上 下
30 / 71
インターミッション

ちびセトカの日々②

しおりを挟む
インターミッション ちびセトカの日々②


 剣術訓練の時間だった。
 学校の中庭で、6年生の女子生徒たちが手に手に木刀を持って、振るっていた。
 12歳といえば、まだ体もできあがっていない。木刀に振り回されているような子どももいた。そんななかで、セトカはひと際目立っていた。木刀が風を切る音が、遠くにいても聞こえるほどだった。
 そんな生徒たちの様子を見まわしている先生たちに混ざって、白い鎧を身に着けた女性騎士がいた。
 生徒たちは、みんな女性騎士のほうをチラチラと見ていた。
 王立学校を卒業していく生徒たちのなかでも、女の子が所属できる軍は少ない。なかでも、近衛第三騎士団のなかの、聖白火騎士団は女子生徒のあこがれの存在だった。
 なにしろ、女性だけの騎士団なのだ。男たちに混ざって、体力的なハンデとつねに向き合わなければならないほかの軍と違って、女の子だけの集まりは、それだけで魅力的だった。
 なにより、制式の白いマントに白い鎧が、とにかくかっこよかった。
 その聖白火騎士団の鎧をつけた騎士様が、自分たちの剣術訓練を見学しているのだ。いいところを見せて、覚えてもらえれば、いずれ騎士団にスカウトしてくれるかも知れない。
 そう思うと、みんないつも以上に訓練に身が入るのだった。


 女性騎士の名は、ベルガモットと言った。聖白火騎士団の団長だ。背が高く、髪の毛が左目にかかっていて、顔が半分しか見えないが、美貌の騎士だった。

「惜しいな」

 ベルガモットは、木刀を振るセトカを見ながら、ぼそりと言った。

「え? どうかなさいましたか」

 いつも高圧的で嫌みな男の先生だが、ベルガモットの前では委縮していた。
 なにか不満だったのだろうかと不安になっている先生に、ベルガモットは目くばせをしてみせた。
 中庭には、ベルガモットのほかにも遠巻きに女子生徒たちの剣術訓練を見ている人間が何人かいた。
 ベルガモットがちらりと見たのは、そのなかでも、高貴な服を着て、でっぷりと太った男だった。
 その男も、剣を振るセトカのほうを見て、周囲の取り巻きたちとなにごとか話している。

「ああ。エリオステモン様」

 先生は、なにごとか悟ったようにうなづいた。


 剣を振るいながら、ライムが、セトカに言う。

「あんたちょっと休んでなさいよ。飛ばし過ぎよ」

「平気よ。ライムこそ息が上がってるわよ」

「あたしは、筋肉バカどもと違って、魔法使い志望なの! こんな棒振り、なんて、全然、意味、ないのに、まったく!」

 ライムはふらふらになっている。

 やがて剣術訓練の時間が終わって、生徒たちは校舎のほうへゾロゾロと戻っていった。

「うわっ」

 セトカの脇をかすめて、廊下を凄い勢いで走っていく子どもがいた。

 近くにいた先生がそれを見とがめて、「こらー!」と怒鳴った。
 ビクリとした女の子は、バツが悪そうに振り向いた。

「お前は4年生のキュラソーだな。廊下を走るなと前にも言っただろうが! 減点1だ」

 するとその子どもは、「違うであります!」と言い返した。

「わたしは、3年生のマーコットであります!」

「な、なに? そ、そうか。お前たちは紛らわしいなあ。とにかく、お前は減点1だ! わかったな」

「わかりましたであります!」

 赤い頬の子どもは、ぺこりとお辞儀をして去っていった。
 それを見ていたセトカは、おずおずと先生に言った。

「あのー、先生」

「なんだ」

「あれは、キュラソーちゃんです。マーコットちゃんに似てますけど」

「なにぃ?」

「上履きの色が、4年生の色でした」

 先生は、ハッとして、口をへの字に曲げた。

「わ、わかっとるわ。そんなことは。お前は、6年生のセトカだな。教官に対して物申すとは。思い上がるなよ!」

 先生は怒って行ってしまった。

「あーあ。ほっときゃいいのに。なんで口出すかね。心象ってやつが悪くなるだけじゃん」

 ライムがセトカにぶつぶつと言う。

「だってこの前も、マーコットちゃん、ご飯減らされて泣いてたんだよ。全然身に覚えがないのに。キュラソーちゃんがああやって、身代わりにしてるの、あたし知ってたんだから」

「人がいいねえ、セトカは」

 そんなことを話しながら歩いていると、セトカたちの前に、体の大きな女子生徒が数人立ちはだかった。2つ歳上の8年生だ。

「よお、ライムちゃん。さっき中庭でお稽古のお披露目だったんだろ。あいかわらず、かわいいリボンなんてつけちゃって。そんなにお誘いを受けたいのかよ」

 ライムはいつも頭の後ろに、大きなリボンをつけていた。前髪で顔が隠れがちな彼女は、陰気な印象を与える子どもだった。その印象を少しでも変えようとするかのような、かわいらしいリボンだった。

「なによ。どきなさいよ。先生に言うわよ」

「なんだとこのガキ。いっつも生意気なんだよてめえ」

 いつもライムやセトカをネチネチとからかう先輩たちだった。セトカは体力で、ライムは学問で優秀な成績をあげている目立つ存在だったので、こうしたやっかみは常だった。

 掴みかかってくるような仕草を見せたので、セトカがすっとライムの前に出た。そのまま両者はにらみ合う。

「やめとけよ」

 8年生たちの後ろから、声があがった。頭1つ、いや、2つ分は大きい女子生徒だった。

「セトカ、おまえも先輩を少しは敬え」

 バレンシアだった。ものすごく背が高く、髪の毛を刈り上げていて、まるで男子のようだ。

「先輩なら、先輩らしくしたらどう?」

 セトカが負けずに言い返した。

「なんだ。あんなにかわいがってやったのに、まだやられ足りないのかよ」

 バレンシアがニヤニヤして言う。

「やられてない! そっちだって鼻血出したくせに」

「あれは返り血だよ。てめえの」

「うそよ!」

「セトカ、やめましょ」

 ライムがセトカの服を引っ張った。

「バレンシア。先生がこっちに来るわ」

 スラッとしていて、目が細い女子生徒が言った。バレンシアといつも行動をともにしているトリファシアという生徒だった。さしずめ番長グループといったところか。
 とはいえトリファシアは、いつも頭に血が上ると暴走しがちなバレンシアをなだめて、抑える役目をしていた。世話好きで優しい面もあり、慕っている後輩も多かった。

 舌打ちして去っていこうとするバレンシアに、セトカが言った。

「近いうちに、決着をつけてやるんだから」

「はあ? やれるもんならやってみろよ」

「バレンシア!」

「セトカ!」

 お互いに相棒からいさめられて、その場は収まった。しかし、両者の禍根は日に日に大きくなっていくようだった。
 ライムはそれが怖かった。近いうちに、なにか恐ろしいことが起こりそうな予感がしてならなかった。

 ライムは、セトカのその小さな体から溢れてくるかのような闘志に、ふいに眩暈を覚えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バイクごと異世界に転移したので美人店主と宅配弁当屋はじめました

福山陽士
ファンタジー
弁当屋でバイトをしていた大鳳正義《おおほうまさよし》は、突然宅配バイクごと異世界に転移してしまった。 現代日本とは何もかも違う世界に途方に暮れていた、その時。 「君、どうしたの?」 親切な女性、カルディナに助けてもらう。 カルディナは立地が悪すぎて今にも潰れそうになっている、定食屋の店主だった。 正義は助けてもらったお礼に「宅配をすればどう?」と提案。 カルディナの親友、魔法使いのララーベリントと共に店の再建に励むこととなったのだった。 『温かい料理を運ぶ』という概念がない世界で、みんなに美味しい料理を届けていく話。 ※のんびり進行です

【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません

Rohdea
恋愛
──愛されない契約の花嫁だったはずなのに、何かがおかしい。 家の借金返済を肩代わりして貰った代わりに “お飾りの妻が必要だ” という謎の要求を受ける事になったロンディネ子爵家の姉妹。 ワガママな妹、シルヴィが泣いて嫌がった為、必然的に自分が嫁ぐ事に決まってしまった姉のミルフィ。 そんなミルフィの嫁ぎ先は、 社交界でも声を聞いた人が殆どいないと言うくらい無口と噂されるロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ様。 ……お飾りの妻という存在らしいので、愛される事は無い。 更には、用済みになったらポイ捨てされてしまうに違いない! そんな覚悟で嫁いだのに、 旦那様となったアドルフォ様は確かに無口だったけど───…… 一方、ミルフィのものを何でも欲しがる妹のシルヴィは……

王妃ですが、明らかに側妃よりも愛されていないので、国を出させて貰います

ラフレシア
恋愛
 王妃なのに、側妃よりも愛されない私の話……

異世界転移したので、のんびり楽しみます。

ゆーふー
ファンタジー
信号無視した車に轢かれ、命を落としたことをきっかけに異世界に転移することに。異世界で長生きするために主人公が望んだのは、「のんびり過ごせる力」 主人公は神様に貰った力でのんびり平和に長生きできるのか。

家の猫がポーションとってきた。

熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。 ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。 瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。 始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

可憐な従僕と美しき伯爵

南方まいこ
BL
ラディーチェ伯爵家の長男として生まれたティム。 母親譲りの華やかな美貌を持ち、家柄も申し分なく、貴族学校では常に羨望の的だった。 ところが、ある日、父親が失踪した。 事業に失敗し、多額の借金をしていた父親は、誰にも頼ることが出来ず悩んだ末の決断だったのか、何も言わずに家族の前から消えてしまった。 その数日後、役人から領土の押収と家財の差し押さえを受け、どうしていいのか分からず途方に暮れていると、ある男がティムに声を掛けて来る。 彼から「仕事しませんか?」と言われ、今まで働いたことが無いことを伝えるが「大丈夫です。とても簡単な仕事ですから」と説明され、これはいい条件だと思い、二つ返事をした。けれど――?

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...