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第015話 演劇のような、一幅の絵のようなマルシェ

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 まぁね。

 お肉さんをリサさんに見つからないようにこっそりと精霊さん達に分けていた訳ですが。


 宿屋に戻ってからが凄いの。

 お肉なんて渡す機会が無かったから、初めてのお味に大興奮。

 地を這い刻む重低音ビートは、魂の鼓動。

 って感じで、サンバディスクリームな夜は大波乱。

 物凄い騒ぎになっていたけど、物販の疲労がピークに達していた私は気絶するように眠りに就いた。

 だって、アルコールも入ってたしね。

 そして明けて朝。

 空が宵闇から群青に染まる頃にはもう、この世界の人達は活動に入る。

 久々の酔い覚めは不快なものを感じさせず、健全な肉体が良い仕事をしているようで。

 素泊まりの宿をチェックアウトして、高価な果実と昨日の収穫で現時点で村に必要のないものを選別の上、再度市場へ。

 ちなみに、不要不急なアイテムは馬車に積載。

 また、丁稚奉公君とガツンと拳を交わしていた。

 場所取りと陳列が終わった頃に、リサさんが朝食をゲットしてくる。

 コストパフォーマンス重視のお肉は僅かの野菜スープと焼き立てのナンもどき。

 いつもと同じようなラインナップに昨日との落差を感じて、笑ってしまった。

 リサさんも同じ気持ちなのか、微妙な表情を浮かべながら啜っているのが印象的だ。

 昨日の常設市と朝市の差異は間違いなく客層だろう。

 常設市は鵜の目鷹の目で獲物を狙いすますバイヤーが多い、ちょっと玄人な感じ。

 逆に朝市は活気に満ち満ちているけど、買いに来るのは奥様方や飲食店の料理人さん達。

 偶に混じっているのは、北側に居住区を持つお偉いさんの家の使用人だろう。

 明らかに服装の質が違っている。

 そんなほんわかとしながらの喧騒の中、八百屋リサの開店だ。

 ちらっと向けられる牽制の視線。

 台所を司るお嬢様方、厨房を司る料理人達。

 その戦場いくさば象徴ともいえる、食材。

 それを吟味するのは基本中の基本。

 鋭い眼差しに、若干引き気味のリサさんを横に、朗らかな笑顔で佇んでみた。

 緊張感はお客様のもの。

 物販の基本は、明るく楽しい場の提供。

 心朗らかに商取引を楽しみ、商品を使った未来を思い浮かべるのが最上の場というもの。

「あら、あら。これ、ウィータの実じゃない。しかも大粒。良い感じに熟しているし」

 少し小太りの……ごほん、ふくよかな女性の出現に場がざわめく。

 これはキーマンが現れたなと、笑みを深くする。

「流石お嬢様。お目が高い。四日前に採取されたウィータの実です。樹上で十分に熟したものを丁寧に運んできたため、味は絶品で御座います」

 あくまで押し付けにならないように商品説明を始める。

「あらまぁ。お嬢様なんて歳じゃないわよ。この辺りで見かけるのも久々だけど……。お高いわよね?」

 じぃっと見つめる瞳に、この質問は異なる意味が内包されているなと瞬時に理解。

「えぇ。お値段は若干張りますが。品質は保証致します。まぁ、私共の保証など何の役にも立ちませんので、ささ、是非に」

 そう告げて、柑橘の果実の皮を剥いて房に割り、昨日対価で手に入れた小洒落た小皿に散りばめる。

「えぇ!? 売り物だろうに。良いのかい?」

「高価なものゆえに間違いは許されません。是非お確かめ頂ければ」

 小皿を捧げる一幅の絵のようなシーン。

 真白の朝の陽光が橙の房を瑞々しく照らす。

 抓まれたそれが、ふくよかな女性の口に含まれ。

「ん、んん!? あまっ!! それに瑞々しい。ほんとうに、こんなに美味しいウィータなんて初めて食べたわ。これお幾つぐらいあるのかしら」

 変貌したかのように満面の笑みを浮かべたふくよかな女性が籠を差し出してくるのに笑顔を返す。

「お嬢様。折角の自然の恵みです。他のお嬢様方にも入手の機会を分けて頂ければ幸いなのですが」

 ふくよかな女性がくるりと振り向いた先には興味津々な女性陣と、男性が若干。

「あら。恥ずかしい」

 どうも、先陣の気概を以って訪れたふくよかな女性も我を忘れる程の果実だったようで。

「さぁさ、お立合い。このお嬢様も認めたウィータ。剥いたからには売り物になりません。どうかご賞味頂ければ幸いです。なお、他の品も負けず劣らず。私が保証するという言葉、この味を感じて頂ければ明らかで御座います」

 小皿を片手に優雅を意識して、一礼。

 きゅぴーんっと目の色が変わった観客達。

 さぁ、お待ちかね。

 戦争商売が始まる。
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