上 下
7 / 106

第007話 農業が簡単だなんて誰が言った

しおりを挟む
 ぱちりと目を覚ます。

 澱んだ空気を入れ替えるために開放していた窓の外の明かりは変化なし。

 思ったよりも短い仮眠でしたと、ふと横を向いてみた。

 くてんと寝転がった精霊さんがつぶらな瞳でこちらを覗き込んでおりまして。

 君はあれか。

 同棲二日目の寝起きの彼女かと思いながら喉元を擽ってみると、あひゃひゃひゃと転がって逃げていった。

 本格的に疲労回復したという事で、まずは挨拶回り。

 村の全貌を知り、お近づきになる。

 情報は大事。

 という訳で、鍵もない小屋を出て、てくてく、てちてちと移動してみる。

 はい、視察完了。

 村の世帯としては五十ほど。

 二百人を切る程度の規模だった。

 どうも開拓団としてまとめて送り込まれたようで、ここ数年でやっと収穫が安定してきたみたいだ。

 ただ収穫が安定したのも善し悪しで、税率が上がってしまい生活が苦しいというのが本音のようで。

 普通、収穫の時はもっと喜びに溢れているよなと思いながら、若干どんよりした村を抜けて帰宅した。

「ふむぅ……。取りあえずの生業を考えないと」

 テーブルに置いた肘を支えに顎を乗せながら、思案してみる。

 秋口という事で、刈り入れは最盛期を過ぎて後は収束していくそうで。

 これからは脱穀、そして製粉作業に移るらしい。

 そっちを手伝いつつ、何か出来る事を探そうかな……。

 そんな感じで考え込んでいると、ドンドンと荒めなノックの音が響く。

 誰何してみると、リサさんだった。

「お夕飯。持ってきたわよ」

 セベルさんが手配してくれたそうで、落ち着くまではお夕飯はリサさんが持ってきてくれるそうだ。

「ありがたや、ありがたや」

 南無南無と拝んでいると、つんっとそっぽを向きながらも朱にはまだ早い陽光の中、耳が真っ赤に染まっている。

 あんまり突っ込むと頑なになりそうなので、弄らないでおこう。

 お夕飯は小さなお肉が入った野菜スープと、保存食よりは分厚くてちょっとふわっとしているパンというかナンもどき。

 はくはくと食べていると、じーっと視線を感じる。

「何でしょうか?」

 リサさんに問うてみると、若干の逡巡の後に口を開く。

「……怖くないの?」

 何が、と思いながらも記憶喪失の設定を思い出し、そういう事かと納得する。

「過去が無いのは怖いですよ? それでもどう生きればいいのかは何となく覚えているから大丈夫です」

 答えると、そうと呟き、食べ終えた食器類を手早くまとめて去っていった。

 ふむ。

 訪問者のカウンセリングまでやるなんて、良い子なんだなと考えつつ、蝋燭一本もない村生活一日目は暮れていくのであった。





 村生活二日目。

 男性陣が引き続き畑に収穫に出るのを横目に、脱穀現場にお邪魔してみた。

 倉庫みたいな建物の中ではおばさ……ごほごほ、お嬢様方が、フレイルって感じの竿でガンガン地面の麦の穂先を叩いているのに引いてしまう。

 そんなに麦の実って丈夫じゃ無かったよねと思いながら収穫物を確認。

 予想を遥かに超える長い麦藁と硬い麦殻に覆われた穂先を眺めて、ようやく状況を掴む。

 あぁ、品種改良されていないスペルト小麦ならさもありなんと納得し、若干思案。

 こいつに関しては籾殻が硬い上に重量があるので、唐箕のような方法で選別も出来ない。

 なので、ぶっ叩いて殻ごと潰し、全粒粉にするかふるいをかけて粉だけ取り出すのだろう。

 取りあえず、いっちょやってみっかと。

 フレイルをお借りして、へっぴり腰で振るってみる。

 ぶんっと風を切る音が響き、手応えから若干ずれて打突音、そして震えるように這いあがってくる手先から肩にかけての頓痛。

 そりゃ硬い物で地面を叩いているんだから痛い。

 若干涙目になっているのを目敏く見ていたお嬢様方がけらけら笑っていた。

 こりゃとんでもない重労働だなと。

 流石に農家に派遣された事はないが、農機具を扱うベンダーに派遣された事はある。

 機械化された農業を見ていただけでは、本当の苦労なんてこれっぽっちも分からないんだなと納得しつつ、腹をくくって地面を叩く簡単なお仕事に勤しんだ。





「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 テーブルに突っ伏したまま、低い呻き声を出すだけの生き物です。

 もうね、腕の痺れが取れない。

 慣れていない分、余計な力が入っているせいで、全身が痛い。

「はい、これ」

 食事を持ってきてくれたリサさんが、見かねたように緑に染まった布を渡してきた。

「何でしょう、これ?」

「湿布。さぁ、腕を出して」

 剣と魔法の青銅時代という事で。

 お薬も手作りの時代。

 町の薬局感覚で、薬師が活躍する世界なのだ。

 村の規模がもう少し小さいと維持するのは難しいが、この村には幸いな事に薬師の一家が住んでくれているそうで。

 明らかに無理をして手伝っている客人に差し入れをしてくれたそうだ。

 人の温かさに泣きそうになる。

 ちょっと湿った独特の臭いがする湿布を布で巻いて固定し終えたリサさんが、仕事を終えた顔で扉の方に進む。

 また明日と声をかけると、くるりと振り向き。

「頑張ってる。大丈夫、皆分かっている」

 そう告げて、去っていった。

 うん、おじさん単純だから。

 明日からも頑張ろうと、気合を入れた。

 精霊さん達も並んでえいえいおーをしていたが、いつの間に覚えたんだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

ダンジョンで同棲生活始めました ひと回り年下の彼女と優雅に大豪邸でイチャイチャしてたら、勇者だの魔王だのと五月蝿い奴らが邪魔するんです

もぐすけ
ファンタジー
勇者に嵌められ、社会的に抹殺されてしまった元大魔法使いのライルは、普通には暮らしていけなくなり、ダンジョンのセーフティゾーンでホームレス生活を続けていた。 ある日、冒険者に襲われた少女ルシアがセーフティゾーンに逃げ込んできた。ライルは少女に頼まれ、冒険者を撃退したのだが、少女もダンジョン外で貧困生活を送っていたため、そのままセーフティゾーンで暮らすと言い出した。 ライルとルシアの奇妙な共同生活が始まった。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...