2 / 71
第1章 栄光への旅立ち編
第2話 世界を救う英雄になるはずだった
しおりを挟む
第2話 世界を救う英雄になるはずだった
「チクショオォォーッ。……おい、オヤジ、エールもう一杯」
レンジは、大衆酒場『狼の尻尾亭』の隅にあるいつもの席で、大声を張り上げた。
「こっちは商売だから、いいけどさ。こんな昼間っから、冒険屋さんがくだをまいてて、不健全だねえ」
店主が苦笑しながら、エールのジョッキを持ってくる。
レンジは6人掛けの席を一人で占拠しているが、昼間は客も少ないので店主も特になにも言わなかった。
「しっかし、よ。しけた店だぜここも。俺の爺さんのいた時代はもっと繁盛してたって聞いたぜ。オヤジの先代のころか? こんな、よ、……ヒック。水で薄めたようなエール出すようになったから客が離れたんじゃねえのか」
「人聞きの悪いこと言うなバカ」
「イデッ」
ハゲ頭の店主に頭を小突かれて、レンジは恨みがましい目を向けた。
「今はあんたら冒険屋が、少なくなっちまったからな。このあたりは昔は未盗掘のダンジョンも多かったらしいし、冒険屋ご用達の店も、お宝の買い取り業者も街に溢れかえってたもんだ」
「冒険者って言えよ。悪意があんなあ。冒険屋て」
「へ。立派な冒険者サマたちはもうみんな、景気のいい南の方へ行っちまったってこった。この街を拠点にするようなやつは、未練たらしい冒険屋よォ」
「うるせえ! さっき注文した鳥のから揚げまだかよ。早く持ってこいハゲ! イデッ」
レンジをまたひとつ小突いて、ハゲの店主はノッシノッシと厨房の方へ歩いて行った。
狼の尻尾亭があるのは、広大なカラマンダリン山脈の南に位置する辺境の国、ヘンルーダ公国の首都ネーブルの中心街だった。
首都とはいえ、ネーブルはのどかな田舎街という景観で、街なかを縦横に走る無舗装の大路の左右にレンガ造りの昔ながらの建物が並んでいる。
埃っぽい街だった。
店主の言ったように、この田舎街もかつては冒険者たちであふれ、活況をていしていた時期もあった。しかし、めぼしいダンジョンがほとんど攻略されてしまった現在では、すっかりと寂れ、ここから抜け出せない人間たちがみんなどこか鬱々として日々を過ごしていた。
「あー。ギムレットになんて言おう」
レンジはぶつぶつと言ってエールを傾ける。
剣士ギムレットは祖父の旧友で、50歳になった今ではあまり表舞台に立つことはなくなったとはいえ、まだ現役の冒険者だ。
腕が立つだけではなく、人望もあり、この街の冒険者の顔役の1人だった。
『おい、レンジ。またクビになったらしいな。まあしょうがねえ。お前も頑張った結果だもんな。またどっかのパーティ紹介してやっから、くよくよせずに頑張れよ』
野太いギムレットの声が脳裏に再生される。武骨で、でもどこか優しい声。
「頑張れ、頑張れ、か……。いつまで俺、こんなことやってんだろうな」
レンジはひとりごちた。
そして指を折って数える。
「13歳の時、じいちゃんが死んで、それから一人で生きてきて、14、15年か。え、15年?」
はじめて攻撃魔法、ボルトを習得してから15年も経っているという事実にあらためて気づいてレンジは驚愕した。
「才能……ねえんだろうな。俺……」
ぽつりといった言葉が、自分の骨身に響いた。
今回レンジをクビにしたパーティでは、リーダーの剣士シトラスがレベル15。他のメンバーも全員10以上だった。
彼らもまだ若手で駆け出しのパーティだったが、レンジのレベル6というのはその中にあっても役に立たないレベルと言われてもしようがなかった。
「俺、もう諦めたほうがいいんかな。じいちゃん……」
レンジの祖父、オートーは『雷を呼ぶ者』の二つ名で呼ばれる伝説的な魔法使いだった。
強力な雷系統の魔法を使いこなし、数多くのダンジョン攻略で活躍した男だ。ある意味で、冒険者たちの活動による経済圏でもっていたこの田舎街の寿命を、縮める一因になったとも言える人物だ。
レンジの父と母は、レンジがまだ幼いころに馬車の事故で亡くなり、それ以来、祖父が一人で孫を育てた。
子育てのための『雷を呼ぶ者』の引退を、冒険者たちは大いに惜しみ、落胆したという。
子育てに奮闘していたオートーは、ある日、耄碌していた向かいの家のバアさんが、レンジを見るや10年ぶりに目をカッと見開き、とんでもない予言の言葉を吐き出したのを聞いた。
『この子は、やがて世界を救う英雄となるじゃろう!』
そのバアさんは、かつて南の国の王宮に務めていたという、腕利きの占い師だったそうだ。
のちにその話を聞かされたレンジには、ただのボケ老人の世迷い事だとしか思えなかったが、『雷を呼ぶ者』は大変喜び、孫バカを発揮することになった。
『お前は、世界を救う英雄になるんだぞ』
幼いレンジに日々そう言って聞かせ、自分の得意魔法を教えるという英才教育を施した。
しかし期待の孫はなかなか魔法の習得ができず、第一階梯の魔法であるボルトが使えるようになったのは、13歳の時だった。
『なんのなんの。ワシがはじめてスライムを倒したのは14の時じゃ。何事もトントン拍子にはいかん。ただただ精進するのみよ』
笑ってそう言った祖父はわずか、その2月後に死んだ。
「じいちゃん」
その日のことを思い出すと、レンジはキュッと心臓が縮む。
「ほい。から揚げお待たせ」
レンジの前に山盛りのから揚げの皿が置かれたが、心ここにあらず、というていで、店主はふん、と鼻息をひとつつくとスッとその場を離れた。
15年前、ネーブルの冒険者たちはざわついていた。
近隣のめぼしいダンジョンをほとんど踏破してしまって以来、冒険者稼業の先細りが問題になっていたのであるが、それを解決すべく、かねてからの計画がいよいよ実行に移されようとしていたのである。
『ワシは賛成できんよ。考え直すべきだ』
オートーは、自宅にやってきた冒険者たちの顔役、剣士ギムレットにそう訴えた。
『魔神回廊に手を出すなど、正気の沙汰ではない』
ネーブルから北に数里行くと、カラマンダリン山脈の山すそに至る。
かつて多くのドワーフたちが住み着いていたというその山は、内部に彼らの拓いた坑道が無数に走っていたという。
しかし、ある日、ドワーフたちは異界への入り口を掘り当ててしまい、坑道には魔物たちが溢れかえることとなった。
ドワーフたちは山脈の北へと去り、残された坑道は今でも恐るべき魔物たちが跋扈するダンジョンとなっていた。
ドワーフの残した宝を求めて、数多くの冒険者たちが集い、坑道へと挑んだが、そのたびに累々たる死者を出すはめになったという。
特に、ドワーフの王族の住処だったとされる坑道の最深部には、巨大な魔神が居座っており、来るものをすべて排除したとされている。
いつしか、カラマンダリン山脈のドワーフの坑道は、『魔神回廊』という恐ろしい呼び名で知られるようになっていた。
『魔神アタランティア以外のモンスターは我らにも十分討伐可能だ。昔はいざ知らず、今は冒険者たちのレベルも高い。逆に今しかないんだ。新たな探窟場所が開拓できない限り、このままでは高レベルの冒険者たちはみんなこの街を離れてしまう』
言い返した剣士ギムレットはその時、35歳の壮年だった。鍛え抜かれた筋肉が全身に張り付いている。経験と力。冒険者として一番脂が乗っている時期と言えるだろう。
『ダメじゃダメじゃ。あの魔神は、回廊の守護者なのだ。回廊を荒らすものを見過ごしはせぬ。ワシもかつて対峙したことがある。今でも身が竦むわい。魔物どもとはわけが違う。とても人が太刀打ちできる相手ではない』
『いや、聞いてくれオートー。数百年前に魔神回廊を突破したという一団について記された古文書が見つかったんだ。これだ。見てくれ。その一員が書き残した魔神攻略のヒントがある』
『突破と討伐ではわけが違う……!』
レンジはいつになく険しい口調の祖父と、ギムレットのやりとりを隣の部屋でじっと聞いていた。
なんだか恐ろしいことが起こる気がして怖くてたまらなかったのを今でも覚えている。
その2週間後、祖父はレンジを抱きしめて言った。
『もうお前も13歳。ワシが師匠の元を離れた歳と同じじゃ。お前はきっと立派な男になる。ワシはそう信じている』
レンジは、どうして祖父が行かなくてはいけないのか、と罵った記憶がある。その酷かっただろう言葉は、こぼれ落ちている。
『若者たちだけ行かせるわけにはいかん。ワシはこれでもかつて『雷を呼ぶ者』と呼ばれたものだ。力になってやりたい』
レンジは泣いた。
祖父は『お前はいつか、世界を救う英雄になる』と、寝物語にくり返した言葉を口にした。
それは、レンジの魂に呪いとしてこびりついて離れなくなることとなった。
レンジの次の記憶は、傷だらけのギムレットがレンジの前に崩れ落ちるようにして、両手を差し出している時のものだ。
『すまん……すまん……』
涙を流しながら何度もそう繰り返している。その手には古びたペンダントが乗せられている。ペンダントはひん曲がってしまっていた。
フタがゆがんで開いていて、その隙間から、レンジの祖母の若いころの肖像が見えた。
レンジは自分が一人になってしまったことを知った。
「あーっ、クソ!」
レンジは狼の尻尾亭の片隅で頭を振って大きな声を出した。
あの時のことを思い出すと、心がかき乱される。
「オヤジ! から揚げまだかよ!」
「目の前にあんだろうが!」
「あ。あった」
レンジはから揚げを口に放り込んでエールをあおった。
「あのアマぁ。ラウェニアのやつ! いっつも俺をさげすんだ目で見やがって。だいたいなんだよあのプリップリ……。プリップリした、ケツと胸はよぉ! 一回抱かせやがれ!」
現在進行形の愚痴になるや、とたんにエールがすすみはじめる。
「オヤジ! もう一杯!」
「ほい毎度ぉ!」
「あー、あの小生意気なポッテリした唇! 許せねえ! キスさせやがれこん畜生!」
「ほい鱚(キス)の煮付け一丁!」
レンジが喚いていると、カウンターの客が「うるせえぞ!」と怒鳴った。
「なんだとぉ。俺をだれだと思ってんだ。俺は、……ヒック。俺はなあ。俺は」
レンジは立ち上がろうとして、一瞬足元がふらつき、そのままもう一度イスにストンと座り込んだ。
「世界を救う男なんだぜ」
その言葉はかぼそく、だれにも聞かれることはなかった。
レンジが、頼んだ覚えのない鱚の煮付けに、それにも気づかず手を伸ばそうとしていた、その時である。
狼の尻尾亭の両開きの扉が勢いよく開かれた。
勢いがよすぎて、蝶番がバキンと跳ね飛んで木製の扉の片方が、木片を散らばらせながら地面に転がった。
「あ、悪い。扉の弁償はする」
そう言って、マントの下に白い鎧を身に着けた大柄な人物が店内に入ってきた。
一人ではなかった。ガシャガシャと同じ格好の一団が次々に入ってくる。
「副団長、なにやってんスか」
「だめよお。目立つことしちゃ」
「うるせえ」
店内にいた数少ない客の目がすべてその一団に向けられた。
驚いたことに、白い鎧の集団はすべて若い女性だった。そしてその体格と身のこなしが、冒険者を見慣れた客たちにも、一流の戦士であることを悟らせた。
さきほど扉を壊した、目を見張るような長身の女性が声を張り上げる。
「レンジという魔法使いがここにいると聞いた!」
この騒ぎにカウンターから飛び出てきた店主と、客たちの目が店の隅の席に向けられる。
「ああん。なんなんだよ。お姉ちゃんたち」
戸惑いながらも、座ったまま軽口をたたくレンジに、女性はニヤリと笑いかけ、大きな声で言った。
「レンジ殿、どうか我々とともに……」
クシャクシャになりながら陰鬱な日々に飲み込まれそうだったレンジの人生が、大きく変わった瞬間だった。
「スライムと戦って欲しい!」
「チクショオォォーッ。……おい、オヤジ、エールもう一杯」
レンジは、大衆酒場『狼の尻尾亭』の隅にあるいつもの席で、大声を張り上げた。
「こっちは商売だから、いいけどさ。こんな昼間っから、冒険屋さんがくだをまいてて、不健全だねえ」
店主が苦笑しながら、エールのジョッキを持ってくる。
レンジは6人掛けの席を一人で占拠しているが、昼間は客も少ないので店主も特になにも言わなかった。
「しっかし、よ。しけた店だぜここも。俺の爺さんのいた時代はもっと繁盛してたって聞いたぜ。オヤジの先代のころか? こんな、よ、……ヒック。水で薄めたようなエール出すようになったから客が離れたんじゃねえのか」
「人聞きの悪いこと言うなバカ」
「イデッ」
ハゲ頭の店主に頭を小突かれて、レンジは恨みがましい目を向けた。
「今はあんたら冒険屋が、少なくなっちまったからな。このあたりは昔は未盗掘のダンジョンも多かったらしいし、冒険屋ご用達の店も、お宝の買い取り業者も街に溢れかえってたもんだ」
「冒険者って言えよ。悪意があんなあ。冒険屋て」
「へ。立派な冒険者サマたちはもうみんな、景気のいい南の方へ行っちまったってこった。この街を拠点にするようなやつは、未練たらしい冒険屋よォ」
「うるせえ! さっき注文した鳥のから揚げまだかよ。早く持ってこいハゲ! イデッ」
レンジをまたひとつ小突いて、ハゲの店主はノッシノッシと厨房の方へ歩いて行った。
狼の尻尾亭があるのは、広大なカラマンダリン山脈の南に位置する辺境の国、ヘンルーダ公国の首都ネーブルの中心街だった。
首都とはいえ、ネーブルはのどかな田舎街という景観で、街なかを縦横に走る無舗装の大路の左右にレンガ造りの昔ながらの建物が並んでいる。
埃っぽい街だった。
店主の言ったように、この田舎街もかつては冒険者たちであふれ、活況をていしていた時期もあった。しかし、めぼしいダンジョンがほとんど攻略されてしまった現在では、すっかりと寂れ、ここから抜け出せない人間たちがみんなどこか鬱々として日々を過ごしていた。
「あー。ギムレットになんて言おう」
レンジはぶつぶつと言ってエールを傾ける。
剣士ギムレットは祖父の旧友で、50歳になった今ではあまり表舞台に立つことはなくなったとはいえ、まだ現役の冒険者だ。
腕が立つだけではなく、人望もあり、この街の冒険者の顔役の1人だった。
『おい、レンジ。またクビになったらしいな。まあしょうがねえ。お前も頑張った結果だもんな。またどっかのパーティ紹介してやっから、くよくよせずに頑張れよ』
野太いギムレットの声が脳裏に再生される。武骨で、でもどこか優しい声。
「頑張れ、頑張れ、か……。いつまで俺、こんなことやってんだろうな」
レンジはひとりごちた。
そして指を折って数える。
「13歳の時、じいちゃんが死んで、それから一人で生きてきて、14、15年か。え、15年?」
はじめて攻撃魔法、ボルトを習得してから15年も経っているという事実にあらためて気づいてレンジは驚愕した。
「才能……ねえんだろうな。俺……」
ぽつりといった言葉が、自分の骨身に響いた。
今回レンジをクビにしたパーティでは、リーダーの剣士シトラスがレベル15。他のメンバーも全員10以上だった。
彼らもまだ若手で駆け出しのパーティだったが、レンジのレベル6というのはその中にあっても役に立たないレベルと言われてもしようがなかった。
「俺、もう諦めたほうがいいんかな。じいちゃん……」
レンジの祖父、オートーは『雷を呼ぶ者』の二つ名で呼ばれる伝説的な魔法使いだった。
強力な雷系統の魔法を使いこなし、数多くのダンジョン攻略で活躍した男だ。ある意味で、冒険者たちの活動による経済圏でもっていたこの田舎街の寿命を、縮める一因になったとも言える人物だ。
レンジの父と母は、レンジがまだ幼いころに馬車の事故で亡くなり、それ以来、祖父が一人で孫を育てた。
子育てのための『雷を呼ぶ者』の引退を、冒険者たちは大いに惜しみ、落胆したという。
子育てに奮闘していたオートーは、ある日、耄碌していた向かいの家のバアさんが、レンジを見るや10年ぶりに目をカッと見開き、とんでもない予言の言葉を吐き出したのを聞いた。
『この子は、やがて世界を救う英雄となるじゃろう!』
そのバアさんは、かつて南の国の王宮に務めていたという、腕利きの占い師だったそうだ。
のちにその話を聞かされたレンジには、ただのボケ老人の世迷い事だとしか思えなかったが、『雷を呼ぶ者』は大変喜び、孫バカを発揮することになった。
『お前は、世界を救う英雄になるんだぞ』
幼いレンジに日々そう言って聞かせ、自分の得意魔法を教えるという英才教育を施した。
しかし期待の孫はなかなか魔法の習得ができず、第一階梯の魔法であるボルトが使えるようになったのは、13歳の時だった。
『なんのなんの。ワシがはじめてスライムを倒したのは14の時じゃ。何事もトントン拍子にはいかん。ただただ精進するのみよ』
笑ってそう言った祖父はわずか、その2月後に死んだ。
「じいちゃん」
その日のことを思い出すと、レンジはキュッと心臓が縮む。
「ほい。から揚げお待たせ」
レンジの前に山盛りのから揚げの皿が置かれたが、心ここにあらず、というていで、店主はふん、と鼻息をひとつつくとスッとその場を離れた。
15年前、ネーブルの冒険者たちはざわついていた。
近隣のめぼしいダンジョンをほとんど踏破してしまって以来、冒険者稼業の先細りが問題になっていたのであるが、それを解決すべく、かねてからの計画がいよいよ実行に移されようとしていたのである。
『ワシは賛成できんよ。考え直すべきだ』
オートーは、自宅にやってきた冒険者たちの顔役、剣士ギムレットにそう訴えた。
『魔神回廊に手を出すなど、正気の沙汰ではない』
ネーブルから北に数里行くと、カラマンダリン山脈の山すそに至る。
かつて多くのドワーフたちが住み着いていたというその山は、内部に彼らの拓いた坑道が無数に走っていたという。
しかし、ある日、ドワーフたちは異界への入り口を掘り当ててしまい、坑道には魔物たちが溢れかえることとなった。
ドワーフたちは山脈の北へと去り、残された坑道は今でも恐るべき魔物たちが跋扈するダンジョンとなっていた。
ドワーフの残した宝を求めて、数多くの冒険者たちが集い、坑道へと挑んだが、そのたびに累々たる死者を出すはめになったという。
特に、ドワーフの王族の住処だったとされる坑道の最深部には、巨大な魔神が居座っており、来るものをすべて排除したとされている。
いつしか、カラマンダリン山脈のドワーフの坑道は、『魔神回廊』という恐ろしい呼び名で知られるようになっていた。
『魔神アタランティア以外のモンスターは我らにも十分討伐可能だ。昔はいざ知らず、今は冒険者たちのレベルも高い。逆に今しかないんだ。新たな探窟場所が開拓できない限り、このままでは高レベルの冒険者たちはみんなこの街を離れてしまう』
言い返した剣士ギムレットはその時、35歳の壮年だった。鍛え抜かれた筋肉が全身に張り付いている。経験と力。冒険者として一番脂が乗っている時期と言えるだろう。
『ダメじゃダメじゃ。あの魔神は、回廊の守護者なのだ。回廊を荒らすものを見過ごしはせぬ。ワシもかつて対峙したことがある。今でも身が竦むわい。魔物どもとはわけが違う。とても人が太刀打ちできる相手ではない』
『いや、聞いてくれオートー。数百年前に魔神回廊を突破したという一団について記された古文書が見つかったんだ。これだ。見てくれ。その一員が書き残した魔神攻略のヒントがある』
『突破と討伐ではわけが違う……!』
レンジはいつになく険しい口調の祖父と、ギムレットのやりとりを隣の部屋でじっと聞いていた。
なんだか恐ろしいことが起こる気がして怖くてたまらなかったのを今でも覚えている。
その2週間後、祖父はレンジを抱きしめて言った。
『もうお前も13歳。ワシが師匠の元を離れた歳と同じじゃ。お前はきっと立派な男になる。ワシはそう信じている』
レンジは、どうして祖父が行かなくてはいけないのか、と罵った記憶がある。その酷かっただろう言葉は、こぼれ落ちている。
『若者たちだけ行かせるわけにはいかん。ワシはこれでもかつて『雷を呼ぶ者』と呼ばれたものだ。力になってやりたい』
レンジは泣いた。
祖父は『お前はいつか、世界を救う英雄になる』と、寝物語にくり返した言葉を口にした。
それは、レンジの魂に呪いとしてこびりついて離れなくなることとなった。
レンジの次の記憶は、傷だらけのギムレットがレンジの前に崩れ落ちるようにして、両手を差し出している時のものだ。
『すまん……すまん……』
涙を流しながら何度もそう繰り返している。その手には古びたペンダントが乗せられている。ペンダントはひん曲がってしまっていた。
フタがゆがんで開いていて、その隙間から、レンジの祖母の若いころの肖像が見えた。
レンジは自分が一人になってしまったことを知った。
「あーっ、クソ!」
レンジは狼の尻尾亭の片隅で頭を振って大きな声を出した。
あの時のことを思い出すと、心がかき乱される。
「オヤジ! から揚げまだかよ!」
「目の前にあんだろうが!」
「あ。あった」
レンジはから揚げを口に放り込んでエールをあおった。
「あのアマぁ。ラウェニアのやつ! いっつも俺をさげすんだ目で見やがって。だいたいなんだよあのプリップリ……。プリップリした、ケツと胸はよぉ! 一回抱かせやがれ!」
現在進行形の愚痴になるや、とたんにエールがすすみはじめる。
「オヤジ! もう一杯!」
「ほい毎度ぉ!」
「あー、あの小生意気なポッテリした唇! 許せねえ! キスさせやがれこん畜生!」
「ほい鱚(キス)の煮付け一丁!」
レンジが喚いていると、カウンターの客が「うるせえぞ!」と怒鳴った。
「なんだとぉ。俺をだれだと思ってんだ。俺は、……ヒック。俺はなあ。俺は」
レンジは立ち上がろうとして、一瞬足元がふらつき、そのままもう一度イスにストンと座り込んだ。
「世界を救う男なんだぜ」
その言葉はかぼそく、だれにも聞かれることはなかった。
レンジが、頼んだ覚えのない鱚の煮付けに、それにも気づかず手を伸ばそうとしていた、その時である。
狼の尻尾亭の両開きの扉が勢いよく開かれた。
勢いがよすぎて、蝶番がバキンと跳ね飛んで木製の扉の片方が、木片を散らばらせながら地面に転がった。
「あ、悪い。扉の弁償はする」
そう言って、マントの下に白い鎧を身に着けた大柄な人物が店内に入ってきた。
一人ではなかった。ガシャガシャと同じ格好の一団が次々に入ってくる。
「副団長、なにやってんスか」
「だめよお。目立つことしちゃ」
「うるせえ」
店内にいた数少ない客の目がすべてその一団に向けられた。
驚いたことに、白い鎧の集団はすべて若い女性だった。そしてその体格と身のこなしが、冒険者を見慣れた客たちにも、一流の戦士であることを悟らせた。
さきほど扉を壊した、目を見張るような長身の女性が声を張り上げる。
「レンジという魔法使いがここにいると聞いた!」
この騒ぎにカウンターから飛び出てきた店主と、客たちの目が店の隅の席に向けられる。
「ああん。なんなんだよ。お姉ちゃんたち」
戸惑いながらも、座ったまま軽口をたたくレンジに、女性はニヤリと笑いかけ、大きな声で言った。
「レンジ殿、どうか我々とともに……」
クシャクシャになりながら陰鬱な日々に飲み込まれそうだったレンジの人生が、大きく変わった瞬間だった。
「スライムと戦って欲しい!」
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
【グラニクルオンライン】〜女神に召喚されたプレイヤーがガチクズばかりなので高レベの私が無双します〜
てんてんどんどん
ファンタジー
国王「勇者よ!よくこの国を救ってくれた!お礼にこれを!!」
国王は綺麗な腕輪【所有者を奴隷にできる腕輪】を差し出した!
主人公(あかん、これダメな方の異世界転移だわ)
私、橘楓(たちばな かえで)はいつも通りVRMMOゲーム【グラニクルオンライン】にログインしたはずだった……のだが。
何故か、私は間違って召喚されゲーム【グラニクルオンライン】の300年後の世界へ、プレイしていた男キャラ「猫まっしぐら」として異世界転移してしまった。
ゲームの世界は「自称女神」が召喚したガチクズプレイヤー達が高レベルでTUeeeしながら元NPC相手にやりたい放題。
ハーレム・奴隷・拷問・赤ちゃんプレイって……何故こうも基地外プレイヤーばかりが揃うのか。
おかげでこの世界のプレイヤーの評価が単なるド変態なんですけど!?
ドラゴン幼女と変態エルフを引き連れて、はじまる世直し旅。
高レベルで無双します。
※※アルファポリス内で漫画も投稿しています。
宜しければそちらもご覧いただけると嬉しいです※※
※恋愛に発展するのは後半です。
※中身は女性で、ヒーローも女性と認識していますが男性キャラでプレイしています。アイテムで女に戻ることもできます。それでも中身が女でも外見が男だとBLに感じる方はご注意してください。
※ダーク要素もあり、サブキャラに犠牲者もでます。
※小説家になろう カクヨム でも連載しています
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた
ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。
マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。
義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。
二人の出会いが帝国の運命を変えていく。
ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。
2024/01/19
閑話リカルド少し加筆しました。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~
一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。
彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。
全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。
「──イオを勧誘しにきたんだ」
ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。
ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。
そして心機一転。
「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」
今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。
これは、そんな英雄譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる