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第4章 魔王城の決戦編

第63話 こんなに素晴らしい結末はない

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第63話 こんなに素晴らしい結末はない


「ど、どうしてそれを?」

『懐かしいのう。ダイダイは30年、いや40年も前に儂を訪ねて来おってのう。若いのに、見どころのあるやつじゃったわい。隠れ住んでおる儂の庵(いおり)を探し当てるだけでも、並みの魔法使いにはできん、至難のわざじゃからな。やつは、弟子を取って後進を育てたいと言うておった。至高の頂を目指す魔法使いは、他のすべてを顧みぬ、利己的な人間でなくてはならぬ。弟子などに時を費やすというダイダイは、しょせんそこまでの男じゃった。惜しいと思ったがの。儂は餞別をくれてやった。失われた東方魔術を授けてやったのじゃ』

 キノットをなにもない空中を見上げた後、ライムとミカンをジロリと睨んだ。

『お主ら、無間煉獄火炎を使ったな』

「は、はい」

『あれは、第16階梯魔法じゃ。人の世の領域を、わずかに踏み越えておる。空間のひずみが残っておるわ。もう2度と使うでないぞ』

 その言葉に、ミカンがおずおずと反論した。

「使ってはいけない魔法を、なぜ我が師ダイダイに教えたのですか」

『魔法の本質は、現象を起こすことではない。その構造を理解し、葉脈をたどるように、上部構造へとつながる道筋を解き明かすためにこそあるのじゃ。そもそも魔法とは……』

『キノット!』

 さらに言いつのろうとしていたキノットを、少年姿のミクロメルムが止めた。

『君は世話を焼き過ぎる。そんなことは彼女たち自身が発見し、学ぶべきこと。早く、やるべきことを済ませよう』

『ほっ』

 キノットは帽子の上から大げさに頭を掻いてみせた。

『先輩は手厳しいのう。また怒られてしまったわい』

 そうして、レンジに向きなおった。

『では、目的を果たすとしよう』

 レンジは緊張した。この老人が、敵になるのかどうかで、レンジたちの運命が決まるのだ。この状況では、戦って勝てる可能性はない。

『そう怯えるな。言ったであろう。古き友に別れを言いに来たと』

 キノットはそう言って微笑みを浮かべると、レンジたちをすり抜けて、玉座の魔王の前まで進み出た。

『ゆっくりと眠るがよい。さらばだ。友よ』

 キノットはそっと魔王の足に触れた。
 すると、魔王の巨大な体すべてが、一瞬で灰と化した。

「きゃ」

 ビアソンが自分の口を押さえた。

 灰が、魔王の体の形を保っていたのは、ほんのわずかな時間だった。すぐに崩れ落ち、玉座の上には灰の山だけが残った。

 その瞬間、魔王城の結界が解けた。
 封じられていたレンジのレイヤー2、全知記録回廊(アカシック・レコード)が復活した。
 レンジは再び2重存在となり、その状態に慣れていないために眩暈を起こして思わずふらついた。

 その様子を見ながら、キノットは『ほほほ』と笑った。

『その世界は広大じゃぞ。儂にして、未だにさ迷っておるようなもの。じゃが、そこはお主だけの精神世界などではない。全知記録回廊は1つの世界じゃ。いずれだれかと出くわすこともあろう。儂らは孤独であるが、世界はつながっておる』

 キノットは、レンジに優しげに笑いかけた。

『セベリニアのこと、礼を言うぞ』

 レンジは酔った頭を振って、平衡状態を保とうとした。

「あなたに、頼みがあるんだ」

 レンジの申し出に、キノットは「ほう」と言って髭をなでた。

「俺は、臆病で、無能で、スケベで、ずっとみんなに馬鹿にされて生きてきた。そんな情けない俺が、突然こんなかわいい女騎士たちに頼まれて、北の国までやってきて……。とうとう5兆匹のスライムをやっつけた。それに魔王軍も壊滅させたし、魔王も倒した。こんなこと、ほんの1週間前まで、とても考えられなかったことだ」

 レンジはセトカを見た。

「それは、俺の力じゃない。俺が色んなパーティを追放されて、やけ酒を飲んでふて寝している間も、騎士団を率いて恐ろしい敵と戦い、研鑽を積み続けた彼女……セトカの力なんだ。俺は彼女の力を、サキュバスロードの秘薬で吸い取っただけなんだ」

「レンジ……だめ」

 セトカがなにかに気づいた。しかしレンジは続けた。

「俺は、吸い取ったレベルを、セトカに返したい。今の俺にはできないけど、あなたならできるはずだ。頼む。この通りだ」

 頭を下げたレンジを、キノットは興味深そうに見つめた。

『神に近いその力を捨てると申すか』

「ああ。魔王を倒せたんだ。俺には上出来だ。上出来すぎる。馬鹿にされ続けた俺の人生で、こんなに輝いたことはなかった」

 レンジは騎士団の面々を見回した。

「みんなありがとう。みんなのおかげだ。ここに来られなかった仲間たち。そして魔神回廊で散っていった仲間たちのおかげで、俺は世界を救う英雄になれた。クレメンタインが予言をして、ジイちゃんがそれを信じ、俺にボルトを教えた。ジイちゃんに頼まれたギムレットが、俺を冒険者でいさせてくれたし、最後も体を張って道を切り開いてくれた。なにか一つでも欠けていたら、俺はここまで来られなかった。十分だ。もう十分だよ。俺の冒険はもう終わった。こんなに素晴らしい結末はない」

「レンジ!」バレンシアが言った。イヨが、ビアソンが言った。
「レンジ殿」マーコットが祈るように両手を合わせた。
「本当にいいの?」ライムがため息をついた。
「レンジ……」セトカが、複雑な表情で両手を胸に当てた。
「できるんでしょうか、そんなことが」ミカンがキノットに問いかけた。

『ふむ。レベルドレインか。レベルをあっちからこっちにつけかえる、なんてことは儂にもできんわ。魔法ではなく、サキュバス一族の秘術じゃからな。だが、その術を解くことはできる』

 キノットはレンジに、厳かに告げた。

『本当に良いのか、レンジよ。レベルドレインを解除するだけじゃから、加減はできん。お主は元のレベルに戻るのじゃぞ』

「構わない。俺は、元の暮らしで十分だ。俺は気づいたんだ。俺がみんなに馬鹿にされながらも、必死で魔法使いを、冒険者を続けていたのは、魔神に殺されたジイちゃん……オートーのカタキを取りたかったからだった。その願いは叶った。これからは、身の丈にあった暮らしをしようと思う。農業なんかもいいかも知れない。うちの近所のオッサンが、人手が減って畑が余ってるって、ぼやいてたからな」

 冗談めかしてそう言ったレンジの手を、セトカが握った。

「いいんだ。これで」

 レンジはセトカの手を握り返した。
 セトカの目に涙が浮かんでいた。

「だめ、レンジ」

「セトカ。レンジの思いを汲んであげて!」

 ライムが叫んだ。

「レンジ殿は、本当の英雄であります。その功績は、絶対に消えません。歴史書に書かれないなら、私が歴史家の家に押しかけて、講釈をぶってやります!」

 マーコットが高らかに宣言した。

『さて、本当に良いのだな。レンジ。心の準備はできたか』

 キノットがそう言った瞬間だった。すぐ後ろにいたミクロメルムが、右手をかざして言った。

『いつまでゴチャゴチャ言ってるんだ。本人が良いと言うのだから、とっととやればいい』

 そして、ミクロメルムの手から、淡い光が伸びたかと思うと、それはレンジとセトカを包み込んだ。

「ああ!」

 ライムが叫んだ。

 レンジの体からオーラのようなものが抜け出し、脈打ちながら、セトカのほうへと流れ込んでいった。
 すべてが終わるまで、1分もかからなかった。
 光が消え、レンジとセトカは見つめ合った。
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