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インターミッション
ちびセトカの日々②
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インターミッション ちびセトカの日々②
剣術訓練の時間だった。
学校の中庭で、6年生の女子生徒たちが手に手に木刀を持って、振るっていた。
12歳といえば、まだ体もできあがっていない。木刀に振り回されているような子どももいた。そんななかで、セトカはひと際目立っていた。木刀が風を切る音が、遠くにいても聞こえるほどだった。
そんな生徒たちの様子を見まわしている先生たちに混ざって、白い鎧を身に着けた女性騎士がいた。
生徒たちは、みんな女性騎士のほうをチラチラと見ていた。
王立学校を卒業していく生徒たちのなかでも、女の子が所属できる軍は少ない。なかでも、近衛第三騎士団のなかの、聖白火騎士団は女子生徒のあこがれの存在だった。
なにしろ、女性だけの騎士団なのだ。男たちに混ざって、体力的なハンデとつねに向き合わなければならないほかの軍と違って、女の子だけの集まりは、それだけで魅力的だった。
なにより、制式の白いマントに白い鎧が、とにかくかっこよかった。
その聖白火騎士団の鎧をつけた騎士様が、自分たちの剣術訓練を見学しているのだ。いいところを見せて、覚えてもらえれば、いずれ騎士団にスカウトしてくれるかも知れない。
そう思うと、みんないつも以上に訓練に身が入るのだった。
女性騎士の名は、ベルガモットと言った。聖白火騎士団の団長だ。背が高く、髪の毛が左目にかかっていて、顔が半分しか見えないが、美貌の騎士だった。
「惜しいな」
ベルガモットは、木刀を振るセトカを見ながら、ぼそりと言った。
「え? どうかなさいましたか」
いつも高圧的で嫌みな男の先生だが、ベルガモットの前では委縮していた。
なにか不満だったのだろうかと不安になっている先生に、ベルガモットは目くばせをしてみせた。
中庭には、ベルガモットのほかにも遠巻きに女子生徒たちの剣術訓練を見ている人間が何人かいた。
ベルガモットがちらりと見たのは、そのなかでも、高貴な服を着て、でっぷりと太った男だった。
その男も、剣を振るセトカのほうを見て、周囲の取り巻きたちとなにごとか話している。
「ああ。エリオステモン様」
先生は、なにごとか悟ったようにうなづいた。
剣を振るいながら、ライムが、セトカに言う。
「あんたちょっと休んでなさいよ。飛ばし過ぎよ」
「平気よ。ライムこそ息が上がってるわよ」
「あたしは、筋肉バカどもと違って、魔法使い志望なの! こんな棒振り、なんて、全然、意味、ないのに、まったく!」
ライムはふらふらになっている。
やがて剣術訓練の時間が終わって、生徒たちは校舎のほうへゾロゾロと戻っていった。
「うわっ」
セトカの脇をかすめて、廊下を凄い勢いで走っていく子どもがいた。
近くにいた先生がそれを見とがめて、「こらー!」と怒鳴った。
ビクリとした女の子は、バツが悪そうに振り向いた。
「お前は4年生のキュラソーだな。廊下を走るなと前にも言っただろうが! 減点1だ」
するとその子どもは、「違うであります!」と言い返した。
「わたしは、3年生のマーコットであります!」
「な、なに? そ、そうか。お前たちは紛らわしいなあ。とにかく、お前は減点1だ! わかったな」
「わかりましたであります!」
赤い頬の子どもは、ぺこりとお辞儀をして去っていった。
それを見ていたセトカは、おずおずと先生に言った。
「あのー、先生」
「なんだ」
「あれは、キュラソーちゃんです。マーコットちゃんに似てますけど」
「なにぃ?」
「上履きの色が、4年生の色でした」
先生は、ハッとして、口をへの字に曲げた。
「わ、わかっとるわ。そんなことは。お前は、6年生のセトカだな。教官に対して物申すとは。思い上がるなよ!」
先生は怒って行ってしまった。
「あーあ。ほっときゃいいのに。なんで口出すかね。心象ってやつが悪くなるだけじゃん」
ライムがセトカにぶつぶつと言う。
「だってこの前も、マーコットちゃん、ご飯減らされて泣いてたんだよ。全然身に覚えがないのに。キュラソーちゃんがああやって、身代わりにしてるの、あたし知ってたんだから」
「人がいいねえ、セトカは」
そんなことを話しながら歩いていると、セトカたちの前に、体の大きな女子生徒が数人立ちはだかった。2つ歳上の8年生だ。
「よお、ライムちゃん。さっき中庭でお稽古のお披露目だったんだろ。あいかわらず、かわいいリボンなんてつけちゃって。そんなにお誘いを受けたいのかよ」
ライムはいつも頭の後ろに、大きなリボンをつけていた。前髪で顔が隠れがちな彼女は、陰気な印象を与える子どもだった。その印象を少しでも変えようとするかのような、かわいらしいリボンだった。
「なによ。どきなさいよ。先生に言うわよ」
「なんだとこのガキ。いっつも生意気なんだよてめえ」
いつもライムやセトカをネチネチとからかう先輩たちだった。セトカは体力で、ライムは学問で優秀な成績をあげている目立つ存在だったので、こうしたやっかみは常だった。
掴みかかってくるような仕草を見せたので、セトカがすっとライムの前に出た。そのまま両者はにらみ合う。
「やめとけよ」
8年生たちの後ろから、声があがった。頭1つ、いや、2つ分は大きい女子生徒だった。
「セトカ、おまえも先輩を少しは敬え」
バレンシアだった。ものすごく背が高く、髪の毛を刈り上げていて、まるで男子のようだ。
「先輩なら、先輩らしくしたらどう?」
セトカが負けずに言い返した。
「なんだ。あんなにかわいがってやったのに、まだやられ足りないのかよ」
バレンシアがニヤニヤして言う。
「やられてない! そっちだって鼻血出したくせに」
「あれは返り血だよ。てめえの」
「うそよ!」
「セトカ、やめましょ」
ライムがセトカの服を引っ張った。
「バレンシア。先生がこっちに来るわ」
スラッとしていて、目が細い女子生徒が言った。バレンシアといつも行動をともにしているトリファシアという生徒だった。さしずめ番長グループといったところか。
とはいえトリファシアは、いつも頭に血が上ると暴走しがちなバレンシアをなだめて、抑える役目をしていた。世話好きで優しい面もあり、慕っている後輩も多かった。
舌打ちして去っていこうとするバレンシアに、セトカが言った。
「近いうちに、決着をつけてやるんだから」
「はあ? やれるもんならやってみろよ」
「バレンシア!」
「セトカ!」
お互いに相棒からいさめられて、その場は収まった。しかし、両者の禍根は日に日に大きくなっていくようだった。
ライムはそれが怖かった。近いうちに、なにか恐ろしいことが起こりそうな予感がしてならなかった。
ライムは、セトカのその小さな体から溢れてくるかのような闘志に、ふいに眩暈を覚えた。
剣術訓練の時間だった。
学校の中庭で、6年生の女子生徒たちが手に手に木刀を持って、振るっていた。
12歳といえば、まだ体もできあがっていない。木刀に振り回されているような子どももいた。そんななかで、セトカはひと際目立っていた。木刀が風を切る音が、遠くにいても聞こえるほどだった。
そんな生徒たちの様子を見まわしている先生たちに混ざって、白い鎧を身に着けた女性騎士がいた。
生徒たちは、みんな女性騎士のほうをチラチラと見ていた。
王立学校を卒業していく生徒たちのなかでも、女の子が所属できる軍は少ない。なかでも、近衛第三騎士団のなかの、聖白火騎士団は女子生徒のあこがれの存在だった。
なにしろ、女性だけの騎士団なのだ。男たちに混ざって、体力的なハンデとつねに向き合わなければならないほかの軍と違って、女の子だけの集まりは、それだけで魅力的だった。
なにより、制式の白いマントに白い鎧が、とにかくかっこよかった。
その聖白火騎士団の鎧をつけた騎士様が、自分たちの剣術訓練を見学しているのだ。いいところを見せて、覚えてもらえれば、いずれ騎士団にスカウトしてくれるかも知れない。
そう思うと、みんないつも以上に訓練に身が入るのだった。
女性騎士の名は、ベルガモットと言った。聖白火騎士団の団長だ。背が高く、髪の毛が左目にかかっていて、顔が半分しか見えないが、美貌の騎士だった。
「惜しいな」
ベルガモットは、木刀を振るセトカを見ながら、ぼそりと言った。
「え? どうかなさいましたか」
いつも高圧的で嫌みな男の先生だが、ベルガモットの前では委縮していた。
なにか不満だったのだろうかと不安になっている先生に、ベルガモットは目くばせをしてみせた。
中庭には、ベルガモットのほかにも遠巻きに女子生徒たちの剣術訓練を見ている人間が何人かいた。
ベルガモットがちらりと見たのは、そのなかでも、高貴な服を着て、でっぷりと太った男だった。
その男も、剣を振るセトカのほうを見て、周囲の取り巻きたちとなにごとか話している。
「ああ。エリオステモン様」
先生は、なにごとか悟ったようにうなづいた。
剣を振るいながら、ライムが、セトカに言う。
「あんたちょっと休んでなさいよ。飛ばし過ぎよ」
「平気よ。ライムこそ息が上がってるわよ」
「あたしは、筋肉バカどもと違って、魔法使い志望なの! こんな棒振り、なんて、全然、意味、ないのに、まったく!」
ライムはふらふらになっている。
やがて剣術訓練の時間が終わって、生徒たちは校舎のほうへゾロゾロと戻っていった。
「うわっ」
セトカの脇をかすめて、廊下を凄い勢いで走っていく子どもがいた。
近くにいた先生がそれを見とがめて、「こらー!」と怒鳴った。
ビクリとした女の子は、バツが悪そうに振り向いた。
「お前は4年生のキュラソーだな。廊下を走るなと前にも言っただろうが! 減点1だ」
するとその子どもは、「違うであります!」と言い返した。
「わたしは、3年生のマーコットであります!」
「な、なに? そ、そうか。お前たちは紛らわしいなあ。とにかく、お前は減点1だ! わかったな」
「わかりましたであります!」
赤い頬の子どもは、ぺこりとお辞儀をして去っていった。
それを見ていたセトカは、おずおずと先生に言った。
「あのー、先生」
「なんだ」
「あれは、キュラソーちゃんです。マーコットちゃんに似てますけど」
「なにぃ?」
「上履きの色が、4年生の色でした」
先生は、ハッとして、口をへの字に曲げた。
「わ、わかっとるわ。そんなことは。お前は、6年生のセトカだな。教官に対して物申すとは。思い上がるなよ!」
先生は怒って行ってしまった。
「あーあ。ほっときゃいいのに。なんで口出すかね。心象ってやつが悪くなるだけじゃん」
ライムがセトカにぶつぶつと言う。
「だってこの前も、マーコットちゃん、ご飯減らされて泣いてたんだよ。全然身に覚えがないのに。キュラソーちゃんがああやって、身代わりにしてるの、あたし知ってたんだから」
「人がいいねえ、セトカは」
そんなことを話しながら歩いていると、セトカたちの前に、体の大きな女子生徒が数人立ちはだかった。2つ歳上の8年生だ。
「よお、ライムちゃん。さっき中庭でお稽古のお披露目だったんだろ。あいかわらず、かわいいリボンなんてつけちゃって。そんなにお誘いを受けたいのかよ」
ライムはいつも頭の後ろに、大きなリボンをつけていた。前髪で顔が隠れがちな彼女は、陰気な印象を与える子どもだった。その印象を少しでも変えようとするかのような、かわいらしいリボンだった。
「なによ。どきなさいよ。先生に言うわよ」
「なんだとこのガキ。いっつも生意気なんだよてめえ」
いつもライムやセトカをネチネチとからかう先輩たちだった。セトカは体力で、ライムは学問で優秀な成績をあげている目立つ存在だったので、こうしたやっかみは常だった。
掴みかかってくるような仕草を見せたので、セトカがすっとライムの前に出た。そのまま両者はにらみ合う。
「やめとけよ」
8年生たちの後ろから、声があがった。頭1つ、いや、2つ分は大きい女子生徒だった。
「セトカ、おまえも先輩を少しは敬え」
バレンシアだった。ものすごく背が高く、髪の毛を刈り上げていて、まるで男子のようだ。
「先輩なら、先輩らしくしたらどう?」
セトカが負けずに言い返した。
「なんだ。あんなにかわいがってやったのに、まだやられ足りないのかよ」
バレンシアがニヤニヤして言う。
「やられてない! そっちだって鼻血出したくせに」
「あれは返り血だよ。てめえの」
「うそよ!」
「セトカ、やめましょ」
ライムがセトカの服を引っ張った。
「バレンシア。先生がこっちに来るわ」
スラッとしていて、目が細い女子生徒が言った。バレンシアといつも行動をともにしているトリファシアという生徒だった。さしずめ番長グループといったところか。
とはいえトリファシアは、いつも頭に血が上ると暴走しがちなバレンシアをなだめて、抑える役目をしていた。世話好きで優しい面もあり、慕っている後輩も多かった。
舌打ちして去っていこうとするバレンシアに、セトカが言った。
「近いうちに、決着をつけてやるんだから」
「はあ? やれるもんならやってみろよ」
「バレンシア!」
「セトカ!」
お互いに相棒からいさめられて、その場は収まった。しかし、両者の禍根は日に日に大きくなっていくようだった。
ライムはそれが怖かった。近いうちに、なにか恐ろしいことが起こりそうな予感がしてならなかった。
ライムは、セトカのその小さな体から溢れてくるかのような闘志に、ふいに眩暈を覚えた。
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