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第007話 農業が簡単だなんて誰が言った
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ぱちりと目を覚ます。
澱んだ空気を入れ替えるために開放していた窓の外の明かりは変化なし。
思ったよりも短い仮眠でしたと、ふと横を向いてみた。
くてんと寝転がった精霊さんがつぶらな瞳でこちらを覗き込んでおりまして。
君はあれか。
同棲二日目の寝起きの彼女かと思いながら喉元を擽ってみると、あひゃひゃひゃと転がって逃げていった。
本格的に疲労回復したという事で、まずは挨拶回り。
村の全貌を知り、お近づきになる。
情報は大事。
という訳で、鍵もない小屋を出て、てくてく、てちてちと移動してみる。
はい、視察完了。
村の世帯としては五十ほど。
二百人を切る程度の規模だった。
どうも開拓団としてまとめて送り込まれたようで、ここ数年でやっと収穫が安定してきたみたいだ。
ただ収穫が安定したのも善し悪しで、税率が上がってしまい生活が苦しいというのが本音のようで。
普通、収穫の時はもっと喜びに溢れているよなと思いながら、若干どんよりした村を抜けて帰宅した。
「ふむぅ……。取りあえずの生業を考えないと」
テーブルに置いた肘を支えに顎を乗せながら、思案してみる。
秋口という事で、刈り入れは最盛期を過ぎて後は収束していくそうで。
これからは脱穀、そして製粉作業に移るらしい。
そっちを手伝いつつ、何か出来る事を探そうかな……。
そんな感じで考え込んでいると、ドンドンと荒めなノックの音が響く。
誰何してみると、リサさんだった。
「お夕飯。持ってきたわよ」
セベルさんが手配してくれたそうで、落ち着くまではお夕飯はリサさんが持ってきてくれるそうだ。
「ありがたや、ありがたや」
南無南無と拝んでいると、つんっとそっぽを向きながらも朱にはまだ早い陽光の中、耳が真っ赤に染まっている。
あんまり突っ込むと頑なになりそうなので、弄らないでおこう。
お夕飯は小さなお肉が入った野菜スープと、保存食よりは分厚くてちょっとふわっとしているパンというかナンもどき。
はくはくと食べていると、じーっと視線を感じる。
「何でしょうか?」
リサさんに問うてみると、若干の逡巡の後に口を開く。
「……怖くないの?」
何が、と思いながらも記憶喪失の設定を思い出し、そういう事かと納得する。
「過去が無いのは怖いですよ? それでもどう生きればいいのかは何となく覚えているから大丈夫です」
答えると、そうと呟き、食べ終えた食器類を手早くまとめて去っていった。
ふむ。
訪問者のカウンセリングまでやるなんて、良い子なんだなと考えつつ、蝋燭一本もない村生活一日目は暮れていくのであった。
村生活二日目。
男性陣が引き続き畑に収穫に出るのを横目に、脱穀現場にお邪魔してみた。
倉庫みたいな建物の中ではおばさ……ごほごほ、お嬢様方が、フレイルって感じの竿でガンガン地面の麦の穂先を叩いているのに引いてしまう。
そんなに麦の実って丈夫じゃ無かったよねと思いながら収穫物を確認。
予想を遥かに超える長い麦藁と硬い麦殻に覆われた穂先を眺めて、ようやく状況を掴む。
あぁ、品種改良されていないスペルト小麦ならさもありなんと納得し、若干思案。
こいつに関しては籾殻が硬い上に重量があるので、唐箕のような方法で選別も出来ない。
なので、ぶっ叩いて殻ごと潰し、全粒粉にするかふるいをかけて粉だけ取り出すのだろう。
取りあえず、いっちょやってみっかと。
フレイルをお借りして、へっぴり腰で振るってみる。
ぶんっと風を切る音が響き、手応えから若干ずれて打突音、そして震えるように這いあがってくる手先から肩にかけての頓痛。
そりゃ硬い物で地面を叩いているんだから痛い。
若干涙目になっているのを目敏く見ていたお嬢様方がけらけら笑っていた。
こりゃとんでもない重労働だなと。
流石に農家に派遣された事はないが、農機具を扱うベンダーに派遣された事はある。
機械化された農業を見ていただけでは、本当の苦労なんてこれっぽっちも分からないんだなと納得しつつ、腹をくくって地面を叩く簡単なお仕事に勤しんだ。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
テーブルに突っ伏したまま、低い呻き声を出すだけの生き物です。
もうね、腕の痺れが取れない。
慣れていない分、余計な力が入っているせいで、全身が痛い。
「はい、これ」
食事を持ってきてくれたリサさんが、見かねたように緑に染まった布を渡してきた。
「何でしょう、これ?」
「湿布。さぁ、腕を出して」
剣と魔法の青銅時代という事で。
お薬も手作りの時代。
町の薬局感覚で、薬師が活躍する世界なのだ。
村の規模がもう少し小さいと維持するのは難しいが、この村には幸いな事に薬師の一家が住んでくれているそうで。
明らかに無理をして手伝っている客人に差し入れをしてくれたそうだ。
人の温かさに泣きそうになる。
ちょっと湿った独特の臭いがする湿布を布で巻いて固定し終えたリサさんが、仕事を終えた顔で扉の方に進む。
また明日と声をかけると、くるりと振り向き。
「頑張ってる。大丈夫、皆分かっている」
そう告げて、去っていった。
うん、おじさん単純だから。
明日からも頑張ろうと、気合を入れた。
精霊さん達も並んでえいえいおーをしていたが、いつの間に覚えたんだろう。
澱んだ空気を入れ替えるために開放していた窓の外の明かりは変化なし。
思ったよりも短い仮眠でしたと、ふと横を向いてみた。
くてんと寝転がった精霊さんがつぶらな瞳でこちらを覗き込んでおりまして。
君はあれか。
同棲二日目の寝起きの彼女かと思いながら喉元を擽ってみると、あひゃひゃひゃと転がって逃げていった。
本格的に疲労回復したという事で、まずは挨拶回り。
村の全貌を知り、お近づきになる。
情報は大事。
という訳で、鍵もない小屋を出て、てくてく、てちてちと移動してみる。
はい、視察完了。
村の世帯としては五十ほど。
二百人を切る程度の規模だった。
どうも開拓団としてまとめて送り込まれたようで、ここ数年でやっと収穫が安定してきたみたいだ。
ただ収穫が安定したのも善し悪しで、税率が上がってしまい生活が苦しいというのが本音のようで。
普通、収穫の時はもっと喜びに溢れているよなと思いながら、若干どんよりした村を抜けて帰宅した。
「ふむぅ……。取りあえずの生業を考えないと」
テーブルに置いた肘を支えに顎を乗せながら、思案してみる。
秋口という事で、刈り入れは最盛期を過ぎて後は収束していくそうで。
これからは脱穀、そして製粉作業に移るらしい。
そっちを手伝いつつ、何か出来る事を探そうかな……。
そんな感じで考え込んでいると、ドンドンと荒めなノックの音が響く。
誰何してみると、リサさんだった。
「お夕飯。持ってきたわよ」
セベルさんが手配してくれたそうで、落ち着くまではお夕飯はリサさんが持ってきてくれるそうだ。
「ありがたや、ありがたや」
南無南無と拝んでいると、つんっとそっぽを向きながらも朱にはまだ早い陽光の中、耳が真っ赤に染まっている。
あんまり突っ込むと頑なになりそうなので、弄らないでおこう。
お夕飯は小さなお肉が入った野菜スープと、保存食よりは分厚くてちょっとふわっとしているパンというかナンもどき。
はくはくと食べていると、じーっと視線を感じる。
「何でしょうか?」
リサさんに問うてみると、若干の逡巡の後に口を開く。
「……怖くないの?」
何が、と思いながらも記憶喪失の設定を思い出し、そういう事かと納得する。
「過去が無いのは怖いですよ? それでもどう生きればいいのかは何となく覚えているから大丈夫です」
答えると、そうと呟き、食べ終えた食器類を手早くまとめて去っていった。
ふむ。
訪問者のカウンセリングまでやるなんて、良い子なんだなと考えつつ、蝋燭一本もない村生活一日目は暮れていくのであった。
村生活二日目。
男性陣が引き続き畑に収穫に出るのを横目に、脱穀現場にお邪魔してみた。
倉庫みたいな建物の中ではおばさ……ごほごほ、お嬢様方が、フレイルって感じの竿でガンガン地面の麦の穂先を叩いているのに引いてしまう。
そんなに麦の実って丈夫じゃ無かったよねと思いながら収穫物を確認。
予想を遥かに超える長い麦藁と硬い麦殻に覆われた穂先を眺めて、ようやく状況を掴む。
あぁ、品種改良されていないスペルト小麦ならさもありなんと納得し、若干思案。
こいつに関しては籾殻が硬い上に重量があるので、唐箕のような方法で選別も出来ない。
なので、ぶっ叩いて殻ごと潰し、全粒粉にするかふるいをかけて粉だけ取り出すのだろう。
取りあえず、いっちょやってみっかと。
フレイルをお借りして、へっぴり腰で振るってみる。
ぶんっと風を切る音が響き、手応えから若干ずれて打突音、そして震えるように這いあがってくる手先から肩にかけての頓痛。
そりゃ硬い物で地面を叩いているんだから痛い。
若干涙目になっているのを目敏く見ていたお嬢様方がけらけら笑っていた。
こりゃとんでもない重労働だなと。
流石に農家に派遣された事はないが、農機具を扱うベンダーに派遣された事はある。
機械化された農業を見ていただけでは、本当の苦労なんてこれっぽっちも分からないんだなと納得しつつ、腹をくくって地面を叩く簡単なお仕事に勤しんだ。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
テーブルに突っ伏したまま、低い呻き声を出すだけの生き物です。
もうね、腕の痺れが取れない。
慣れていない分、余計な力が入っているせいで、全身が痛い。
「はい、これ」
食事を持ってきてくれたリサさんが、見かねたように緑に染まった布を渡してきた。
「何でしょう、これ?」
「湿布。さぁ、腕を出して」
剣と魔法の青銅時代という事で。
お薬も手作りの時代。
町の薬局感覚で、薬師が活躍する世界なのだ。
村の規模がもう少し小さいと維持するのは難しいが、この村には幸いな事に薬師の一家が住んでくれているそうで。
明らかに無理をして手伝っている客人に差し入れをしてくれたそうだ。
人の温かさに泣きそうになる。
ちょっと湿った独特の臭いがする湿布を布で巻いて固定し終えたリサさんが、仕事を終えた顔で扉の方に進む。
また明日と声をかけると、くるりと振り向き。
「頑張ってる。大丈夫、皆分かっている」
そう告げて、去っていった。
うん、おじさん単純だから。
明日からも頑張ろうと、気合を入れた。
精霊さん達も並んでえいえいおーをしていたが、いつの間に覚えたんだろう。
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