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第1章 栄光への旅立ち編
第1話 スライムを見れば倒したくなるんだよ
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第1話 スライムを見れば倒したくなるんだよ
「ちょっと、待って、待って。ね! 5分だけ。お願い」
レンジはパーティのリーダー、剣士シトラスに頼んだ。シトラスは一瞬、眉をひそめたが、すぐに明るい声で言った。
「いいですよ。僕らはあっちの木陰で休憩してますので」
「ありがと。ちょちょいっと済ますから」
レンジは魔法使いの杖(ワンド)を勇ましく振り上げて、道の脇の茂みの前に固まっていたスライムの群れに走り寄った。
いい天気だ。スライムたちは日向ぼっこをしていたらしい。
スライムを見れば倒したくなるんだよ。
「おっしゃあ! お前ら覚悟しろ。俺の前に現れたのが運の尽きだぜ」
向こうもレンジに気づいたようだ。10匹ほどの半透明なスライムたちはすぐに体内のジェル状の体液を高速で循環させはじめ、戦闘態勢をとる。
レンジは魔法言語を早口で詠唱し、杖の切っ先をスライムの群れに振り下ろす。
「ボルトォォォォッ!!」
大気中の塵が焼ける匂い。直後にビシャアッ!と紫色の閃光が走り、スライムたちは次々と稲妻に打たれた。
「ちにゃ」
「プギュッ」
「もべっ」
半透明な口から断末魔の悲鳴が漏れる。彼らは下等な生物なので言語は持っていない。実際にはただ体内の空気が開口部から勢いよく漏れ出ているのにすぎない。
しかしレンジには、その音が自分の強さを証明する喝采のように感じられて、好きだった。
ボルトは祖父直伝の雷魔法だ。この得意魔法でスライムごときを打ち漏らしたことはない。
感電し、焼け焦げたスライムたちの死骸から紫色の発光体がスゥッと抜け出て、レンジに向かってくる。
経験値がレンジに体内に吸い込まれていった。体内の細胞が活性化されたような感覚がある。それも一瞬のことで、レンジは「ふっ」と息を吐いた。
「紫ばっかりも飽きるよなー。たまには青、せめて藍色の魂を食いたいな」
モンスターの魂は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色に分類されている。
それらは倒した時に経験値として討伐者へ吸い込まれる。赤に近いほど高レベルのモンスターの魂とされていて、経験値も多い。
レンジはまだ緑以上のモンスターを倒したことはなかった。青を倒したのもパーティでの討伐の時で、青をソロで狩れる力は残念ながらレンジにはない。
その点、スライムは最下級の紫モンスターではあるものの、比較的まとまった数で現れるし、範囲魔法の使える魔法使いにはおあつらえ向きの経験値稼ぎの相手だった。
なにより、安全に狩れるのは大きい。
「まだレベル7には程遠いか……」
レンジはオンボロのレベル測定器をポケットから出してため息をつく。小ぶりなジャガイモほどの大きさの物だ。安物だから、かさ張ってしょうがない。
「壊れてんじゃないよな」
コツコツと、表面のガラスを叩く。
20まで測れるメモリは、6を指したままピクリとも動かなかった。
レンジは癖っ毛でボサボサの頭を掻いて、ため息をついた。
レンジがスライムを倒している間、道端の木陰では、剣士シトラスをはじめ、冒険者パーティの面々が座り込んで、所在なげに空を見ていた。
「ねえ、リーダー。どうすんのよアレ。あのオッサン」
盗賊(シーフ)のラウェニアが苛立った声でシトラスを詰問した。
「オッサンって。あの人まだ28歳とかだったような」
「じゅうぶんオッサンでしょうが!」
リーダーのシトラスは22歳、最年少のラウェニアは18歳だった。他の仲間たちも20歳前後だ。
魔法使いのレンジはこのパーティでは浮いていた。確かに年齢的には少し離れている。それだけならばいかようにも、良い人間関係を構築できたはずだった。頼れるお兄さんキャラなんて、実に理想だ。しかし年齢的のみならず、そもそも人として浮いている問題の根幹はもっと深刻なところにあったのだった。
「弱すぎでしょ! なによスライム見たら目の色変えてさ。あんな雑魚モン倒したって、ろくな経験値になんないのに。昨日だって、洞窟のガーゴイルに腰抜かして、いきなり攻撃魔法ぶっぱなしてアタシのお尻に当たったのよ!」
「まあまあ、何度もあやまってたじゃない」
「もっと酷いのは、全然痛くなかったってところよ! どんなクソザコ魔法なのよ。なんなのあの人! 28歳って、もう大概ベテランでしょ。レベル6なんだっけ? 信じらんない。攻撃型の魔法使いがどうやったらあんな弱いままでいられるの!」
ラウェニアは口にしたことで、ますます憤りが収まらなくなったようだった。
「あんなに役立たずなのに、報酬は全部均等にわける契約なのもムカツクわ。あの人、ギムレットさんの紹介らしいけど、もう1か月も一緒にやったんだから、義理は果たしたでしょ。クビにしてよ。クビに」
ラウェニアの言葉に、他の仲間たちも気まずそうに同調のあいづちを打った。
「はあ。僕から言うんだよねぇ。気が滅入るなあ。年上の人クビにするのは……」
剣士シトラスは人の良さそうな顔を歪めて、深いため息をついた。
「ゴメンゴメン、お待たせ」
くだんの28歳の魔法使いは、見通しの良い野原の街道を、小走りに戻ってきた。
朝方の雨がウソのように空気は澄み渡り、あたりを心地の良い風が吹き抜けていた。
見上げると、鮮やかな虹が蒼穹にかかっていた。
そうして、レンジは輝く青空の下で、記念すべき通算30回目となる冒険者パーティからの追放宣告を受けたのだった。
「ちょっと、待って、待って。ね! 5分だけ。お願い」
レンジはパーティのリーダー、剣士シトラスに頼んだ。シトラスは一瞬、眉をひそめたが、すぐに明るい声で言った。
「いいですよ。僕らはあっちの木陰で休憩してますので」
「ありがと。ちょちょいっと済ますから」
レンジは魔法使いの杖(ワンド)を勇ましく振り上げて、道の脇の茂みの前に固まっていたスライムの群れに走り寄った。
いい天気だ。スライムたちは日向ぼっこをしていたらしい。
スライムを見れば倒したくなるんだよ。
「おっしゃあ! お前ら覚悟しろ。俺の前に現れたのが運の尽きだぜ」
向こうもレンジに気づいたようだ。10匹ほどの半透明なスライムたちはすぐに体内のジェル状の体液を高速で循環させはじめ、戦闘態勢をとる。
レンジは魔法言語を早口で詠唱し、杖の切っ先をスライムの群れに振り下ろす。
「ボルトォォォォッ!!」
大気中の塵が焼ける匂い。直後にビシャアッ!と紫色の閃光が走り、スライムたちは次々と稲妻に打たれた。
「ちにゃ」
「プギュッ」
「もべっ」
半透明な口から断末魔の悲鳴が漏れる。彼らは下等な生物なので言語は持っていない。実際にはただ体内の空気が開口部から勢いよく漏れ出ているのにすぎない。
しかしレンジには、その音が自分の強さを証明する喝采のように感じられて、好きだった。
ボルトは祖父直伝の雷魔法だ。この得意魔法でスライムごときを打ち漏らしたことはない。
感電し、焼け焦げたスライムたちの死骸から紫色の発光体がスゥッと抜け出て、レンジに向かってくる。
経験値がレンジに体内に吸い込まれていった。体内の細胞が活性化されたような感覚がある。それも一瞬のことで、レンジは「ふっ」と息を吐いた。
「紫ばっかりも飽きるよなー。たまには青、せめて藍色の魂を食いたいな」
モンスターの魂は赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色に分類されている。
それらは倒した時に経験値として討伐者へ吸い込まれる。赤に近いほど高レベルのモンスターの魂とされていて、経験値も多い。
レンジはまだ緑以上のモンスターを倒したことはなかった。青を倒したのもパーティでの討伐の時で、青をソロで狩れる力は残念ながらレンジにはない。
その点、スライムは最下級の紫モンスターではあるものの、比較的まとまった数で現れるし、範囲魔法の使える魔法使いにはおあつらえ向きの経験値稼ぎの相手だった。
なにより、安全に狩れるのは大きい。
「まだレベル7には程遠いか……」
レンジはオンボロのレベル測定器をポケットから出してため息をつく。小ぶりなジャガイモほどの大きさの物だ。安物だから、かさ張ってしょうがない。
「壊れてんじゃないよな」
コツコツと、表面のガラスを叩く。
20まで測れるメモリは、6を指したままピクリとも動かなかった。
レンジは癖っ毛でボサボサの頭を掻いて、ため息をついた。
レンジがスライムを倒している間、道端の木陰では、剣士シトラスをはじめ、冒険者パーティの面々が座り込んで、所在なげに空を見ていた。
「ねえ、リーダー。どうすんのよアレ。あのオッサン」
盗賊(シーフ)のラウェニアが苛立った声でシトラスを詰問した。
「オッサンって。あの人まだ28歳とかだったような」
「じゅうぶんオッサンでしょうが!」
リーダーのシトラスは22歳、最年少のラウェニアは18歳だった。他の仲間たちも20歳前後だ。
魔法使いのレンジはこのパーティでは浮いていた。確かに年齢的には少し離れている。それだけならばいかようにも、良い人間関係を構築できたはずだった。頼れるお兄さんキャラなんて、実に理想だ。しかし年齢的のみならず、そもそも人として浮いている問題の根幹はもっと深刻なところにあったのだった。
「弱すぎでしょ! なによスライム見たら目の色変えてさ。あんな雑魚モン倒したって、ろくな経験値になんないのに。昨日だって、洞窟のガーゴイルに腰抜かして、いきなり攻撃魔法ぶっぱなしてアタシのお尻に当たったのよ!」
「まあまあ、何度もあやまってたじゃない」
「もっと酷いのは、全然痛くなかったってところよ! どんなクソザコ魔法なのよ。なんなのあの人! 28歳って、もう大概ベテランでしょ。レベル6なんだっけ? 信じらんない。攻撃型の魔法使いがどうやったらあんな弱いままでいられるの!」
ラウェニアは口にしたことで、ますます憤りが収まらなくなったようだった。
「あんなに役立たずなのに、報酬は全部均等にわける契約なのもムカツクわ。あの人、ギムレットさんの紹介らしいけど、もう1か月も一緒にやったんだから、義理は果たしたでしょ。クビにしてよ。クビに」
ラウェニアの言葉に、他の仲間たちも気まずそうに同調のあいづちを打った。
「はあ。僕から言うんだよねぇ。気が滅入るなあ。年上の人クビにするのは……」
剣士シトラスは人の良さそうな顔を歪めて、深いため息をついた。
「ゴメンゴメン、お待たせ」
くだんの28歳の魔法使いは、見通しの良い野原の街道を、小走りに戻ってきた。
朝方の雨がウソのように空気は澄み渡り、あたりを心地の良い風が吹き抜けていた。
見上げると、鮮やかな虹が蒼穹にかかっていた。
そうして、レンジは輝く青空の下で、記念すべき通算30回目となる冒険者パーティからの追放宣告を受けたのだった。
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