上 下
105 / 106

第105話 賞賛

しおりを挟む
「ひどい目に遭ったわ」

 ティシャツに張り付いてもおかしくなかった女神様は気付けば餅のようにぷくっと膨らみ、元に戻っていた。

 もうね、どういう生き物なのか、そもそも生き物なのかも謎です。

「えと、大丈夫ですか? そもそも精霊さんに邪魔出来るような話なのですか?」

 ふぅと一息を吐いて落ち着いた女神様に声をかけてみると、虚空を眺め数秒。

「社長と営業部長。どちらが業務に秀でているかしら?」

 と、逆に謎かけが返ってくる。

「営業部長……ですか?」

「そう、業務をこなすだけなら社長も把握はしているでしょ? でも、現場を本当に理解してこなすのであれば、現場のトップの方が詳しいの」

 要は世界というものを司る女神様でも違う世界に穴を開けて入り込む事は出来るけど、その世界で色々専門に管理している精霊さんの手にかかればその穴を修復されて、異物としてど根性状態になったと。

「凄いね、精霊さん」

 誉めてみると、途端に縦横に並びウェーブが始まる。

 と、女神様もその端に並んで伸び上がったり、しゃがんだりしている。

「楽しいわね」

 真顔で告げる駄女神に何をしに来たのか、どのタイミングで問えば良いのか非常に悩む次第だった。

 暫く互いの健闘を称えあいながら和やかな談笑を繰り広げていた女神様がふと正気に戻ったのは小一時間も経過した頃である。

「とりあえず、おめでとう」

 きりっとした表情を作った女神様が告げた言葉に、ぎょっとしてしまう。

 この駄女神の賞賛とか、恐怖しか感じない。

 すわ、また難事かと身構えると、胡乱な眼差しを向けてくる女神様。

「人の事を何だと思っているの?」

 人じゃないよねとか、疫病神的な何かかなとか、失礼な事は色々考えた。

 でも分別のつく大人なので、すべての酸いも甘いも噛み締めて飲み込み、笑顔を向けてみる事にする。

「まぁ、良いわ」

 若干チベットスナギツネ成分を残した眼差しのまま、唐突に手の中に現れたクラッカーを鳴らしつつ、口を開く。

「この世界に新しい文化をもたらしました。いや、思っていたよりも断然早かったわ」

 要は食生活や新しい工法など、この世界でやってきた事を評価するという話だった。

 うん。

 評価されるのは良いけど、何かメリットはあるのだろうか。

 正直、何が起こるか分からない恐怖しかないし、この世界にもしがらみが生まれている。

 別の世界に単身赴任です、いぇーいなんて事になったら、本末転倒を通り越して泣く。

「そんな事、言わないわよ」

 女神様の言葉に、心が読めるのかとぎょっとする。

「心なんて読めないわよ? いや、読めるけど、今は読む気は無いし、読むまでもなく分かるわよ」

 女神様の言葉に、そこまで顔に出していたのかと、頬を抑えてしまった。

「無礼なのは前からだから気にしないわ。今回は単純に賞賛よ。よくやってくれたわ」

 女神様曰く、この世界に関して予測上、近いうちに滅ぶだろうとの事。

 いや滅ぶ予定だったと、過去形だった。

 というのも、発展の端緒もないまま魔物との消耗戦を繰り広げる限り云千年もすれば生きとし生けるものが存在しない状況まで移行するのは目に見えていた話らしい。

 で。

 そういう過酷な運命を変えるための変動因子として送り込まれたのが私という事で。

 大事な事は最初に伝えてほしいものだが、伝えたら伝えたで歪む可能性が高かったので何も告げず放り込んだというのが真相なようで。

「いや。本人はか弱いけどね」

 女神様が告げた視線の先には、まだわちゃわちゃしている精霊さん達の姿が。

「この世界に関してはあなたが『スキルを観測する能力』を以って現出した結果、スキルが具現したの」

 卵が先か鶏が先かという話ではあるが、そもそもこの世界にスキルなんて概念はなかったのに、私が現れた事によってスキルというものが生まれたという事で。

「精霊へアプローチするすべを人が明確に手に入れた訳ね」

 それが私という事で。

「スキル……。人のわざは引き継がれるの。あなたの子孫に同じく、精霊に介在する能力が現れるでしょう」

 女神様の言葉に、精霊さん達がざわめく。

 ただでさえ遊び相手を求めている精霊さん達に私以外の相手が生まれる可能性が存在する。

 それだけで吉兆なのだろう。

「という訳で。文化導入に伴い、社会の崩壊を食い止めた事」

 女神様が指折りながら告げる。

「精霊達の永の孤独を埋めた事」

 また一つ折られる。

「そして現地できちんとつながりを得た事」

 女神様の視線の先には、家の中で掃除をしているリサさんの姿が映っている。

「この三つの成果をもちまして、賞賛に値すると考えます。なので、このままここで生活をして下さい」

 その言葉に、若干ずこっと滑りかける。

 でも。

「第二の人生、それを正式にあなたに委ねます。この世界は那由他の倦怠を抜けて新たな目覚めを、小さな、でも確かな一歩を踏み出そうとしています。あなたはそこで生きるに相応しいの」

 女神様の言葉を噛み締めて、咀嚼する。

 唐突に湧いた第二の人生。

 目的もよく分からないまま落ちてきたこの世界。

 今、ここで生きても良いよと改めて告げられた、その理由。

「では?」

「今後、超常の存在があなたの人生に干渉することは無いでしょう。あなたの成したいように生きれば良いわ」

 その言葉が脳に浸透した瞬間、心の中に安堵が生まれる。

 心の片隅で存在していた、何らかの目的を達成した後に何が起こるか。

 これまでの生活は夢みたいなものでしたと砂上の楼閣のように今の生活が崩れかねない恐怖。

 それが取り除かれたのだ。

「与えられたものが不安に思うのは、それが失われる事だものね。これからは、今まで以上に好きに生きなさいな」

 そう告げた女神様が立ち上がる。

「では、そういう事で」

 手を振ったと思った瞬間、ひゅぽっとその姿を消す女神様。

「最初からそうやって現れたら良かったのでは……?」

 呆然と呟いた私は、悪くないと思う。
しおりを挟む
感想 119

あなたにおすすめの小説

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

私のスローライフはどこに消えた??  神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!

魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。 なんか旅のお供が増え・・・。 一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。 どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。 R県R市のR大学病院の個室 ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。 ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声 私:[苦しい・・・息が出来ない・・・] 息子A「おふくろ頑張れ・・・」 息子B「おばあちゃん・・・」 息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」 孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」 ピーーーーー 医師「午後14時23分ご臨終です。」 私:[これでやっと楽になれる・・・。] 私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!! なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、 なぜか攫われて・・・ 色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり 事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!! R15は保険です。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

処理中です...