上 下
23 / 154
第二章 青

第23話 「水の精霊の神子」

しおりを挟む

 夕方になり、帝都の教会へ向かった私たちは、『川の神子みこ』である神官長と会っていた。

 神官長は、こう言っては失礼になるかもしれないが、まさに普通を絵に描いたような人だった。
 中肉中背で、人の良さそうな顔立ち。
 年齢は三十歳前後だろうか。

 特筆すべき点があるとすれば、この人になら何でも話して大丈夫だろうという、不思議な安心感のあるオーラが漂っているという点だ。
 私たちがそれぞれ自己紹介を終えると、神官長は丁寧に頭を下げ、姿勢を戻してから挨拶をした。

「帝都正教会で神官長を務めております、ルードと申します。何卒よろしくお願い致します」

「忙しいのに無理を言って、すまんのう」

「いえ、とんでもない。迷える子羊たちを導くのも、私どもの大切な務めですから。……しかし驚きました、まさかあなた様がおいでになるとは」

「今日は、そなたに『神子』としてこの二人の相談に乗ってもらいたくて、時間を取ってもらったのじゃ。ワシはただの保護者であって、お主の知るワシではない」

「左様でございましたか。しかと心に留め置きましょう。……では、本題に入ります。セオ様、パステル様、本日はどのようなご用件でございますか?」

「実は……」


 私は、ルードに事情を話した。
 私が色を判別出来ないこと、私の眼の『色』を六大精霊が記憶と共に封印していること、私の記憶が戻ると同時に失われたセオの感情も少しずつ戻ってくること。
 そして、その封印を解くために、二人で一緒に六大精霊に会う必要があること。


「なるほど。水の精霊に会うために『水の精霊の神子』の力が必要なのですね。ですが、お覚悟はよろしいのですか? 話を聞く限り、その記憶が全てあなたの元に戻るのは、危険を伴うことのように思われるのですが」

「危険だとしても、私は、色づいた世界を見てみたいです。そしてその美しさを、セオと一緒に感じてみたい。……それに何より、両親やセオと過ごした大切な時間を、どうしても思い出したいのです」

「僕も、もっとたくさんのことを知りたいです。嫌な感情も少しずつ感じるようになっているけど、それより、パステルの感じる喜びや楽しさを、僕も感じたい」

 ルードの問いかけに私とセオが迷いなく答えると、ルードは深い色の瞳で、私たちの目を交互に覗き込んだ。

「迷いはないようですね。良いでしょう、協力させていただきます」

「ありがとうございます……!」

「お二人は信頼し、想いあっているのですね。なんと美しい」

 ルードは優しく微笑み、フレッドも頷いている。
 私はセオの顔をちらりと見た。
 セオもこちらを見ていたようで、目が合って、私は一人で気恥ずかしくなってしまった。

「初々しいですねえ。さて、水の精霊が住まう『水の神殿』ですが、深海にあるのです。私たち『水の精霊の神子』ならば問題なく行けますが、私の力ではお一人しか同伴させることが出来ません。お二人以上で行くなら、私以外の『水の精霊の神子』、すなわち『海の神子』『湖の神子』『滝の神子』のいずれかの力が必要になります」

「水の精霊の神子様は、たくさんいらっしゃるのですね」

「ええ。その分、一人一人が持つ力は、他の精霊の神子に比べて小さいと言われています。不便に思ったことも不満に思ったこともありませんけどね。ですが、今回のようなケースでは、少しだけ困りますね」

 ルードはそう言って、自嘲する。
 すると、今まで後ろで静かに見ていたフレッドが、ルードに話しかけた。

「のうルードよ、他に協力してくれそうな神子はおるのか? ワシは『海の神子』しか知らぬのだが、ちと頼むのが難しくての」

「うーん…少なくとも、『滝の神子』様は無理でしょうね。まだ赤子ですから。逆に『湖の神子』様はお年を召されて、病に伏せっておられます。体調次第では可能かとは思うのですが……」

「ううむ……」

 フレッドは顎に手を当てて、唸り始める。
 そこに一石を投じたのは、セオだった。

「お祖父様、それなら仕方ない。『海の神子』に頼むしかない」

「じゃが……」

「僕は平気。どっちみち呼ばれているから、話してみる」

「……ワシは、まだ動けないぞ」

「お祖父様は、ついて来なくても大丈夫。僕一人で何とかする」

「今回は、公式訪問ではない。変な条件は、絶対にのんではならんぞ」

「わかってる」

 フレッドの目がいつになく真剣な光を帯びる。
 セオも、どこか硬い雰囲気だ。
 私には話がさっぱり見えない。

「……ねえ、セオ、どういうこと?」

「『海の神子』は、ベルメール帝国の皇女殿下。会う度に僕に無理な要求をしてくるから、あまり頼りたくなかった」

「皇女殿下……?」

「パステルもさっき会った。『海の神子』は、メーア様だ」

「…………!!」


 私は、衝撃のあまり、しばしそのまま固まってしまったのだった。



 その後、フレッドはルードと話があるということで、私とセオは先に宿に戻ることになった。

 すっかり陽は落ちて、夜のとばりが下りている。
 だが、ロイド子爵領と違って、帝都の大通りはそこかしこに灯りが点いていて、歩くのに苦労しない。

 私はゆっくり歩きながら、セオに気になっていたことを問いかけた。

「ねえ、セオ。そろそろ、事情を聞かせてもらえない? 帝国の皇女様と付き合いがあるなんて、普通の家庭じゃないよね?」

「今の僕は、何者でもない。約束を果たすまでは戻れないから、今の僕は家名を持たない、ただのセオだ」

「その約束というのは、ラスさんとした約束とは違うの?」

「ラスとの約束の他に、僕が外に出る時に、元いた所に戻る条件として約束したことがある」

「その条件って……?」

「……ある人を、連れてくること。ただし、完全な状態・・・・・で」

「ある人って?」

 セオは、真っ直ぐに私の目を見る。
 その瞳は、街路灯の光を反射して、不安げに揺らめいている。

「……僕の心が導いた先、辿り着いた人」

「それって……」

「パステルのこと」

 私を、完全な状態・・・・・で連れてくること――

 それが、セオが家に帰るための条件で、私の所に来た理由……?

 セオは、私を完全な状態・・・・・――すなわち、全ての色と記憶を解放した状態に戻すために、真実を知るラスの元へと、私を連れて行ったのだろうか。


 そうだとすると、セオと仲良くなれたと思っていたのも、最初からそうなるように考えた上での行動だったのだろうか。
 確か、ラスが私を連れてくる条件としてセオに提示したのが、私とセオの信頼関係を構築することだったはず。

 セオの感情は、読みにくい。
 私の独りよがりで、私が勝手にセオに友情と好意を抱いてしまっていたのだろうか。

 セオの瞳をじっと見るが、今は何の感情も読み取ることが出来ない。
 街路灯の光が反射して、揺れているだけだ。

「セオ……そのために、セオは私に近づいたの……?」

 確認しようと問いかけた私の声は、小さく震えてしまった。

「…………」

「……そっか」

 沈黙は肯定である。

 私は悲しくなってきて、目を伏せた。
 セオの顔が見られない。

 私はセオと友達になれたと思っていたし、そう信じたい。

 セオは感情が薄くとも、優しいひとだ。それだけは確かである。
 付き合いが短くとも、決して上辺だけの友情なんかではないと信じたい。

 ——けれど、もしかしたら結局は、セオに上手く誘導されていたのかもしれないと、心のどこかで小さな疑念が生まれる。

 だが、それでも。

 緑色が戻ってきて感じた幸福感は本物であり、他の色も見えるようになりたいと思う気持ちは強くなっている。
 それに、いつか両親の記憶も思い出せる可能性が高い。

 六大精霊を探すという私の決意は、変わらない。

「……セオ、それでも私、水の精霊様に会いに行くよ。だから、明日、私もセオと一緒にメーア様に話をしに行く」

「パステル……ごめん」

「早くセオがお家に帰れるように、私も頑張るね」

 私は出来るだけ明るい声で、セオに話しかけた。
 セオの視線がずっと私に向いているのを感じてはいたが、私はセオの方を向くことは出来なかった。

 私は顔を上げて、道の先を真っ直ぐ見る。
 ぼんやりする視界を我慢しつつ、少しだけ上を向いた。
 これ以上目を伏せていると、涙が落ちてきてしまいそうだ。

「……パステル。僕、今は家に戻ることよりも、やってみたいことが出来た。僕、パステルと……」

「いいの、言わないで。私なんかに気を遣わなくても、いいのよ。……さ、宿についたね。明日は、一緒に皇城に行こうね。ふふ、緊張しちゃうな。おやすみ、セオ」

 私はセオの顔も見ずに無理矢理口元だけ笑みの形を作って、一方的にまくし立てた。

 逃げるように自分の部屋に戻ると、私はすぐさまベッドに飛び込む。
 枕に顔を埋めて、ただひたすら、声を殺して泣いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界国盗り物語 ~野望に燃えるエーリカは第六天魔皇になりて天下に武を布く~

ももちく
ファンタジー
天帝と教皇をトップに据えるテクロ大陸本土には4つの王国とその王国を護る4人の偉大なる魔法使いが存在した 創造主:Y.O.N.Nはこの世界のシステムの再構築を行おうとした その過程において、テクロ大陸本土の西国にて冥皇が生まれる 冥皇の登場により、各国のパワーバランスが大きく崩れ、テクロ大陸は長い戦国時代へと入る テクロ大陸が戦国時代に突入してから190年の月日が流れる 7つの聖痕のひとつである【暴食】を宿す剣王が若き戦士との戦いを経て、新しき世代に聖痕を譲り渡す 若き戦士は剣王の名を引き継ぎ、未だに終わりをしらない戦国乱世真っ只中のテクロ大陸へと殴り込みをかける そこからさらに10年の月日が流れた ホバート王国という島国のさらに辺境にあるオダーニの村から、ひとりの少女が世界に殴り込みをかけにいく 少女は|血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》の団を結成し、自分たちが世の中へ打って出る日を待ち続けていたのだ その少女の名前はエーリカ=スミス とある刀鍛冶の一人娘である エーリカは分不相応と言われても仕方が無いほどのでっかい野望を抱いていた エーリカの野望は『1国の主』となることであった 誰もが笑って暮らせる平和で豊かな国、そんな国を自分の手で興したいと望んでいた エーリカは救国の士となるのか? それとも国すら盗む大盗賊と呼ばれるようになるのか? はたまた大帝国の祖となるのか? エーリカは野望を成し遂げるその日まで、決して歩みを止めようとはしなかった……

【完結】城入りした伯爵令嬢と王子たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
ブルック王国女王エリザベスより『次期国王選びを手伝って欲しい』と言われたアシュリーは、侍女兼女王の話し相手として城入りすることとなる。 女王が若年性認知症を患っていることを知るのは、アシュリーの他に五人の王子たちのみ。 女王の病と思惑、王子たちの想い、国の危機…… エリザベスとアシュリーが誘拐されたことから、事態は大きく動き出す。 そしてそんな中、アシュリーは一人の王子に恋心を抱いていくのだった…… ※わかりやすいように、5人の王子の名前はあいうえお順にしています^ ^ ※5/22タイトル変更しました!→2024.3またまた変更しました…… ※毎日投稿&完結目指します! ※毎朝6時投稿予定 ※7/1完結しました。

拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです

熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。 そこまではわりと良くある?お話だと思う。 ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。 しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。 ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。 生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。 これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。 比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。 P.S 最近、右半身にリンゴがなるようになりました。 やったね(´・ω・`) 火、木曜と土日更新でいきたいと思います。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

父ちゃんはツンデレでした

文月ゆうり
ファンタジー
日本の小さな村に住む中学生の沙樹は、誕生日に運命が動き出した。 自宅のリビングに現れたのは、異世界からきたという騎士。 彼は言う「迎えにきた」と。 沙樹の両親は異世界の人間!? 真実は明かされ、沙樹は叔母とともに異世界に渡る。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...