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靴職人と黄金の布団👠 The shoemaker and the golden blanket

第38話 悪戯よりも思いやりを

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 レプラコーンの家を訪ねたあと、私を追いかけてきたドラコと一緒に、なんとか家へと帰りついた。

 アデルは、なかなか戻って来なかった。
 ドラコは、「きっとレプラコーンにお説教してるですー! 性格がひん曲がってる妖精だから、豚の耳に念仏のような気もするですけど!」などと言っていた。
 それを言うなら馬だ、とツッコミを入れる気力もわかなかったが、ドラコのおかげで少しだけ元気が出た。

 けれど、何日もかけて用意したおせち料理がダメになってしまったのは、やっぱり悲しい。私は結局、何をするでもなく自室にこもり、気付けば夕方になっていた。

「もう、夕方ね……ご飯の支度、しなくちゃ」

 食欲はわかないが、アデルとドラコのために、何かご飯を作らないと。残さず美味しく食べてくれる人がいるというのは、本当にありがたいことだ。

 私はやる気の出ない自分に鞭を打ち、緩慢な動きでキッチンへ向かう。
 だが、部屋から出て階段を降りていく途中で、私の耳は違和感を拾い上げた。
 なんだか、いつもより賑やかな気がする……ドラコが二人になったみたいな。

「んー、これこれ、最っ高に美味しいです! 今取り分けてやるです!」

 誰かお客さんが来ているのだろうか。
 それに、誰かが食事の用意をしてくれたのだろうか、かちゃかちゃと食器が鳴る音が聞こえてくる。

「――なんやこれ、見た目の割になかなかイケるやん!」

「でしょー!? レティのお料理は、美味しいんですー!」

 階段を降りて廊下を曲がると、賑やかな声がよりはっきりと聞こえてきた。
 ……この特徴的な話し方は、もしかして……。

「こっちも食ってみろ。美味いぞ」

「ええ? なんでっか、これ? 里芋?」

「くわいという野菜だ」

「ほぇー。けったいな野菜があるもんやなあ」

 やっぱりそうだ。
 ダイニングテーブルに着いて、アデルとドラコと一緒に食事をしていたのは――

「……レプラコーンさん?」

「おお、姉ちゃん。邪魔してまっせ」

「……どうして?」

 昼間は、「二度と来るな」と追い出されてしまった。
 なのに、どうしてこの家に来ているのか。

「嘘や悪戯を控える、という条件で、家に上がっても良いと許可を出した」

「せやから、今のワイ、正直モンや! 嘘ついたらアデルの兄ちゃんに燃やされそうやしな」

「悪戯をしたらドラコが燃やしてやるですからね!」

「おお怖っ」

 そう言って、レプラコーンは自分の体を抱き、大げさに震えるような仕草をする。
 アデルはともかく、ドラコとはなんだかんだで仲が良さそうに見えて、私はすっかり毒気を抜かれてしまった。

「それ、おせちの余り?」

「ああ、そうだ。先に食べ始めてしまって、すまない」

「ううん、それはいいけど……」

 テーブルの上に並んでいるのは、弁当箱に詰めきれなかったおせち料理の数々だった。
 弁当箱ではなく、普段の食器に盛られているものを、個々の小皿に取り分けてつついていたようだ。

「……その、口に合うかしら?」

「ああ、めっちゃ美味いで。見慣れないモンばっかりやったし最初は手が出んかったけど、食うてみたらなかなかイケたわ」

「そう……良かった。私、レプラコーンさんのご機嫌を損ねてしまったかと思って」

「あんなあ、昼間のアレは、不可抗力や」

 レプラコーンは、申し訳なさそうに眉を下げた。

 昼間のアレというのは、弁当箱をひっくり返してしまったことだろう。
 だが、あれは半分、私が悪いのだ。レプラコーンにしつこく弁当箱を押し付けたから。

 レプラコーンは、もじもじしながら、続ける。

「せやけど、その……なんや、やっぱり美味そうやったなぁ思うてな。呼ばれたったで」

「……おい、レプラコーン。そうじゃないだろう」

「……せやな。その、姉ちゃん……昼間は、ワイが悪かった。ホンマ、すんまへんでした」

 アデルに促され、レプラコーンは、立ち上がって頭を下げた。

「いいえ……私も、お料理を押し付けてごめんなさい」

 私も謝罪すると、レプラコーンは頭を上げて、空気を切り替えるように明るい声で話し出した。

「料理、みんな美味いわ。黄金色のヤツも、甘うてホクホクして……食いモンで幸せな気持ちになったん、久しぶりやわ」

「……本当? 美味しい?」

「ああ、ご馳走やで。ワイ、この家いる間は嘘つかへん言うたやろ」

 そう言って、レプラコーンは蓮根をポリポリとかじる。
 嘘をついていないのは、彼の表情や仕草を見れば明白だ。

「ほんで、お詫び……っちゅうのも変やけど、靴のオーダー、受けることにしたわ」

「まあ……! いいの?」

「ああ、ええで。せやさかい、後で足のサイズ測らしてえな」

「……ありがとう、レプラコーンさん。でも、お詫びなら、受け取れないよ。だって、相手が違うもの」

「へ?」

「お詫びをするなら、無駄にしてしまった食材に。森の恵みに、生命に。もう二度と、食べ物を粗末にしないって約束して」

「……ワイのために時間無駄にしてもうたやん。それはええんか」

「だって、結局、食べてくれたでしょ? なら、私の時間は無駄になってないよ。可哀想なのは、口に入ることのなかった食材たちだけだわ」

「……ジブン、ほんまもんのエエ子やな。ワイには眩しすぎるわ」

 レプラコーンは、「こんな子に意地悪をしよう思たんが、ようなかったんやろな」と、口を開けてニカっと笑った。
 前歯が一本欠けていて、愛嬌たっぷりの笑顔だ。

「よっしゃ、わかった。もう二度と、食いモン粗末にせん。約束や。ほんで、生命に、恵みに感謝する。それから……お詫びやのうて、この料理のお礼に、靴を作ったる。せやったら、ええやろ?」

「お礼……! うん! ありがとう、レプラコーンさん……!」

 おせち料理のお礼として靴を作ってくれる……それは、レプラコーンに、想いが、真心が届いたということだ。
 私はそれが、とにかく嬉しかった。
 それと同時に、昼間の悲しみも怒りも何もかも消えて、心の底からホッとしたのだった。

「なあ、レプラコーン。悪戯や嘘で相手の気を引こうとするよりも、真心や思いやりを与えることで相手に見てもらう方が、ずっと気持ちが良いだろう?」

「……せやな。あんたの言う通りや」

 アデルの言葉に、レプラコーンは神妙に頷く。

「……ワイ、ずっと独りやった。こんな賑やかな食卓、ほんま久しぶりや。誰かと一緒に食卓を囲むって、こんなええモンなんやな」

「レプラコーンさん……」

 再びニカっと笑ったレプラコーンの瞳が、きらりと光る。

「せやけど……悪戯全くしないっちゅうのも、なんやウズウズすんねんなあ」

「……キサマは、意外といい奴ですー。盛大に迷惑なものじゃなければ、ちょっとの悪戯なら、見逃してやるですー。ね、レティ、アデル」

「ふふ、そうね」

「……俺は御免被ごめんこうむる」

「お? あんたら……言うたな? ええねんな? ほんまにええんやな?」

 レプラコーンが、ものすごく嬉しそうな顔をする。
 アデルは嫌そうに顔をしかめ、ドラコは「うっ」と少し後悔したような顔をした。

「よぉーし! せやったら、早速靴作りの準備や。足のサイズ見せてえな。えーと、巻き尺は……あった、これや!」

「ギャー!! 毒蛇ですぅぅぅ!!」

 そう言ってポケットを漁ったレプラコーンが取り出したのは、毒蛇のオモチャだった。
 ドラコは思いっきり飛び上がった……同じ爬虫類っぽいのに、蛇は苦手なのだろうか?

「きひひひ、悪戯する言うとったのに、引っかかりよった! トカゲはん、オモロいなあ」

「とっ! トカゲじゃないのですー! 訂正するですー!!」

「ん? なんや? どっからどう見てもトカゲやないかい」

「きぃー!! 待つです、こんの、悪戯妖精っ!! 燃やしてやるですー!!」

「きひひひひ! ここまで来てみいや!」

 一気に賑やかになったダイニングで、ドラコとレプラコーンが走り回っている。
 彼らの楽しそうな表情に、私の頬も緩んでいく。
 アデルも、『仕方がないな』と言わんばかりに腕を組んで二人を眺めているが、その目も口元も、優しく弧を描いていた。

 賑やかに、深まっていく夜には、寂しさの影なんてひとつもなくて。
 私たちに、またひとり、かけがえのない友人が増えたのだった。


 🍳🍳🍳

 【靴職人と黄金の布団👠】Completed!!

  ▷▶︎ Next 【聖夜の街のキッチンカー🎄】




 お読みくださり、ありがとうございます!
 次章開始まで、またしばらくお時間を頂戴致します。
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