、『テディ』が男装して来たのだと勘違いした。
 セオは否定も肯定もしなかったが、無表情になっていた。


「皆様、お集まり下さいまして、誠にありがとうございます!
 只今より、ノエルタウンマーケットのメインを飾るスペシャルイベント、第一回スイーツコンテストを開催致します!」


 ぱらぱらと拍手が上がる。
 ステージを熱心に見守っているのは、やはりパティシエ仲間やカフェ、レストランの関係者が多いようだ。

 次に多いのは家族連れの姿だ。
 プロが目の前でパフォーマンスをするのを見る機会なんて、そうそう有るものではない。
 今日のステージは、子どもたちに、プロの仕事を肌で感じてもらえるチャンスとあって、子どもたちも親たちも張り切っている。

 他にも、カップルや友人同士のグループ、観光客、記者など、多数の観客に見守られながら、出場者たちが挨拶をしていく。
 最後の一人が挨拶を済ませると、作業開始を告げる司会者の声が、高らかに響いたのだった。


 パティシエたちの動きは、圧巻だった。
 無駄のない動きは芸術的で、洗練された職人技は美しく、見るものを魅了した。

 店舗で焼いてきた土台に、各々デコレーションを施していく。
 その土台も様々で、シンプルなスポンジケーキを持ってきた者もあれば、パイ生地やタルトを使用する者、さらには巨大なプリンを土台にする者など、バラエティに富んでいる。
 最後の試食で切り分けることを考えたら、プリンは大丈夫なのだろうかという余計なことが一瞬頭をよぎった。だがそこはプロ、何か考えがあるに違いない。


 デコレーションの方は更に独自性が際立っている。
 真っ白なクリームに雪のような粉糖を散らした、雪のドームかまくらのような純白のケーキ。
 ココア生地のロールケーキにチョコレートクリームを纏わせ、木の幹のような跡を付けて、ヒイラギを模した緑の飴細工を飾った切り株のケーキブッシュドノエル
 薄いクレープの間にクリームを挟み、何層も重ねた千層のミルクレープ。
 トナカイや聖霊様、妖精たちをかたどったマジパンがたくさん載っている、賑やかなケーキ。
 控えめなクリームとシロップ漬けのチェリーを数箇所に散りばめた、巨大プリン。一番のりで完成していた。心配になるほどぷるんぷるんしている。


 子どもたちはだんだん完成していくケーキたちを食い入るように見つめ、同業者たちは仲間と議論を交わしながら、手帳に忙しくメモを書き込む。
 それ以外の観客も、時に拍手をしたり隣人と語り合ったりしながら、興味深そうに見守っている。
 パティシエたちも、時に他の参加者と声を掛け合いながら、楽しそうに競い合う。
 会場には輝く光の粒が、たくさん舞っていた。


 ほとんどのスイーツが仕上がったところで、司会者がベルを鳴らす。
 終了の合図である。

「制限時間となりました!
 まずは見た目の審査を行い、投票権をお持ちの方全員が点数を付けたところで、味の審査に移ります。
 皆様、どうぞお近くでご覧ください。作品には触れないようにご注意ください」

 司会者の声がかかると、審査に参加する人々が席を立ち、順々に品定めをしていく。
 見た目の審査では、マジパンがたくさん載ったケーキが子どもたちの人気を集め、プロのパティシエからは透明な飴細工が彫刻のように複雑な紋様を描いている芸術的なケーキが注目の的になっている。
 他には、この街の定番ケーキであるブッシュドノエルが何種類か出品されていたが、いずれも好評のようだ。


 見た目の審査が終了して全員が席に着いたところで、パティシエたちが自分のケーキを小さく切り分けていく。
 切り分けられたケーキたちはトレイに整列させられ、投票権を持つ審査員たちの元に配られていった。

 程なくして、私たちの元にも一口ずつに分けられたケーキが届いた。
 断面までも計算された芸術品のようなケーキたちは、宝石箱に並べられた宝石よりも余程美しい。
 会場もこの時を待っていましたと言わんばかりの喜びに満ちていて、皆美味しそうにケーキを頬張っている。

「セオ、これ食べた? クリームがすごく濃厚なのに上品な甘さで、とっても美味しい」

「うん、食べてみる。あ、こっちのも美味しいよ」

「本当だ。チョコレートと木苺ね。少し酸っぱいけど、その分チョコレートの甘さが引き立って、バランスがいいわね」

「プリンは……普通だね」

「うん、普通だね。案の定崩れてるし」

「これほど柔らかいのによく会場まで運べたね」

「確かに」

 しばらくして、審査員たちが投票箱に票を入れていく。私たちも記入した票を係の人に預け、投票の結果を待った。
 広場の中央を見ると、聖樹は昨日までに比べて明らかにその輝きを増していた。

聖霊様の飾りオーナメントも、随分集まってきたね。あとどのくらい必要なのかな?」

「どうだろう」

「ねえエレナ、オーナメントが満ちれば、聖樹のてっぺんに星が現れるんだよね?」

「ええ、そうです。見たところ、まだ八割……というところでしょうか」

「まだそんなに……」

「この後、ポール様が何か考えているみたいですから、それに期待しましょう」


 そうしていると、会場から大きな歓声が聞こえてきた。どうやら票の集計が終わったようだ。

「お待たせ致しました! 審査結果を発表致します! 第一回スイーツコンテストの優勝を飾るのは……」

 ドラムロールと共に、電気の魔法道具マジックアイテムを利用した証明がステージを照らす。

「――『聖霊様の切り株 ~楓と森の恵み~』です! おめでとうございます!」

 大きな歓声と、割れんばかりの拍手が会場を包む。優勝したケーキを作ったパティシエがステージ上で一歩前に出て、挨拶をした。

「どのスイーツも素晴らしかったですが、この作品は伝統的なブッシュドノエルをベースに、地産素材であるメープル、ナッツ類を使用し、ノエルタウンらしいケーキに仕上がっていました。
 素材を活かした深い風味の生地、上品で甘すぎないメープルクリームと塩味のあるナッツのバランスが素晴らしかったです。聖霊様とトナカイの妖精様を模った愛らしいデコレーションも高評価でした」

 次は優勝賞品の授与である。
 ポールがステージに上がり、優勝者に一言二言説明すると、スペースを空けたステージ上でそれ・・を展開させた。
 それ・・は眩い光を放ち、一瞬で大きくなる。

 光が収束すると、そこには、紙粘土に似た材質で作られた、可愛らしいショーケースがあった。
 水色や薄緑色をはじめとした、淡い色合いの絵の具が塗られている。
 デザインは私とエレナ、色塗りはセオ、造形と魔法の注入はフレッドさん、という合作だ。上手く作れた自信がある。

 だが、私の予想に反して、優勝したパティシエも、観客も、口をぽかんと開けている。
 会場は完全に静まり返ってしまった。

「あれ……? あんまり反応が良くないわね」

「お嬢様、当然ですよ。普通の人はフレッド様の魔法の家を見たことがありませんし、国宝級の品ですからね。驚きもしますよ」

 その場の空気を破ったのは、ポールであった。
 司会者のように拡声器を使わずとも、静かな会場にその声は充分響き渡る。

「こちらの優勝賞品は、お亡くなりになられたかと思われていたフレデリック・ボーデン・エーデルシュタイン殿下が、このコンテストのためにお作りになった魔法道具マジックアイテムです。信じ難いことでしょうが、殿下からお手紙も頂戴しております。
 印璽いんじも本物ですし、この魔法道具を見て下されば、ご本人によるものだと確信していただけるでしょう。殿下からのメッセージを、この場を借りて拝読させていただきます」

 会場は、いまだに水を打ったように静かである。
 その場にいる全員が、ポールの言葉を一言一句聞き逃すまいと固唾を飲んで見守っている。

「『ノエルタウンの皆、突然の知らせに驚いていることと思う。既に噂は届いていると思うが、ワシは息災だ。
 まずは皆に、詫びることがある。ずっと身を隠しており、すまなかった。
 ワシが身を隠している間に様々なことがあった。現在の情勢を不安に思っている者も多いだろう。
 ワシはここでひとつ、皆に約束する。フレデリック・ボーデン・エーデルシュタインは、時が来れば必ず、この国に戻ると誓う。
 そのためには、聖霊様の加護が必要だ。必ず降聖霊祭を成功させてほしい。皆の幸福を祈る。
 追伸、皆が心配している領主だが、無事だ。今は聖王都を離れられないが、追って沙汰があるだろう』――以上です」


 ポールが手紙を閉じ、舞台袖に下がると、会場は今までで一番大きい――揺れるほどの大歓声に包まれた。
 今までで一番強い光の粒が、辺りを照らす。
 光の粒は聖樹に集まり、『幸せの結晶』は様々な形のオーナメントに変化したのだつた。

 もはや聖樹は眩しいほどに輝いている。
 降聖霊祭は、今夜。
 星が現れるまで、あともうひと息――。
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