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聖夜の街のキッチンカー🎄Kitchen car in the Noël Town

第46話 光のいたずら

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 日暮れと共にキッチンカーの営業を終了し、私とドラコは後片付けをした。
 明日も午前中だけ営業してから森へ帰る予定なので、ワゴンには大きな布を被せて、そのままこの場所へ置いていく。

 冷めた花蜜の入った瓶と、軽く洗って布を巻いた小鍋、コンロの動力である魔鉱石はショルダーバッグに詰め、コンロ本体と看板、小物類は、ワゴンの扉の中に収納した。

 今日残った商品は、ぶどう飴が一本と、みかん飴が二本。
 明日販売する分は、早朝に仕込みをする予定だ。
 ショルダーバッグをドラコの肩にかけてあげてから、残った飴を三本ともドラコに渡す。

「良かったら、ライくんとフウちゃんと分け合って食べて。私は、聖樹祭を少し見たいから、あとで迎えに来てくれると嬉しいな」

「合点承知ですー! あ、でも、聖樹広場からは出ないで下さいね」

「うん、わかってる」

「じゃあ、またあとで、ですー!」

「はーい。またあとでね」

 ぱたぱたと羽ばたいていくドラコを見送ると、私は人の減り始めた聖樹広場をぐるりと見渡した。

 人が減り始めたと言っても、まだまだたくさんの人がお祭りを楽しんでいる。
 日は沈んだけれど、聖樹広場は端から端までライトアップされていて、出店の看板に書かれている文字が読めるぐらい明るい。
 中央にそびえる聖樹は綺麗に飾り付けられ、ひとつひとつのオーナメントが幻想的な光を放っていた。

 私は、光に吸い寄せられるように、聖樹へと近づく。

「綺麗……」

 人の祈りによって聖なる力が宿った、大きなモミの木。
 オーナメントだけではなく、幹も枝も淡い光を放っているのは、精霊の力によるものだろうか、それとも人々の祈りが与えた輝きだろうか。

 私は、その幹にそっと手を添える。
 冷たく固いはずの木の肌は、なんだか不思議とあたたかくて、柔らかないのち・・・の感触がした。

「……ああ、ここにアデルがいたらよかったのに」

 私は聖樹の幹に触れながら、ぽつりと呟いた。
 周りを見渡すと、家族連れや友達同士のグループは姿を消し、仲睦まじいカップルだらけだ。

 けれど今、私はひとりで、森にいるアデルもひとり。
 この聖なる夜を愛しい人と過ごすことができたなら、きっとすごく素敵な夜になるに違いない。

 この場所は幸せに満ちていて、笑顔が溢れている。
 それはとても素敵なことだけれど、私は少しだけ寂しくなって、小さく息をついた。


 ――その時。
 キーンという高い音と共に、辺りが突然、まばゆい白光に包まれた。


「……!?」

 あまりのまぶしさに、私は腕で顔を覆う。
 ややあって、強い光は収まり、私はゆっくりと目を開けた。

「あ、あれ……? 何が……?」

 辺りの喧騒が、すっかり消えている。
 それどころか、あれだけ沢山いた人や妖精が、今は全く見当たらない。
 しかし、人の気配がしなくなった以外は、出店もライトアップも、月や星の位置も、その辺りのテーブルに置いてある飲みかけのホットワインから立ち上る湯気まで、何一つ変わっていないようだ。

「これは一体……? みんなは、どこへ?」

「ほーっほっほっほう。驚かせてしまったかな」

「えっ!?」

 突然後ろからかけられた声に、私は驚いて振り向く。
 さっきまで誰もいなかったはずなのに、そこには、白いトリミングのついた赤い服と赤い帽子を身につけ、大きな袋を背負った老人が立っていた。
 恰幅の良い老人で、ボリュームのある白い髭が顔の下半分を覆っている。

「あなたは?」

「俺は光の精霊だ。せっかくの良い夜に、聖樹に手を触れてため息なんぞつきおって。幸せが逃げちまうぞ」

 光の精霊は、老人のような見た目と優しい瞳とは裏腹に、少し荒っぽい口調である。
 威圧感があるわけではない。むしろ、心配や思いやりの気持ちが伝わってきた。
 私は、素敵な夜に水を差してしまったことを申し訳なく思い、頭を下げる。

「……ごめんなさい」

「まあまあ、わかりゃあいい。謝るぐらいなら、そうだな……逃げてしまった分だけ、幸せを払ってもらおうか」

「え? 幸せを払うって……どうすれば?」

「ほっほっほう」

 光の精霊は意味深に笑うと、聖樹の光に、すうっと溶けるように消えていった。

「あの、精霊様……?」

 私は聖樹に手を伸ばして語りかけるが、精霊は応えてはくれなかった。この謎の空間も変わらず、ひとりのままだ。

「どうすれば……」

 私は伸ばしていた手を下ろし、聖樹を見上げる。
 聖樹は変わらず、優しく淡い光を放っていた。

 そうして、ただ聖樹を見上げていると――

「――レティ?」

 静寂に包まれた空間に、聞き慣れた声が……私が最も望んでいた声が、響いたのだった。


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