17 / 154
第一章 緑
第17話 「真実」
しおりを挟む――痛みと引き換えに、私の眼に『色』を戻すことが出来る。
ラスは、そう私に告げた。
「……『色』を戻す、とは……どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。君の眼は、元々普通に見えていた」
「――え?」
そのままの意味だと言われても、全然分からない。
元々は普通だったのなら、何故私の眼は色を失ってしまったのだろうか。
「まあ、とはいえボクが預かっているのは緑だけ。全てが元通りになるためには、他の六大精霊にも会わないといけないよ。それに、みんな辺鄙な所にいるから、会える保証はない」
「六大精霊が、私の『色』を預かっているのですか? どうして?」
ラスは、その猫目でじっと私を観察している。心の中を覗き見されているような、不思議な感覚だ。ラスは私が困惑しているのを、楽しんでいるようにも見える。
「……パステル、君さ、小さい頃の記憶が無いんじゃない?」
「ええ、確かに、今の両親に引き取られてからのことしか覚えていないですが……そういうものではないのですか?」
「くふふ、じゃあ確認してみる? セオ。四、五歳の時のこと、覚えてる?」
「朧げにだけど、覚えてる。忘れてることも多い。でも、きっかけがあれば思い出す。さっきも、パステルの言葉で思い出したことがある」
「え? 何のこと?」
「以前にも、パステルに言われた。セオを信じる、って」
「え? 言ったっけ?」
セオは頷いた。先程、山の麓でそう言ったのは覚えているが……セオがうちに来てから今日までの間に、そういう会話をした覚えはあまりない。
だが、セオの返答は予想外のものだった。
「言った。——十年ぐらい、前に」
「……私、セオと会ったことあるの?」
セオは、再び頷いた。
「僕も、最初はパステルのこと、わからなかった。僕の初めての友達だったのに、名前すら、覚えてなかった。でも、僕の感情が、いつ以来かわからないぐらい久しぶりに動いて、それで……少しずつ、思い出した」
「セオと……子供の頃に会ってた? 私……?」
私はそんなこと、全然、まったく、覚えていなかった。
記憶をどうにかして探ろうとするが、出て来るのは今の家族と使用人の顔ばかり。
それ以前のことは、どこをどうひっくり返しても出てこない。
ラスは、容赦なく追い討ちをかける。
口元には弧を描いたまま、私を試すように見据えながら。
「パステル。普通はきっかけさえあれば、ぼんやりとなら思い出せるものなんだよ。特に、大切な思い出は、頭の中で何度も反芻するからね。細部は違っても、欠片ぐらいは残ってるのさ。……まあ、セオは感情が動かない分、他の人間よりも子供の頃の記憶は多く残ってるみたいだけどね」
「私……私……」
――どうして、忘れてしまったんだろう。
セオのことも、両親のことも、私は大切なことを何一つ覚えていない。
虚しさと混乱と、申し訳なさで、視界が少しずつ歪んでゆく。
「ああ、泣くことじゃないよ。思い出せなくて当然なんだ。パステルの記憶は、今はパステルの中には存在しないからね」
「え……? どういう、事ですか……?」
「――思い出したい?」
「それは……勿論です」
「いい記憶ばかりじゃないし、辛い記憶の方が多いと思うけど。それでも?」
「……それでも、思い出したいです」
「へぇ」
ラスの口元がさらに深い弧を描いていく。
猫のような吊り目は、じっと私を見据え続けている。
「ここからは、セオもよく聞いて。ボクが知っている『真実』を伝えるよ」
セオが、静かに頷く。
空気が張り詰めて、痛いぐらいだ。
「まず、パステルの記憶は、今はパステルの中には存在しない。ボク達が預かってる『色』を器として、当時の『巫女』によって封印されてる」
「巫女、とは何ですか……?」
「『巫女』は、『神子』と対になる存在。まあ、簡単に言うと人間界の窓口が巫女で、精霊界の窓口が神子、ってとこかな」
「なら、その巫女様に会わなくてはいけないのですか?」
「いや、必要ない。というか当時の巫女はもうこの世にいないからね。まあ、それは一旦置いといて」
ラスは、手のひらを上に向けて、その腕を伸ばす。
その手には、緑色の光が渦巻いている。
——私は、この色を、知っている。
「君がこの光を受け取れば、君の眼は緑色とそれに近い色を取り戻す。それと一緒に、一部の記憶が戻ってくる。さらに……これは推測だけど、セオの感情も、ほんの少し戻るはず」
「セオも……?」
「そう。君の失われた眼の色と、記憶。セオの失われた感情。互いに関係があるのさ。だからこそ、セオがパステルともう一度信頼関係を構築するまでは、パステルには事情を話さないようにと念を押したんだよ。軽々しく決めていいことじゃないしね。――でも」
ラスは、くくっ、と笑って、続けた。セオは顎に手を当て、何やら考えている。
「フレッドのコテージで、君、セオのことでボクに怒ったでしょ? あれは、面白かったなあ。正直、そんなに早く心を許すとは思ってなかったよ」
ラスは、先日のやり取りを思い出したのか、楽しそうに笑っている。
「——さあ、受け取るかい? それとも、やめとくかい?」
「……セオは、どうしたい?」
「パステルが、決めていい。僕は、感情が戻ることでどうなるのか、想像つかないから」
「……わかった」
私は、その言葉で覚悟を決めた。
「その光——お受けします」
「二人は、痛みを……受け入れるんだね?」
「「はい」」
私とセオは同時に返答した。
「……じゃあ、二人で一緒に、この光に触れるんだ」
ラスは、緑色の光から手を離し、一歩下がる。
私はセオと顔を見合わせ、頷きあった。
私の右手と、セオの左手が緑色の光を包む。
光が渦巻き、強い風が吹き荒れる。
渦と化した風の外側から、ラスの声が遠く聞こえる——。
「当時の巫女がパステルの記憶とセオの感情を封印したのは、それが危険な記憶だったからさ。幼かった君たちが壊れてしまうような、ね。けど、君たちは充分成長した。これからは二人助け合って、自分達自身で過去を克服するんだよ。ボクの可愛い神子と、巫女——」
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる