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第三章 黄

第42話 「嘘、下手だね」

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 私とセオが聖夜の街ノエルタウンに戻ると、エレナは既に宿に戻っていた。
 エレナは私たちが帝都に行っている間に、街の様子を見てきたようだ。

「今年は領主様不在による影響で物価が上がったり、遠方との交易が上手くいかず品不足になっていたりで、大変みたいですね。
 街の代官と役人たちがしっかりしているので致命的な混乱はないようですが、正直言って限界に近いところまで来ているみたいです。
 セオ様のおっしゃった、商店街の協力も取り付けられるかどうか……」

「……そっか。エレナ、調べてくれてありがとう」

「いいえ、とんでもない。そちらは如何でしたか?」

「僕とお祖父様で情報屋に会ってきた。領主の状況を調べるよう依頼したから、しばらくしたら連絡が来ると思う」

「そうでしたか」

 そうなると、今は情報屋と、役人たちの動きがあるのを待つしかないのだろうか。
 何もせずにいるのはもどかしい。
 そう思っていると、セオが一つ提案をした。

「パステル。僕、聖霊様の飾りオーナメントが気になる。聖樹広場、見に行かない?」

「うん、行きたい」

「エレナさんは?」

「エレナは、留守番していますよ。ポール様からの連絡があるかもしれませんので。
 それと、セオ様、どうかエレナのことは呼び捨てにしていただいて結構ですよ」

「……わかった」

 エレナは、意味深な笑顔をこちらに向けている。悪戯っぽく輝く瞳は、さっさと二人で楽しんで来いとでも言わんばかりだ。

「じ、じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」

「行ってきます」

 三者三様に挨拶を交わし、私とセオは聖樹広場に出掛けたのだった。



 聖樹広場には、人の姿はまばらだった。
 週末のノエルタウンマーケットや、降聖霊祭の当日はそこそこ賑わうそうなのだが。

 肝心の聖樹には、鈴や木の実、ブーツにプレゼント箱、キャンディケーンなどを模したオーナメントがあちらこちらに飾られていて、一つ一つが淡い光を放っている。

「やっぱり、綺麗だね。もっと沢山集まったら、きっとすごいだろうなぁ」

「ほんのり光ってる……精霊の加護? 六大精霊に関係するとしたら、神子か巫女が関わってる?」

「そうなの? この街に神子か巫女がいるのかな?」

「でもそれにしては一つ一つの加護が弱い。沢山集めないといけないのも、それが理由かな?」

「うーん」

「……あ、パステル、あれ見て」

「え?」

 セオが指で指し示す方を見ると、キラキラと輝く光の粒が集まっていた。
 何処からか集まってきた光の欠片が、『幸せの結晶』として形を得るのだろう。
 きらめく光の欠片は、ぐるぐると円を描くように収束し、一瞬強くあたたかい光を放つ。
 強い光が収まった後には、鈴の形のオーナメントが残されていた。

「ねえ、セオ! 光の粒からオーナメントが出来た!」

「ポールさんの言った通りだね」

 私は貴重な場面を目撃して、興奮していた。すぐさま私の周りに、小さな光の粒が現れる。
 だが、その程度の光ではオーナメントには不十分のようだ。
 光の粒は空中を漂い、他の光がないか探して、彷徨っているようだった。

「ねえ、セオ。この光の欠片って、他の光が見つからなかったら消えちゃうのかな?」

「どうだろう。でも、ずっと保持できるとも思えない」

「なんか、ちょっと可哀想だね」

「……可哀想?」

「うん、上手く言えないけど」

 生き物ではないはずなのに、なんとなく、彷徨う光が寂しく思っているように感じる。
 幸せの欠片のはずなのに。

「……ひとり分の幸せじゃ、ダメなのかもしれないわ」

「数人分の光の欠片から、『幸せの結晶』が作られるってこと?」

「それもあるけど、そうじゃなくて……。ほら、楽しいことって、他の人と一緒だと、もっと楽しくならない?」

「……僕、よく分からない……」

「うーん、そっか」

「僕の感情が動くようになったのは、パステルと出会ってから。今でも感情がきちんと動くのは、パステルと一緒の時だけ。一人でいて、楽しいと思ったことがない」

「セオ……」

 私も長く心を閉ざして引きこもっていた。
 そのため、一部の信頼できる人を除いて、誰かと一緒にいて楽しいと思ったことは、確かに少ない。
 逆に、辛いと思うことの方が多かったような気さえする。

 しかし、その中でも、家族やエレナが楽しそうにしているのを見て楽しくなったり、嬉しくなったりしたものだ。
 そして私が釣られて笑うと、それを見た相手は更に嬉しくなる。
 幸せ、というのはそういう連鎖があって、増えていく性質があるのだと思う。

「私は、セオが笑うと嬉しいって思うよ。一人分の喜びが相手に伝わって、その人も嬉しくなったら、幸せは二倍になるんだよ」

 ――そして、セオに出会ってから、それは特に顕著だ。
 セオの感情の変化は、私の感情にダイレクトに訴えかけてくる。

「相手が喜んでくれたんだって思うと、自分もさらに嬉しくなるの。そうしたら、幸せは三倍にも、四倍にもなるんだよ」

 ――思い返せば、出会ったその時から、私はセオに惹かれていたのだろう。

 セオは、無気力で閉ざされていた私の心を、外の世界に向けさせてくれた。
 過去に、現在に、未来に失望していた私に、生きる意味すら与えてくれたような気がする。

 セオと一緒にいることが、今の私にとっての幸せそのものなのだ。

「特に、大切な人が喜んでくれると、すごくすごく嬉しいんだよ」

 ――私はセオのことが好き。
 けれど、セオと私の想いは違う。

 この気持ちは、伝えることは出来ない。
 セオの感情が戻りきっていないのに、この気持ちを伝えるのは卑怯だ。
 だが、せめてほんの少しだけでも、私の好意と感謝が伝わってくれればいい。
 私は、精一杯の想いを込めて、セオに微笑みかけた。

「パステル……どうしたの?」

「え? なにが?」

「笑ってるのに……寂しそう」

「え……? そんなこと……」

「嘘、下手だね」

 首を傾げて、そう告げたセオの美しいかんばせも、どこか寂しげにかげっているのだった。
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