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第2章 魔神回廊攻略編
第21話 死なせはしない
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第21話 死なせはしない
ガギィンッという、凄まじい音と衝撃が、燐光を散らせながら、レンジの顔を叩いた。
すぐ目の前に、死神の鎌があった。
刃物のように尖った鈍色(にびいろ)の爪。
(魔神の、手!)
レンジは目を見開いた。
彼と、その爪の間に、もう一人誰かがいた。その人物が、剣を構えて、魔神の爪を受け止めていた。
ちりぢりに舞うほのかな燐光に照らされて、彼女の赤い頬が見えた。その頬に刻まれた、変な顔の鳥が。
「この頬の印にかけて! あなたを!」
剣が、魔神の爪をはじき返した。剣を握り直す彼女の赤い髪の毛が、炎のように逆巻いていた。
「……死なせはしない!」
その瞳までもが赤く燃えていた。
「マーコット!」
女騎士は、闇の向こうにそびえる巨大な影に向かって、飛び掛かった。
ギィンッ!という剣戟の甲高い音。続けざまにそれが幾度も聞こえた。やがて、ギャアアアッという不気味な声が響いたかと思うと、周囲を包んでいた闇が晴れた。
「アタランティア……」
すべての光石に青い光が戻っている。
視界の晴れたその先には、たった一人で魔人アタランティアに斬りかかるマーコットの姿があった。
「もう1体いたなんて!」
さっきまでの2体と、仮面のような顔の模様が違う。しかし、それ以外はあの魔人そのものだった。
マーコットは、矢継ぎ早に繰り出される左右合わせて20本の腕の攻撃を、凄まじいスピードでかわし、受け流し、はじき返していた。
レンジは我に返ると、マーコットに向かって自分の知る限りの補助魔法をかけた。
俊敏性アップ。腕力向上。耐久力上昇。視界拡大。
ええと、ええと、それから……。
レベル6である自分のバフなど、焼け石に水のようなものかも知れないと思った。でも、そうせずにはいられなかった。
「マーコット、頑張れ!」
最後には叫んでいた。
気がつくと涙が出ていた。涙が、止まらなくなっていた。
彼女の運んだ命の息吹が、レンジの体を駆け回っていた。
ふいに魔神の一番上の腕が、二本ともくるりと円を描いた。
マーコットが振り向いて叫んだ。
「伏せて!」
とっさにその言葉通りにしたレンジの頭上を、巨大な火球が飛び去っていった。
やがて背後から爆発音。
「ああっ」
マーコットのくぐもった声が聞こえた。
彼女の足元に、地面から泥のようなものが飛び出して、それが金属製の靴ごと右足の甲を貫いていた。
マーコットは足を引き抜くと、レンジのところまで飛びずさった。
「勝てません」
短くそう言った。その頬や、首筋、肌が出ているあらゆる場所から、彼女は血を流していた。
魔神はゆっくりと近づいてこようとしている。弱った獲物をいたぶる獣のような動きだった。
「4層まで逃げれば……」
レンジがそう言いかけたが、マーコットは「逃げきれません」と言った。
「じゃあどうしたら!」
「大神殿で、仲間と合流するしかない」
「そんな!」
大神殿では今も、セトカたちがあの魔物の群れと2体の魔神を相手に、決死の戦いを挑んでいるのだ。
そこに、もう1体の魔神をつれて逃げ込むというのか。
「できねえよ」
レンジはうめいた。
無性に悔しかった。この状況をどうすることもできない自分が。
「行くんです! 団長を、仲間たちの力を信じてください」
マーコットは魔神を背にして、レンジの頭を両手で抱えた。真っすぐに見つめるその瞳には、絶望の光は見えなかった。
「ね?」
「あ、ああ」
レンジはうなづいた。
マーコットは振り返ると、腰につけた小物入れからなにかを取り出した。
「合図したら、私について走ってください。全力で」
そして、近づいてくる魔神の前で手を地面に振り下ろした。
バフォンッ。
という音ともに、真黒な煙幕が地面から吹き出した。それが魔神の姿を覆い隠す。
「今です!」
マーコットは走り出した。そして魔神の横をすり抜ける。レンジもあとに続いた。
煙幕のなかで、ガキィンッという金属音がした。立て続けに、2度、3度。
レンジは目をつぶって走った。
走っていると、闇の中であれほどレンジを嬲った死の、冷たい腕が、どこか遠くにいったように感じられた。
地の底とは思えない石畳のうえを、レンジは必死に走っていた。
後ろから追いすがる魔神の攻撃を、マーコットが剣で弾いている激しい音が、間断なく聞こえている。
いま前から魔物の群れに襲われたら、終わりだ。
ゾッとする考えが脳裏に浮かぶ。とっくに息が上がっているが、生きるか死ぬかだ。冷たい空気が喉に刺さる。つらい。きつい。
やがて背後から金属音が聞こえなくなる。
ハッとして振り向いたが、マーコットは無事だった。すぐにレンジの横につく。
「あいつ、目的地に、気づい、たな。はあはあ」
「ええ。逆に、そこまで追い込む気でしょうな」
魔神は距離を保って追いかけてきているが、攻撃は止んでいた。大神殿まではあと数ブロック。
魔神は舗装道のうえを蛇体をくねらせて進んでくる。獲物を追い込もうという冷徹な意思を感じる。のっぺりとした白い顔が、まるで笑っているように見えた。
「嫌なことを言ってもいいでありますか」
マーコットは満身創痍だったが、それでもレンジよりはまだ体力がありそうだった。貫かれた足をかばいながら、懸命に走っている。
「聞きたく、ないけど、なに?」
「……魔神は、あの3体目で最後なのでありましょうか」
レンジは、一瞬目の前が真っ暗になりかけたが、すぐに「あ、いや、これは勘だけど」と言った。
「あの祭壇の、うしろの壁画。3つ首の龍。あれは、山脈に住む、ドワーフ族の伝承に出てくる、彼らの、先祖らしい」
ちらりと魔神を振り返って、走るペースを落としながらレンジは続けた。
「俺も昔話でしか知らないけど、山のドワーフたちを生んだ始祖龍は、やがて彼らを残し、地の底に消えたとかなんとか。……3つの首の龍の伝説。山の底で掘り起こされた、異界の入り口。そこから現れた蛇体の魔神……」
「繋がっていると?」
「わからないけど、魔神はきっと3体だ。そうでなきゃ、終わりだよ」
ようやく、元居た大神殿が見えてきた。
ガギィンッという、凄まじい音と衝撃が、燐光を散らせながら、レンジの顔を叩いた。
すぐ目の前に、死神の鎌があった。
刃物のように尖った鈍色(にびいろ)の爪。
(魔神の、手!)
レンジは目を見開いた。
彼と、その爪の間に、もう一人誰かがいた。その人物が、剣を構えて、魔神の爪を受け止めていた。
ちりぢりに舞うほのかな燐光に照らされて、彼女の赤い頬が見えた。その頬に刻まれた、変な顔の鳥が。
「この頬の印にかけて! あなたを!」
剣が、魔神の爪をはじき返した。剣を握り直す彼女の赤い髪の毛が、炎のように逆巻いていた。
「……死なせはしない!」
その瞳までもが赤く燃えていた。
「マーコット!」
女騎士は、闇の向こうにそびえる巨大な影に向かって、飛び掛かった。
ギィンッ!という剣戟の甲高い音。続けざまにそれが幾度も聞こえた。やがて、ギャアアアッという不気味な声が響いたかと思うと、周囲を包んでいた闇が晴れた。
「アタランティア……」
すべての光石に青い光が戻っている。
視界の晴れたその先には、たった一人で魔人アタランティアに斬りかかるマーコットの姿があった。
「もう1体いたなんて!」
さっきまでの2体と、仮面のような顔の模様が違う。しかし、それ以外はあの魔人そのものだった。
マーコットは、矢継ぎ早に繰り出される左右合わせて20本の腕の攻撃を、凄まじいスピードでかわし、受け流し、はじき返していた。
レンジは我に返ると、マーコットに向かって自分の知る限りの補助魔法をかけた。
俊敏性アップ。腕力向上。耐久力上昇。視界拡大。
ええと、ええと、それから……。
レベル6である自分のバフなど、焼け石に水のようなものかも知れないと思った。でも、そうせずにはいられなかった。
「マーコット、頑張れ!」
最後には叫んでいた。
気がつくと涙が出ていた。涙が、止まらなくなっていた。
彼女の運んだ命の息吹が、レンジの体を駆け回っていた。
ふいに魔神の一番上の腕が、二本ともくるりと円を描いた。
マーコットが振り向いて叫んだ。
「伏せて!」
とっさにその言葉通りにしたレンジの頭上を、巨大な火球が飛び去っていった。
やがて背後から爆発音。
「ああっ」
マーコットのくぐもった声が聞こえた。
彼女の足元に、地面から泥のようなものが飛び出して、それが金属製の靴ごと右足の甲を貫いていた。
マーコットは足を引き抜くと、レンジのところまで飛びずさった。
「勝てません」
短くそう言った。その頬や、首筋、肌が出ているあらゆる場所から、彼女は血を流していた。
魔神はゆっくりと近づいてこようとしている。弱った獲物をいたぶる獣のような動きだった。
「4層まで逃げれば……」
レンジがそう言いかけたが、マーコットは「逃げきれません」と言った。
「じゃあどうしたら!」
「大神殿で、仲間と合流するしかない」
「そんな!」
大神殿では今も、セトカたちがあの魔物の群れと2体の魔神を相手に、決死の戦いを挑んでいるのだ。
そこに、もう1体の魔神をつれて逃げ込むというのか。
「できねえよ」
レンジはうめいた。
無性に悔しかった。この状況をどうすることもできない自分が。
「行くんです! 団長を、仲間たちの力を信じてください」
マーコットは魔神を背にして、レンジの頭を両手で抱えた。真っすぐに見つめるその瞳には、絶望の光は見えなかった。
「ね?」
「あ、ああ」
レンジはうなづいた。
マーコットは振り返ると、腰につけた小物入れからなにかを取り出した。
「合図したら、私について走ってください。全力で」
そして、近づいてくる魔神の前で手を地面に振り下ろした。
バフォンッ。
という音ともに、真黒な煙幕が地面から吹き出した。それが魔神の姿を覆い隠す。
「今です!」
マーコットは走り出した。そして魔神の横をすり抜ける。レンジもあとに続いた。
煙幕のなかで、ガキィンッという金属音がした。立て続けに、2度、3度。
レンジは目をつぶって走った。
走っていると、闇の中であれほどレンジを嬲った死の、冷たい腕が、どこか遠くにいったように感じられた。
地の底とは思えない石畳のうえを、レンジは必死に走っていた。
後ろから追いすがる魔神の攻撃を、マーコットが剣で弾いている激しい音が、間断なく聞こえている。
いま前から魔物の群れに襲われたら、終わりだ。
ゾッとする考えが脳裏に浮かぶ。とっくに息が上がっているが、生きるか死ぬかだ。冷たい空気が喉に刺さる。つらい。きつい。
やがて背後から金属音が聞こえなくなる。
ハッとして振り向いたが、マーコットは無事だった。すぐにレンジの横につく。
「あいつ、目的地に、気づい、たな。はあはあ」
「ええ。逆に、そこまで追い込む気でしょうな」
魔神は距離を保って追いかけてきているが、攻撃は止んでいた。大神殿まではあと数ブロック。
魔神は舗装道のうえを蛇体をくねらせて進んでくる。獲物を追い込もうという冷徹な意思を感じる。のっぺりとした白い顔が、まるで笑っているように見えた。
「嫌なことを言ってもいいでありますか」
マーコットは満身創痍だったが、それでもレンジよりはまだ体力がありそうだった。貫かれた足をかばいながら、懸命に走っている。
「聞きたく、ないけど、なに?」
「……魔神は、あの3体目で最後なのでありましょうか」
レンジは、一瞬目の前が真っ暗になりかけたが、すぐに「あ、いや、これは勘だけど」と言った。
「あの祭壇の、うしろの壁画。3つ首の龍。あれは、山脈に住む、ドワーフ族の伝承に出てくる、彼らの、先祖らしい」
ちらりと魔神を振り返って、走るペースを落としながらレンジは続けた。
「俺も昔話でしか知らないけど、山のドワーフたちを生んだ始祖龍は、やがて彼らを残し、地の底に消えたとかなんとか。……3つの首の龍の伝説。山の底で掘り起こされた、異界の入り口。そこから現れた蛇体の魔神……」
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