47 / 50
聖夜の街のキッチンカー🎄Kitchen car in the Noël Town
第45話 キッチンカー、出店!
しおりを挟む電気の魔法道具店を後にした私たちは、用事を終えて合流したライと共に、キッチンカーの出店場所を下見しに行った。
もちろんその前に、ノルから指輪の料金についての話も聞いてある。やはり、宝石を持ち込めば割安で作ってくれるようだ。
私たちは、翌日の営業に向けて必要なことを確認すると、雷雪山の頂上へと戻り、雷精トールの家で休ませてもらったのだった。
森暮らしでそこそこ体力がある私たちも、一日中動き回って、すっかりへとへとだ。
特にドラコは、日課のお昼寝もしていない。ライと遊ぶために持ってきていた手作りのボードゲームらしきものが活躍する機会もなく、ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。
そして翌朝。
聖夜の街名物、聖樹祭の当日である。
ライやノルの話によると、聖樹祭には観光客も多く訪れるということだ。目立たない場所とはいえ、キッチンカーの売上も多少は期待できるかもしれない。
朝早く支度を済ませて、飾り付ける前の手作りワゴンを、ドラコとライに手伝ってもらって街まで降ろす。
花の妖精にもらった色とりどりの布をワゴンの上部にかけたら、布が外れないようにしっかり巻き付けていく。
一番綺麗な面が外側の目立つ場所に来るように布を張れば、無骨な木の梁があるだけだったワゴン上部が、簡易的かつカラフルなシェードになった。
商品を置く部分には、クリーム色の布地を敷く。
フルーツ飴の鮮やかな彩りが目立つように、かつ、清潔感が感じられるようにするためだ。
それだけなら薄いブルーなどでも良いのだが、寒色系の色よりも暖色系の色の方が食欲を増進させる効果があるから、クリーム色をチョイスした。
布を張り終わったら手作りの看板をワゴンの前に置く。木版にメニューを書いて、イラストをつけたものだ。
料金は子どものお小遣いでも買えるようなお手頃価格に設定し、その分、串も小ぶりにしてある。
森のレストランで出す時は、いちごやぶどうなら三つか四つ、小さめのりんごなら一個まるごとフルーツ飴にしてしまうことが多いのだが、今回は小さなフルーツなら二つ、大きめのフルーツはカットして蜜にくぐらせる、といった具合だ。
また、りんごには、カットの際に簡単な飾り切りを施してある。
とはいえ、蜜にくぐらせる工程があるため、以前ドラコやアデルに出したような複雑な形状にはできなかった。
皮の部分を動物や妖精の絵柄に切り取る程度の細工だが、けっこう可愛くできたと思う。
「さて、あとは串をグラスに挿して並べたら――開店よ!」
「ふふふ、レティ、張り切ってるですね」
「だって、楽しみなんだもの! うふふ、嬉しいなあ」
「レティの緩みきったその顔、久しぶりに見たです。レストランを開店した時以来ですー。ここは森の外なんですから、ちょっぴり引き締めるですよ」
「うふふふ、そんなこと言われてもねえ」
引き締めろと言われても、嬉しいし楽しいし、笑顔は自然に溢れてきてしまうものだ。
また妖精の悪戯だろうか、キラキラした光が近くで巻き上がって飛んでいく。
目には見えないけれど、光を放っている妖精たちも、私と同じく聖樹祭が楽しみではしゃいでいるのかもしれない。
そうこうしているうちに開店準備も整った。
人通りもぼちぼち増え始めたところで、私はエプロンの紐をきゅっと縛り直し、手をぱちん、と打ち鳴らす。
気合いを入れるためにいつもやっている、開店の合図だ。
「それでは、レティのキッチンカー、開店します!」
「了解、ですー!」
ドラコと目を合わせて頷きあうと、私たちは呼び込みを始める。
今回の販売ターゲットは、子連れの家族と若い女の子だ。
「いらっしゃいませー! フルーツ飴はいかがですかー?」
「恵みの森の、新鮮でおいしいフルーツですよー!」
少しずつ増え始めた人々が、ぐつぐつ煮えている甘い蜜の香りにつられて、こちらへ目を向けてくれる。
私は鍋をドラコに任せると、すかさず笑顔で声をかけて、フルーツ飴の売り込みを始めたのだった。
*
午前中にキッチンカーの営業を開始して、ドラコと交代しながら休憩を挟みつつ、一日の四分の一が過ぎようとしていた。
おやつの時間もそろそろ終わりだ。日が西に傾き始めている。
「いちごのやつ、一本ください」
「私はみかんの飴がいいー!」
「ありがとうございます。お姉ちゃんがいちごで、妹ちゃんがみかんね。はい、どうぞ」
「わーい、ありがとう」
「つやつやキラキラで可愛いねー!」
「朝、通りがかった時に気になっていたんです。まだ残っていて良かった」
「まあ、そうでしたか! 嬉しいです、ありがとうございます!」
フルーツ飴の売り上げは、想像していたよりずっと順調だった。
もう少しで、用意していた分も売り切れそうだ。
辺りを見渡してみれば、お肉の串やホットドッグなど、食べ歩きできる食品を売っている出店がたくさんあった。
歩いている人は、大抵片手に何かの串やホットワインのカップなどを持っている。
「フルーツ飴にして正解だったですね」
「うん、そうね。お祭りだから、お客さんも食べ歩きできるものが買いやすいみたい。――それにしても」
見渡す限り、笑顔が溢れている。
家族連れも、恋人たちも、友人同士のグループも、皆楽しそうだ。
一人で歩いている人もいるが、お祭りの空気を楽しんでいるようだった。
「――人の街でこんなに幸せな光景を見たのは、初めてかも」
私は、母が切り盛りしていた食堂の、常連のお客様たちの笑顔を思い出していた。
あの頃は、あの空間にも確かに幸せが満ちていた。私はお客様たちの笑顔を引き出す母を心から尊敬していたし、憧れていたのだ。
憧れはいつしか目標に変わり、母よりもたくさんの笑顔を引き出せる素敵なレストランを開店することを夢見て、私はずっと頑張ってきた。
今回お客様たちが見せてくれた笑顔は、私自身の力ではなくて、お祭りの力によるところが大きい。
けれど、それでも。
自分たちが用意したフルーツ飴で、人が笑顔になってくれるのを見るのは、やはり筆舌に尽くしがたい喜びがある。
「レティ、泣いてるですか?」
「――え?」
ドラコに指摘されて初めて、私は自分の頬に涙が伝っていることに気がついた。
「あ……本当だ」
「……もう少しで売り切れますね。あとはドラコが売り子をやりますから、少し座っていたらどうですか?」
「そうね……そうしようかしら。ありがとう、ドラコ」
「いいえ、とんでもないです。聖樹祭、来て良かったですね。にししし」
ドラコも楽しそうに笑っているのを見て、私も自然と頬が緩む。
「――うん、本当に!」
私は、力強く頷く。
アデルとドラコと、ライやフウ、ノル……こんな風に幸せな時間を過ごせたのは、みんなのおかげである。
聖樹祭の本番は夜だというけれど、私は、たくさんの良いことを体験できて、もうすっかり満足だ。
満足したら、なんだか無性に森が恋しくなって――アデルの顔が見たくなって、ほんの少しだけ、寂しくなったのだった。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
仲室日月奈
恋愛
乙女ゲームのイベント分岐の鐘が鳴った。ルート確定フラグのシーンを間近に見たせいで、イザベルは前世の記憶を思い出す。このままだと、悪役令嬢としてのバッドエンドまっしぐら。
イザベルは、その他大勢の脇役に紛れることで、自滅エンド回避を決意する。ところが距離を置きたいヒロインには好意を寄せられ、味方だと思っていた専属執事からは宣戦布告され、あれ、なんだか雲行きが怪しい……?
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢のラブコメ。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる