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第014話 うーまーいーぞー!!
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かなり活気に満ちた、南区画。
東西区画の住民の住居と、町への訪問者の宿が建ち並ぶこの区画は宵の間際に最盛期を迎える。
蝋燭は元より灯火の油も高価なため、暮れてしまえば大半の店は閉めてしまうのだ。
そんな仕事終わりの解放感と残照の赤が混じった、風情に満ちた高揚感は昭和の町中を思い出させる。
子供の頃は夕方頃に会社勤めの親が帰ってきて、迎えに行くとちょっとしたおつまみとかをおやつに食べさせてくれた。
そんな三丁目の夕日を思わせる眺めの中、リサさんに連れられて一軒の店に入る。
「ほい、いらっしゃい。あらぁ、リサじゃない。お連れは……セベルの婆さんと違う!?」
そんな姦しい声に迎えられ、席に誘導される。
年の頃はリサさんに似た下町の看板娘といった風情の女性が、そのまま注文を聞いてくれるようだ。
「今日はブタを潰したそうでね。良い肉が入っているよ。腹回りなんて、ほれぼれするくらいの色と脂で。ありゃぁ、絶品だね」
翻訳でブタなんて聞こえているが、実際にはイノシシの剛毛が柔らかく長くなったような品種を指すそうで。
日本で飼われている豚よりも随分と気性が穏やかなので、この世界でも何とか飼えるそうだ。
ただ、毛が長い分綺麗好きなので、手がかかって金もかかる。
高価ではあるが、味は良いらしい。
「焼きも良いけど、煮込みも良いね。丁度頃合いだよ」
ほくほく顔のリサさんの懐が見抜かれているのか、ブタ推しはデフォルトのようだ。
「では、焼きを先に出してもらって、煮込みも下さい。分けます」
「あいよ!!」
私の注文に満面の笑みを返し、看板娘が厨房の方に向かう。
「良いの? 結構するわよ?」
「折角繁盛した夜です。少しくらい楽しんでも役得では?」
ちょっと眇めた目で見つめてくるリサさんににこやかに返すと、しょうがないなと苦笑が返る。
どうせ、リサさんも興味津々なのだ。
村の食生活に関しては穀物、そして野菜が中心となる。
動物性たんぱく質に関しては、リサさん達猟師の獲物か、近くの川で獲れる魚が主な供給源だ。
どちらも頻度としてはそう高くなく、住民が満足に動物性たんぱく質を摂取する機会はない。
例外は本来であれば収穫祭の時くらいなのだが、あの調子では今年はお流れかもしれないとの愚痴を聞いていると、とすんっと結構重い音と共に、大皿の上に乗った巨大な肉塊がテーブルの真ん中に鎮座する。
「え、こんなに!?」
「噂は聞いているわよ。辺境の薬をバカスカ売った流れがいるって。リサ達でしょ? 持ち込む人間なんて限られているんだから」
にやっと笑った看板娘が、投げキッスをくれて去っていく。
どちらともなく見つめ合い、笑いが込み上げてきた。
「切り分けましょう」
カトラリーというには物騒な鋳造の全金属製ナイフを手に取り、サーブを行う。
オーブンで長い時間かけてじっくりと火を通したのか、さくりと入ったナイフはほろほろと崩れそうな三枚肉を鋭利に切り分けていく。
窓から差し込む赤い輝きに照らされた脂は照り照りに輝き、香気と湯気と共に口に運ばれるのを今か今かと待ち構えていた。
「では、商売繁盛を祈り」
「良い商いに」
食前の祈りを交わし、はむりと一口。
ゆっくりとした加熱は表面をさっくりと仕上げており、まず来るのはクリスピーなざくりとした食感。
そこを抜けた途端、皮目に残ったむっちりとしたゼラチン質を抜け、脂の層に辿り着く。
口いっぱいに広がる、脂と甘い香気。
そこに、塩と熟したベリーを煮詰めて作ったソースが絡み、強い果実香と甘みを加え、複雑な旨味へと変えていく。
ソースの奥底、微かな部分に唐辛子とはまた違う、花椒に近い舌をぴりりとさせる香草がアクセントに加えられており、噛むたびに千変万化の様相を呈してくる。
正直、ローマ以前の修羅の巷。
肉なんて塩をかけて焼く程度だろうと考えていた私に取っては、良いカウンターパンチ、カルチャーショックを食らった。
これならば、普通にイタリアンバルなんかで出てきても金が取れる。
良い意味での驚きに目を白黒させると、リサさんも同様のようで。
お互いに見つめ合い、再度笑いあう。
「こんなに立派なお肉の料理なんて、久々」
ほうっと一息。
若干艶めかしさすら感じさせそうな熱い吐息。
「私もです。さっぱりした村の食事も好きでしたが」
あんなの薄いだけよとお言葉を頂いていると、ことんとテーブルに置かれる二脚の木製ゴブレット。
「良い物を頼んで頂いたお客様にサービス。今日入ったばかりの新物。出来たてだから美味しいわよ」
見た目は泡なので、期待が膨らむ。
お互いに杯を揺らして乾杯。
杯を傾け、泡が唇に触れぷつぷつした感触を楽しみ、ごくりと一口。
「おぉ……」
エールだ。
よく昔のエールは不味いやら、馬の小便やら、酸っぱいものだと描写されるが。
保存が悪く、期間が経過したエールは不味い。
でも出来たての美味しいエールは本当に美味しい。
どこまでも軽く、麦の香りが濃縮され、それでいて濃い旨味。
秋口の爽やかな温度。
はむりと肉に噛みつき、脂を流す程度の喉越しの良い温度のそれを飲み干す。
「はぁ、生きてる」
私の一言に、一瞬目を見開いたリサさんが大爆笑。
美味しいものだけが友達さと思いながら、結構な大きさの塊を二人で完食。
それを見た看板娘が量を調整した煮込みを持ってくる。
煮込みというよりもシチューに近いそれは、ごろんとした肉達と野菜の共演だった。
旬の根菜はどこまでも滋味深く、甘い。
とろりととろみのついたスープが絡んだ肉は鮮烈な旨味の汁をじゅわっと放出してくる。
少し硬い部位なのだろう。
丹念に下処理されて、長時間煮込まれた肉は赤身の旨味とゼラチン質のねっとりした旨味、そして繊維質の間にたっぷりと含んだ肉汁の旨味を感じさせる逸品だった。
こちらは唐辛子っぽいホットな辛さを内に秘め、とろみの付いたスープと合わせ、日が陰り冷え始めた身に嬉しい温もりを与えてくれた。
ゆっくりと食事を楽しんでいると、いつしか楽器が持ち出され、陽気な旋律が奏でられ始める。
魔法を使う人間であろうか。
酔っぱらった陽気な人が、一つ、また一つと光の玉を生み出し、それが宵の中舞い始めると店内のボルテージは急上昇。
この世界に来て初めてだと思うくらいに伸び伸びとリラックス出来た食卓であった。
食後に、予想を超える大玉の貨幣を渡し、ちょろっとした釣りを差し出されたリサさんが頭を振る。
「幸せな夜に」
その言葉に看板娘が頷き、まいどの一言で、夢のような時間が終了を迎えた。
東西区画の住民の住居と、町への訪問者の宿が建ち並ぶこの区画は宵の間際に最盛期を迎える。
蝋燭は元より灯火の油も高価なため、暮れてしまえば大半の店は閉めてしまうのだ。
そんな仕事終わりの解放感と残照の赤が混じった、風情に満ちた高揚感は昭和の町中を思い出させる。
子供の頃は夕方頃に会社勤めの親が帰ってきて、迎えに行くとちょっとしたおつまみとかをおやつに食べさせてくれた。
そんな三丁目の夕日を思わせる眺めの中、リサさんに連れられて一軒の店に入る。
「ほい、いらっしゃい。あらぁ、リサじゃない。お連れは……セベルの婆さんと違う!?」
そんな姦しい声に迎えられ、席に誘導される。
年の頃はリサさんに似た下町の看板娘といった風情の女性が、そのまま注文を聞いてくれるようだ。
「今日はブタを潰したそうでね。良い肉が入っているよ。腹回りなんて、ほれぼれするくらいの色と脂で。ありゃぁ、絶品だね」
翻訳でブタなんて聞こえているが、実際にはイノシシの剛毛が柔らかく長くなったような品種を指すそうで。
日本で飼われている豚よりも随分と気性が穏やかなので、この世界でも何とか飼えるそうだ。
ただ、毛が長い分綺麗好きなので、手がかかって金もかかる。
高価ではあるが、味は良いらしい。
「焼きも良いけど、煮込みも良いね。丁度頃合いだよ」
ほくほく顔のリサさんの懐が見抜かれているのか、ブタ推しはデフォルトのようだ。
「では、焼きを先に出してもらって、煮込みも下さい。分けます」
「あいよ!!」
私の注文に満面の笑みを返し、看板娘が厨房の方に向かう。
「良いの? 結構するわよ?」
「折角繁盛した夜です。少しくらい楽しんでも役得では?」
ちょっと眇めた目で見つめてくるリサさんににこやかに返すと、しょうがないなと苦笑が返る。
どうせ、リサさんも興味津々なのだ。
村の食生活に関しては穀物、そして野菜が中心となる。
動物性たんぱく質に関しては、リサさん達猟師の獲物か、近くの川で獲れる魚が主な供給源だ。
どちらも頻度としてはそう高くなく、住民が満足に動物性たんぱく質を摂取する機会はない。
例外は本来であれば収穫祭の時くらいなのだが、あの調子では今年はお流れかもしれないとの愚痴を聞いていると、とすんっと結構重い音と共に、大皿の上に乗った巨大な肉塊がテーブルの真ん中に鎮座する。
「え、こんなに!?」
「噂は聞いているわよ。辺境の薬をバカスカ売った流れがいるって。リサ達でしょ? 持ち込む人間なんて限られているんだから」
にやっと笑った看板娘が、投げキッスをくれて去っていく。
どちらともなく見つめ合い、笑いが込み上げてきた。
「切り分けましょう」
カトラリーというには物騒な鋳造の全金属製ナイフを手に取り、サーブを行う。
オーブンで長い時間かけてじっくりと火を通したのか、さくりと入ったナイフはほろほろと崩れそうな三枚肉を鋭利に切り分けていく。
窓から差し込む赤い輝きに照らされた脂は照り照りに輝き、香気と湯気と共に口に運ばれるのを今か今かと待ち構えていた。
「では、商売繁盛を祈り」
「良い商いに」
食前の祈りを交わし、はむりと一口。
ゆっくりとした加熱は表面をさっくりと仕上げており、まず来るのはクリスピーなざくりとした食感。
そこを抜けた途端、皮目に残ったむっちりとしたゼラチン質を抜け、脂の層に辿り着く。
口いっぱいに広がる、脂と甘い香気。
そこに、塩と熟したベリーを煮詰めて作ったソースが絡み、強い果実香と甘みを加え、複雑な旨味へと変えていく。
ソースの奥底、微かな部分に唐辛子とはまた違う、花椒に近い舌をぴりりとさせる香草がアクセントに加えられており、噛むたびに千変万化の様相を呈してくる。
正直、ローマ以前の修羅の巷。
肉なんて塩をかけて焼く程度だろうと考えていた私に取っては、良いカウンターパンチ、カルチャーショックを食らった。
これならば、普通にイタリアンバルなんかで出てきても金が取れる。
良い意味での驚きに目を白黒させると、リサさんも同様のようで。
お互いに見つめ合い、再度笑いあう。
「こんなに立派なお肉の料理なんて、久々」
ほうっと一息。
若干艶めかしさすら感じさせそうな熱い吐息。
「私もです。さっぱりした村の食事も好きでしたが」
あんなの薄いだけよとお言葉を頂いていると、ことんとテーブルに置かれる二脚の木製ゴブレット。
「良い物を頼んで頂いたお客様にサービス。今日入ったばかりの新物。出来たてだから美味しいわよ」
見た目は泡なので、期待が膨らむ。
お互いに杯を揺らして乾杯。
杯を傾け、泡が唇に触れぷつぷつした感触を楽しみ、ごくりと一口。
「おぉ……」
エールだ。
よく昔のエールは不味いやら、馬の小便やら、酸っぱいものだと描写されるが。
保存が悪く、期間が経過したエールは不味い。
でも出来たての美味しいエールは本当に美味しい。
どこまでも軽く、麦の香りが濃縮され、それでいて濃い旨味。
秋口の爽やかな温度。
はむりと肉に噛みつき、脂を流す程度の喉越しの良い温度のそれを飲み干す。
「はぁ、生きてる」
私の一言に、一瞬目を見開いたリサさんが大爆笑。
美味しいものだけが友達さと思いながら、結構な大きさの塊を二人で完食。
それを見た看板娘が量を調整した煮込みを持ってくる。
煮込みというよりもシチューに近いそれは、ごろんとした肉達と野菜の共演だった。
旬の根菜はどこまでも滋味深く、甘い。
とろりととろみのついたスープが絡んだ肉は鮮烈な旨味の汁をじゅわっと放出してくる。
少し硬い部位なのだろう。
丹念に下処理されて、長時間煮込まれた肉は赤身の旨味とゼラチン質のねっとりした旨味、そして繊維質の間にたっぷりと含んだ肉汁の旨味を感じさせる逸品だった。
こちらは唐辛子っぽいホットな辛さを内に秘め、とろみの付いたスープと合わせ、日が陰り冷え始めた身に嬉しい温もりを与えてくれた。
ゆっくりと食事を楽しんでいると、いつしか楽器が持ち出され、陽気な旋律が奏でられ始める。
魔法を使う人間であろうか。
酔っぱらった陽気な人が、一つ、また一つと光の玉を生み出し、それが宵の中舞い始めると店内のボルテージは急上昇。
この世界に来て初めてだと思うくらいに伸び伸びとリラックス出来た食卓であった。
食後に、予想を超える大玉の貨幣を渡し、ちょろっとした釣りを差し出されたリサさんが頭を振る。
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